美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

美術とインテリアの出会い 高島屋・装飾事業のあゆみ

高島屋史料館「美術とインテリアの出会い 高島屋・装飾事業のあゆみ」展の後期展をみてきた。前期と共に感想を挙げる。
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高島屋じたいの展覧会はこれまでに世田谷美術館、泉屋博古館などでも紹介されてきた。そのときに事業の一つ・装飾事業に感銘を受けた。
今回はその方面の展示が中心となっている。

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エントランス・ウィンドーに国立劇場の大劇場の緞帳の原画があった。
原画・製作は住江織物会社である。
後に説明があって納得したが、この住江織物は明治20年代に前身の村田工場の時代に高島屋の仕事を請け負い、ともに発展してきた会社なのだった。日本初の機械織りによるモケット製作もしている。

1. 呉服から美術染織へ
これまで長きにわたり高島屋史料館の所蔵する絵画を見てきたので、それらの絵のうち大きなものは緞帳などの原画だということを弁えている。
京都の千總と共有する絵師も多い。
ここでは岸竹堂、竹内栖鳳、谷口香嶠、都路華香、幸野楳嶺らが大きな絵を手掛けていった。

岸竹堂 老松鷲虎図 1884  コワイ絵。力強い鷲と虎のぐいぐいくる迫力がある。

ビロード友禅壁掛「波に千鳥」大下絵 監修:栖鳳、制作:香嶠 1900  これが大変大きな絵で墨絵の良さを堪能させてくれるが、半月よりもう少し肉付きのよい月下、波打ち際に千鳥の群れがあり、彼らがやがて飛び立ってゆく様を描いている。

金地草花文屏風 大正前期  やや小ぶりながら一面に優雅な刺繍で彩られ、蕨、石楠花、白牡丹、花菖蒲、撫子、芙蓉、水仙などが咲きこぼれている。

厳島紅葉渓図 楳嶺 明治中期  真っ赤な紅葉の下、鹿たちがそこここを逍遥する。
バンビもいる。そしてこの原画をもとにした壁掛けもある。

パリ万博に参加したときの賞状等がある。そしてパリ万博の夜景写真も参考に出ている。吉田光邦「図説万国博覧会史」からのものらしい。

2. 黎明期:装飾事業の始まり 公共建築物などの室内装飾
高島屋は明治半ば頃、今の藤井大丸の向かい辺りに店舗を構えていた。そこを中心に本店・南店・北店・東店を拵え、更に堺・住吉の緞通屋と組んでその専門店も出していた。

・大阪府庁舎 1885 壁掛け。初代の江之子島時代。
・帝国ホテル初代本館 1890 窓掛け。
・大阪市営電気鉄道 1908 モケットの椅子張り。住江織物に発注。
・嵐電貴賓室内装飾 1910 清の皇族来日のために調製。愛新覚羅さんのどなたかが京へ来られた時のものか。
・全国中等学校野球大会優勝旗 1915 いわゆる深紅の優勝旗である。現在のも高島屋製。

岩崎邸(鳥居坂本邸)室内写真、家具絵図面…1929 これが和洋折衷の大邸宅で本当に素晴らしい。折り上げ格天井のその室内には扇面文様の布張りの椅子がいくつかあった。豪華な新和風の一室、卓は螺鈿、欄間も格の高い櫛目状のもの。
現在この跡地には国際文化会館があるそうだ。

岩崎邸(熱海洋和洞) 透視図 1935  高島屋とワーリング・ギロー社の出した同じ部屋の様子がそれぞれかっこいい。
・洋間の天井も幾何学的な漆喰模様を入れ、大暖炉には皿や壺を並べる。隣にはすぐに階段。
・ハーフティンバーにして暖炉を拵える。
大体がよく似た二案だった。

3. 明治宮殿、迎賓館などの室内装飾
菊の御紋を取り入れて見事な意匠の織物が出来ていた。
裂見本も素晴らしい。

東宮御所竣工アルバム 1909 素晴らしい天井の一隅の写真がある。
このとき川島、千總、京都織物と共に拝命をうけている。

迎賓館の仕事もある。1974年の大修理のとき。
宮内庁からはルイ16世様式の家具調達を命じられていた。
マリー・アントワネットのいた時代、ロココ調の家具である。
海外から輸入したものが大半を占める中で、大燭台は日本製のものを使ったが違和感はなかった。
こちらはその図面。
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素晴らしいのが菊池敏之という高島屋にいた家具職人の拵えたミニチュア椅子。
どんなものかというとすべて『本物が小さくなったもの』ばかりで、修理方法も本物の椅子と同じ。
ラインナップは画像でみてください。
本当にもういちいち言えないが見事なものばかり。
これらは家具の博物館に所蔵されているそうだが、造られたのはなんと1985―2011年の間。既に現在は90歳を超えておられるそうだ。これらは家具の博物館に寄贈されている。
今回の展示で初めて家具の博物館を知った。昭島市というところにあるそうなので、来春の青梅ツアーに組み込もう。
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この画像のが本当に実物大位。

次は船舶の室内装飾の展示だが、これだけ独立して別項で後日挙げる。

6.緞帳の調整
これは一社だけで出来る仕事ではない。
原画があり、寄贈会社があり、制作者がいて、高島屋はプロデューサー的立場で取り組んでいるようだった。

大坂帝国座緞帳「天岩戸開き」原画:華香 1909 他の資料は不明。踊る鈿女と神々の宴。現物はどうなったのだろうか。

大阪歌舞伎座緞帳「石橋」原画:川端龍子 1936 堂々たる体躯の獅子たち。
こちらもやっぱりあれかな戦災でなくなったのかな…

歌舞伎座緞帳「四季の女」原画:東郷青児、寄贈:中山太陽堂(クラブコスメチックス)、製作:住江織物 1951 素晴らしい出来である。今も使われているかどうかちょっとわからない。
また、その下絵を描く東郷青児の様子や加筆中の写真がある。

史料館所蔵の日本画のうち人気の高い、前田青邨「みやまの四季」もそもそもは毎日ホールの緞帳だった。1958 寄贈:日立製作所、製作:住江織物
今回じっくり見ようと分割で挙げてみる。もう実にいっぱいのどうぶつたちがいて、木からは四季折々の植物が咲き乱れている。
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いろんな新発見がある。

歌舞伎座緞帳「泰山木」原画:奥村土牛、寄贈:ミツワ石鹸、製作住江織物 1961 これは土牛自宅の花を写生したそうで、少し前にも展示されていたが、いい絵である。色指定などが書かれているが、絵としてもとてもいいのだ。
緑の葉の濃淡が美しい。
緞通で花や葉を表現している。
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アサヒグラフに当時その製作風景が掲載されたそうだ。

フェスティバルホール緞帳「群鶴」原画:加山又造、寄贈:カネボウ、製作:川島織物
1991 ああ、琳派。24羽もいる…

7.戦後70年・装飾事業の主な仕事
ここで高島屋の仕事が多岐に渡っていることに改めて驚く。
最高裁の大応接室、ホワイティ梅田、ホテルニューオータニのロイヤルスイーツ、0系新幹線、国際会議場、国立文楽劇場大ホール、世田谷美術館区民ギャラリー、シャネル銀座ビル…
知らぬ間に足を踏み入れていた場所もとても多い。

8.21世紀・高島屋スペースクリエイツの誕生
装飾部が独立して発足したそうだ。
そして近年新装なったフェスティバルホール、羽田空港国際線ターミナル、花外楼などなど、いい仕事を見せている。

今回、本当に興味深く面白い内容だった。
深い感銘がある。
またいつかこの続編を見てみたいと思っている。12/25まで。
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