美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

没後30年 鴨居玲展 踊り候え

東京のあと伊丹に現れた「鴨居玲」展である。
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東京でのチラシはこちらの一種。
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数年前に横浜そごうでも回顧展があったが、やはり兵庫県で開催するべきだと思っている。
当時の感想である。あのときと今と。鴨居玲に対する心証は変わらない。
作品については前述の感想、あれでいいと思っている。
今回も全く変わらない。

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絵そのものはそれこそ三岸節子同様力強そうだ。
しかし彼が描くのは社会的弱者の人々だった…

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ダンディな男前なのに彼が描くのはばっちい人たちだらけだった。
描かれた人々と似たようなタイプかと思えはそうではなく、本当にカッコいい。
しかし本人の気持ちはこちら側にあったようだ。

熊内町に彼のアトリエがあった。高級住宅地である。
そこで何を考えてしたのかは知らぬが、本当にもったいないことをしてしまった。
57くらいで自死している。

彼の姉の鴨居羊子さんは大阪市内でその当時の時代の最先端をゆく人だった。
畏るる何ぞや。
かっこいい。うちの母なんかも鴨居羊子さんの下着を買いたくて仕方なかったそうだ。
亡くなるまで威勢のいい女性だった。

鴨居玲が描く人物を見ると「人生の敗残者」という言葉がよぎる。
だから気分が落ち込んでいるときには見たくない画家でもある。

五月、金沢に行った。その時美術館で鴨居玲の絵を見た。
恋人どうしが抱き合う絵で古いフランス映画をモチーフにしたようだった。
「悪魔が夜来る」だったか。マルセル・カルネ監督の映画で、抱き合う恋人たちを描いている。
これは映画のラストシーンで恋人たちが悪魔の目の前でキスするシーン、そして石になる情景を描いていると思う。
こうした絵は好きで、これならまだ両目を見開いて作品を観て回れる。

それからこちらは韓国人の歌手である。
望郷を歌う 高英洋に 1981  この絵は兵庫県下のギャラリーガイドブックにもよく紹介されていた。
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わたしの大好きな絵。
長らく「身世打令しんせたりょん」だと勝手に思い込んでいた。

絵に接していると、なにかしら悲痛なものと空虚な笑いとがこみあげてくる。
それがつらいので、あまり見ていたくない。
わがままなようだが、せつないのだ。

そしてそのわがままさは鴨居玲本人にも言えると思う。
ダダ漏れ、甘え過ぎ。時々そんな風に思ってしまう。
そんなだからこんなになるのだ、と冷たく思いながらも、やっぱり少し泣いてしまう。

だから大きな声で彼の話をしたくはない。
好きだということも知られたくはない。

鴨居玲、今生きていてもよかったのに…

明日まで。



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