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近藤ようこ「死者の書」をよむ。――そのためのわたしの前書き

近藤ようこ「死者の書」をよむ。

いつものようにわたしの長い前書きから始めようと思った。
しかし思うこと・想うところが次から次に湧き出でてくるので、本文に容易にたどり着けそうにないことに気づいた。
これでは近藤ようこの「死者の書」を読む、ということにならぬではないか。
そこで別項として挙げることにした。
これならば迷惑にもならぬと思う。

折口信夫の「死者の書」は大学一年の折に初めて読んだ。
難解というより晦渋な文章にやられはしたが、所々の言葉に深く惹かれた。

冒頭の一文。
「彼の人の眠りは徐かに覚めていつた」
言葉に出して読む。
カノヒトノネムリハ、シズカニサメテイッタ。

このような書き出しで始まる小説にわたしは深く囚われた。
元々わたしの場合、折口の世界に触れた始まりは、歌人・釈迢空の詠う
「葛の花 踏みしだかれて 色あたらし。この山道を行きし人あり」
この短歌からだった。
といっても、彼の短歌また文学面に心の全てを向けるほどではなかった。

折口をどの程度知っていたかというと、民俗学の創始者の一人だという認識は早くからあった。
わたしの生まれ・住まう大阪からはまことに偉大な知の巨人が数多く現れている。
分野はそれぞれ異なり、後には大阪から去る者も多いが、木村蒹葭堂の昔から司馬遼太郎、小松左京に至るまで知の巨人は数多くいて、その道の中に折口信夫の姿があった。
だから決して知らないままここまで来たわけでもなかった。

一方、民俗学の父・柳田、また民俗学の母ともいうべき折口からではなく、わたしは松谷みよこの語る日本の昔話、そして諸星大二郎の諸作、やがて谷川健一の論文で民俗学に目を開かれていた。
とはいえ民俗学を志しながら国文学の方へ進んでいたわたしはそこでも折口の影響を強く受けた先人たちから学んでいたものの、結局学校の教育からはなんら進む道を見いだせなかった。

「死者の書」を読んだのはそんな大学一年のときだった。
当時「古代幻想ロマンシリーズ」を手がけていた長岡良子の一作に、ある高貴の女人がつらい心を抱えて家を出た折、山の向こうに阿弥陀を想い、「あなたふと なも あみだほとけ」と手を合わせ、心の鎮めを覚えて家へ戻るという話があった。 
長岡良子はその後書きに折口の「死者の書」を紹介し、堀辰雄の言葉を引用もしていた。
わたしはそれに惹かれて、初めて折口の本を手にしたのだ。
だから長岡良子のこのシリーズがなくば、わたしは折口を敬遠したままだったかもしれない。
それが吉書となり(古い大阪弁の言い回しだ)、折口の全集を読みふけり始めた。
もともと彼の弟子の戸板康二、池田弥三郎の本は中学の頃から好きだったので、一旦惹かれると熱狂する癖があるわたしは、延々と読みふけるうちにようやくあの晦渋な言い回し、外来語を仮名書きする癖などにも慣れてきた。

そうして「死者の書」を再読・再々読する最中に、偶然にもラジオで「死者の書」の朗読を聞いた。
聞くことで、この小説の文体が、どの人称かといったことまでも気にならなくなり、とても読みやすくなってきた。
よくよく思えば大阪弁では案外人称が曖昧なのである。
これは船場の御寮人たる谷崎松子夫人なども語られているように、話す間に理解してるやろ、という相手に自ずから悟れという意識があるからだと思う。

そこで死者の書を自分でも朗読すると、非常に心地よくなった。
だから読むときは音読する心持ちでこの小説に向かった。

ところでこの小説は最初に死の眠りから覚めた「彼の人」たる滋賀津彦の不自由な復活を語り、半ばで肉を失い骨だけ残した姿で、耳面刀自(またはその血を引く女たる郎女)を捜し当てて、その近くまで寄って行く様子を描いている。
映画ではそのとき帳を掴む指は白骨で表現されていた。
姫はそれに恐怖しながらも「あなたふと あみだほとけ なも あみだほとけ」とつぶやくことで恐怖から逃れ得、更にそこで死者は消失する。
以後、滋賀津彦の完全な復活はない。

わたしは小説を読んでいてもこのあたりのことをなかなか理解できなかった。
だが、映画になったことで物語の時間の推移を理解できた。

他の人の感想を聞いたことがないので、小説の展開での疑問については川本の解釈でようよう納得できたのである。
ありがたい話だ。

近藤ようこは「死者の書」上巻の後書きで自作を「死者の書・鑑賞の手引き」であると書いている。
折口の初心者たちへ贈るための本であり、そこから原作を読んで、自分に対し「解釈が間違っている」というような指摘を受けることこそが本望だと書いている。

何十度となく読み返していてもよく理解していないわたしなども、映画と今回のマンガで本当に「死者の書」の解読ができるような気がしている。
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