美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

温泉と文藝と鉄道

温泉に行きたい。
少し遠い温泉町へ行って、温泉に浸かり、ちょっと美味しいものを食べ、辺りをぶらぶらし、帰宅してから「なんでやねん」な土産物ならぬ「いやげもの」を買って、その時は満足したい。
わたしが行きやすい温泉はどこか。
北摂に住んでるから、ほんまもんの温泉と言えば有馬が一番近いか。宝塚も池田の奥もみんな冷泉。
有馬は去年初めて行ったが、拍子抜けするくらい近くて、今までなんで行かなかったのかと腹が立つほどだったな。往きは宝塚から・帰りは夙川へ。
まぁ行かなかった理由は「近いから」なのだが。

今風なスパリゾートやなくて温泉に行きたい。
日本人と古代ローマ人の風呂好き・温泉好きについてはヤマザキマリが世界に知らしめたのはもう本当に大きな業績だ。
ありがとう、と声を大にして言いたい。

さてわたしは自分がこれまでどこの温泉に行ったかを大体は把握している。
物心つく前の白浜とか家族旅行の芦原温泉とか大学の北海道ツアーなども含めたら、案外出かけている方かもしれない。
社内旅行でもわりといい温泉に行っているだろう。
とはいえやっぱり意識してこの温泉に行きたい、と出かけたのは社会人になってからだ。
湯田中温泉、別所温泉などの信州の温泉も伊香保温泉も社会人になったからこそ出かけることの出来た場所だ。
蔵王より福島の高湯温泉の方が体に合うたとか、そんなことが言えるのも、同じ。

日帰り・立ち寄り湯も近年は増えていて、ちょっと足を延ばせば楽しめる。
もう十年以前になるか、わたしは前々から憧れていた伊香保温泉に行こうと思い、新宿からバスに乗った。
途中まで草津温泉の人々と一緒だったかもしれない。
なんで伊香保に憧れたかというと、映画「浮雲」が好きだからなのだが、映画から半世紀以上経つと、町も大いに変わってしまう。
かなりガッカリしたことを覚えている。
まぁただしその地で夢二記念館や「不如帰」の資料を観たり、もう一つの目的の高崎タワー美術館、前橋の近代建築巡りなども出来たから丁度良かった。
今度は四万温泉の積善館、塔ノ沢の環翠楼(今調べたらおひとり様OKとな!)、などにも宿泊したいものです、はい。

さてなんでこんなことを書くかと言えば、「ようこそ日本へ:1920‐30年代のツーリズムとデザイン」展が東京国立近代美術館で1/9〜2/28開催するのが楽しみなのと、既に11/23で終了済みの「温泉と文藝と鉄道」展のチラシや資料が昨日家の中から発掘された(!!)からです。
前者は今からだからわくわくだけど、後者は見に行ってヨシヨシだったのに、資料を見失ったばかりに感想も何も書けなくなったのだ。もう本当に底なし沼のような…
それで2カ月ばかり遅ればせながら、旧新橋停車場の鉄道歴史展示室の「温泉と文藝と鉄道」展の感想を、例によって妄想と欲望と追憶とでうだうだ書いていこうと思うわけです。
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展覧会は当然ながら関東周辺や花巻温泉を中心としている。
やっぱり始まりは草津温泉、伊香保温泉からだった。
草津などは有馬、白浜などと並んで大昔から有名だった。
俗謡も今に至るまで知られている。

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温泉の広告などをみると文人墨客らが足繁く通ったこともわかる。
草津高原「山の魅力は海よりまさる」
おお、今ならクレームつきそうなコピーですな。

伊香保軌道線の車体広告には「サザエさんのど自慢歌合戦」というのがみえる。
マンガの絵と宮城千賀子などがみえるから実写映画だったのかな。
「吉田御殿」の名も見えるから、軽いプログラム・ピクチュアだったのだろう。
今調べたら確かに1950年の上映。

伊香保と「浮雲」の事を少し書いたが、森雅之と高峰秀子のくされ縁としか言いようのない二人が、色々あって正月を伊香保で過ごす。和やかさと同時に不穏さもあるわけで、台詞のやりとりがこの辺り特に巧い。
心中の相談をしているのだ。しかし男の方は「死ぬのなら君とじゃなく、もっと美人とでなくちゃあ」などと平気で言う。
そのくせ男の方が死んでもいい、という心持でいる。
更にその地で歳の離れた加東大介の女房になってウツウツと暮らす岡田茉莉子が森雅之と…
そんな2人が一緒に伊香保の湯に入っている映像を見て、それで伊香保に行きたくなったのだから、わたしも大概酔狂ものかもしれない。

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わたしはこのように「浮雲」で伊香保を思うわけだけど、明治の頃は不滅の大ベストセラー「不如帰」があったわけですから、やっぱり上記の絵のように、浪子が武雄を見送りハンカチを振るシーンの絵ハガキなんぞもあるわけですな。
ちなみにこれはアメリカで出たらしい。

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おお、とどよめいたのは真景図。
昔はこんな感じだったのか。1912年の伊香保の様子。
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映画は1950年くらいが舞台だったかな。
岩崎の別荘と言うのは三菱のことかな。ハワイ公使の別荘もあるし…歩いた頃を思い出すわ。

「不如帰」と並び、こちらも明治の不滅の大ベストセラー「金色夜叉」は熱海が舞台の一つで、銅像も建ってたな。
「ダイヤモンドに目が眩んだか!」と間寛一に蹴倒されてる宮さん。
後の昭和初期になっても清方がオフィーリアのような宮さんを描いているし、新派での上演もしばしば。

今の熱海はまた新しい客層を得ているようでめでたいわ。
わたしは近年MOA美術館に行くようになり、熱海の日帰り湯や公衆温泉に入ったりしてるけど、やっぱり気持ちいいし楽しいね。

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日本人が旅好きなのは昔からだと言っていいと思う。
とはいえ国の基盤がしっかりしてきたころから、居住地以外に出るのを制限され始めてはいるが。
そして封建社会になり、それが緩んでくると、やっぱり行楽・遊山の旅へ出向くわけです。そこには宗教も存在するので、信仰と浮かれ心とが手をつないでおるようです。
そして地震が多いだけに火山も多く、温泉も多い。
冷泉とかそんなの関係なく考えたら、全都道府県に温泉があるような気がする。
沖縄にはなかったか。北海道は温泉が多いなあ。

信州と言うか信越から上州なぞも温泉の宝庫だし、東北の温泉もいいのが多い。
わたしは個人的に岐阜の下呂温泉の湯が最高だと思っているが、各地それぞれ特色があって、本当に素晴らしい。
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花巻温泉の特集を見る。
宮沢賢治の活躍期と花巻温泉の設立は同時期だそうだ。もっと古くからあるのかと思っていた。つまりその地方では花巻温泉が最先端の場所だったわけだ。
電鉄のパンフや温泉案内書、絵はがきなど貴重な資料がたくさんある。

金子常光の鳥瞰図もある。
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この時代の温泉地に行きたくなる。
いや、21世紀の今もいい。
潰れてしまった一軒宿の温泉を思い出すこともある。
そうそう、真昼に恐山の温泉に浸かったら、70度の高温で、それをうめるのに苦労したり、色々ヤラカシタりもした。
ああ、旅に出たい。
わたしは去年はどことどこに行ったろう。
電車に乗っていったのは主に東京ばかりで、向こうでは温泉とは無縁ですわな。
いや待て、黒湯があるか。

熊本、福岡、山口、愛知…あとは近畿と首都圏。
鉄道に乗り、駅弁を食べて、どこか遠くの温泉につかり、いいココロモチで機嫌よく帰りたい。
今年の目標が一つ追加された。

とりあえず東近美の1920-30年代のツーリズムには必ず出かけよう。
そして「ああー行きたいーーー」とブルブル震えるのが今からとても楽しみなのだった。
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