美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「旅と芸術 ―発見・驚異・夢想」 その2

昨日に続く。

2.「オリエントの魅惑」
200年ほど前、西洋でエジプトへの憧れが高まった。
十年ほど前にはマキシム・デュ・カンの撮ったエジプトからオリエントの写真の展覧会も開催されている。

「エジプト誌」古代篇のうちから数点が出ている。扉絵とエドフの大神殿とオベリスクなどが。いずれも魅惑的なエッチングである。
これらは町田市国際版画美術館から来ているが、近大がネットで挙げているので、助かる。

ナポレオンのエジプト遠征の最大の成果はこうした学術調査にあるが、戦争に負けたのでロゼッタストーンはルーブルではなく大英博物館に収められた。
シャンポリオンの著書もある。ロゼッタストーンを読み解いた人である。

イポリット・アルヌーのエジプト写真もある。いずれもアルビューメン・プリント 
まだ体が砂に埋もれているスフィンクスがいる。既に鼻は欠けている。
イメージ (54)
梅にしたのは英国砲兵。体を砂から出したのはどこの国の人かは知らない。
ピラミッド、カイロの町の写真。それ自体が今日から見ればエキゾチックである。

ザンガキという写真家は知らないが、彼の撮ったミナレット群は素晴らしかった。
エル・アザール・モスクのミナレットは5本あり少しずつ違うのが見事だった。

アブドラ兄弟も知らない。しかし彼らの撮った「コプト人女性」は素敵だ。コプト織の可愛いのが脳裏によみがえる。
あの小さな布片は遠い旅をして日本に来て博物館に入り、わたしたちの前に微笑みを見せてくれる。

ベアトの写真群が現れた。いずれもエジプトである。
そんなに大きくないサイズのものたちをじっ と見ていると、そこに写る風景が遠いものなので、これはこちらから歩み寄らないといけない、という心持になる。
無論それは錯覚なのだが、しかしこれは幸せな錯覚でもある。

ドラクロワとルノワールのオリエンタルピクチュアが続く。
オランのアラブ人、墓地のアラブ人、ロバに乗ったアラブ人たち…
いずれも以前から見知っている絵たちだが、一堂に会すると空気が砂地のものに変わる。
べったり座り込むオランの二人、リュウゼツランの生える墓地に座る白装束の男、睫毛の長いロバに乗る男、絵の構図はそれぞれ違うが、西洋から遠く隔たった地で見た男たちは等しく鋭い目をしていたことだろう。

今度はアラブの写真が続く。全てアルビューメン・プリント。
鶏卵紙に顕れる風景や人物は、遠い時空間の向こうで生き続けている。
イメージ (52)
ラクダの朽ちた白い骨が沙漠に晒される風景、メッカへ向かう人々、宗教学校、モスクの中庭、ムーア人の女性の佇まいの美しさに見惚れる。
イメージ (53)

これらの写真が撮られたほぼ半世紀後に一人の英国人の金髪男性が沙漠に立つ。
かれはアラビア語に堪能で、アラブに寄り添い、どの部族のものとも平等につきあい、やがて婚礼衣装の白いアラビア服を贈られたのを喜んで身に着け、エミール・ダイナマイトと謳われ「アラビアのロレンス」と呼ばれた。
ここには出ていないが、かれの人生も旅の連続だった。英国での秩序だった暮らしに苛立ち、かれは最後までアラブを想った。

チュニジアの写真を見る。
「チュニス、カスバを望む」フランスの植民地時代の町。「望郷」のペペ・ル・モコはカスバにいる間だけは身の保全を保てたが、恋のために一歩踏み出したことで破滅を招く。

「チュニス、香水市場」石畳が美しい。映画「私家版」でテレンス・スタンプはこの石畳を歩き、第一次大戦時代に使われたインクで偽書を作り、ゴングールスキャンダルを秘かに演出するのだ。

チュニジアの巨大な沙漠はアナキン・スカイウォーカーとルーク・スカイウォーカーを育てた地だということを想う。二重太陽に照りつけられる惑星タトゥイーンとしてスクリーンに登場したのだ。

ナルシス・ド・ラ・ペーニャの絵があった。とても嬉しい。
セラグリオ(ハレム)の女たち 1860 山寺後藤美術館 群像図。顔だちのはっきりした美しい女たちがずらりと並ぶ。
彼の描く絵をもっともっと見たい、といつも思っている。
かれの絵を見る旅をいつかしてみたいと思っている。

コンスタンティノープル、イスタンブール。ビザンチン文化の地。
その地の写真と絵画が続くかと思いきや、不意にカバネル描く美しい「デズデモーナ」の顔が現れた。ヴェニスの貴族の娘だったデズデモーナ。ムーア人のオセローと婚姻し、名の通り不運な、そして無惨な死を遂げる。
この絵も山寺後藤美術館所蔵。

山形は大阪からとても遠い。蔵王に行ったことはあるが銀山温泉にも山寺にも行っていない。いつかその地へ旅したい。

世界遺産のバールベックを捉えた写真を見た。1860―70年代の写真。円形神殿が写るが、現代にはこの神殿は失われたのではないだろうか。
写真で見た限り、どうも中国の客家の土楼にも似ているように思えた。

エルサレムの風景、そしてナダールによるドラクロワ、ネルヴァル、デュ・カンらの肖像写真が現れる。
彼らの顔を見ることでその仕事を想い、遠い地を思う。

インドへの道。
巨匠デヴィッド・リーン監督最後の長編映画はフォースター原作の「インドへの道」だった。西と東の衝突、男と女の意識の違い、さまざまな衝突を見た。

仏教からヒンズー教へ。
18世紀のインドのさる館を飾る装飾欄間があった。装飾欄間といえば日本ばかりにあるのではない。
インドの木彫といえば、仏誕の物語を刻んだものをよく見るが、これはシヴァ神だった。群像が刻まれているが、仏陀の物語ではなくシヴァ神と獅子がいた。

写真集「インド展望」から11枚のインド風景写真が並ぶ。1870年以前のインド。
モノクロだからこそいよいよ美しく見えるインド。
綺麗な壁面装飾のあるニューデリー、小ぢんまりに見えるタージ・マハール、仏像らしき3体が並ぶグワーリーオール、ベナレス、ボンベイの都市風景、アジャンタ石窟寺院、エローラ石窟群、そしてヒマラヤ。シュリーランガムの馬と獅子と人の支えああ彫刻群が並ぶ空間…

神坂智子の描いたインドを思い出しながら見て歩いた。
「蒼のマハラジャ」「天竺夜話」「風の輪・時の和・砂の環」
描かれたインドは近現代と時間を超越した地だった。

3.「自然・観光・鉄道」
先ほどまでの言ってみればエキゾチシズムに満ち満ちた旅から、今度は近代的なある意味健全で退屈な旅になるのか、と見る前に少しの失望を抱えたのだが、それは間違いだった。
これまで大して何の感銘も受けずに見てきた風景画が、とても新鮮な存在としてわたしの前にあらわれた。

フォンテーヌブローの森をモチーフにした絵がいくつもあり、この森が愛されている理由と言うものを、今回初めて実感し、納得できたように思う。
木々にも愛称を持つものがあり、「怒れるもの」という名の木を描いたナルシス・ド・ラ・ペーニャのそれは多くの人々が見ている絵だった。
水面に木々の様子が映るところを捉えた写真もある。

テオドール・ルソー、コロー、ピサロ、クールベの自然。
モネ、ブーダンらの捉えた人工の建造物。
いい取り合わせだと思う。

モン・サン=ミシェルの絵ハガキや写真が数多くある。
珍しく内部を撮影したものもある。綺麗なゴシック天井である。
ゴシック天井への偏愛が強いわたしは少し顎を挙げてその写真をみる。
そうすれば写真が大きく広がり、眼に見えないゴシック天井がその場に出現する。

ノートルダム大聖堂、ブロワ城…
そしてミュシャの鮮やかな版画が登場する。
都市文化を愛するわたしにとって、好ましい風景が現れ始めてゆく。

写真もロングからアップのものが増えてくる。
ノートルダムの怪獣、廃兵院、気球。
古き良き時代のパリの風物を見て回る。

1960年のパリを喜んで走り回ったのは「地下鉄のザジ」だが、その一年前には学校をサボって鬱屈した気持ちを抱えながらパリで遊ぶ「大人は判ってくれない」ドワネル少年がいる。そして1963年のパリの熱い1日を描いた「ジャッカルの日」もまた。
2000年のパリ、わたしはかれらの体験を追うことをひそかに愉しんでいた。

マルケの絵があった。
いつものあの灰色、静かな青色、そして海が描かれた絵である。「停泊船」と題された絵は強い主張をすることもなく、そこにある。
この人の回顧展を見たいと思うのだが、もしかするとこの物静かなたたずまいこそが意外とそれを拒否しているのかもしれない。

イタリーへついた。
フィレンツェのランツィの回廊の写真がある。わたしもここの写真を持っている。
撮ったのではなく土産物屋が褪色した写真を売っていたのを買った。とても気に入っている。

シエナの大聖堂、ピサの斜塔、自分が行った先ばかりが集まるのも面白い。
しかし少しずつそこから遠くへ向かい始める。

アルハンブラ宮殿が現れた。突然ではなく、その前にコルドバのメスキータのイスラーム文化に影響を受けた建物を見ている。
とても巧い展開だと思う。
アルカサルの写真を見ながら青池保子の同名の作品を想う。

ヨーロッパ各地の版画や写真が集まりだす。
ウェストミンスター寺院、ロンドン塔、トラファルガー広場、そして巌谷小波が家族へ送った世界各地の絵ハガキ群。
明治の人は素敵な絵ハガキを家族や友人にたくさん送っている。
森鴎外も、正岡子規の叔父である外交官・加藤拓川も魅力的な絵ハガキを多く送った。

そしてここでカッサンドルのカッコいいポスターが二枚現れた。
ああ、わたしもこの客船に乗ってどこか遠くへ行きたくなってきた。

旅はここで少し中休みをする。
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