美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

わが青春の『同棲時代』 上村一夫×美女解体新書展

今年は上村一夫没後30年になるという。
昭和61年1月11日、上村一夫はこの世を出て行ってしまった。
享年45歳。死ぬには早すぎる歳である。
あの当時わたしは上村の連載が最近ないなあと思っていた。
ビッグコミック関連の増刊号などで案外あっさりした作品を連載しているのをたまに読んでいたが、まさか病気とは思っていなかった。

わたしがリアルタイムに読んでいた上村一夫作品といえば、やはり「凍鶴」である。
あれは小学生の頃に連作短編として始まり、長い年月をかけてとびとびにビッグコミックに掲載されていた。我が家はビッグコミックとオリジナルとをかなり長期間購入し続けていたので、昭和50年代にそのあたりで連載されていた作品は、小学生ながらわたしも読み、よく覚えている。

上村が亡くなる前に購入していた単行本は「修羅雪姫」だった。
読んでいたが買わなかったのは「狂人関係」、今に至るまで読んでいないのは「同棲時代」と「関東平野」である。
上村が亡くなった後に単行本の方で「凍鶴」が出たと思う。喜んで購入したら、一本欠落していた。
理由は大体想像できる。そしてそのことは以前このブログでも書いている。
二年前に京都嵯峨芸術大学附属博物館で「漫画家 上村一夫の世界 昭和の絵師と呼ばれた男」展を見て、その時の感想にそのことを書いた。

二年前の展覧会の時にも書いたが、今でもしばしば読み返す本は「凍鶴」「修羅雪姫」「菊坂ホテル」である。
特に近年は「菊坂ホテル」を資料にも使うことが多く、連続で読み続けることもある。
で、いまだに「同棲時代」も「関東平野」も読んでいない。このまま読めない・読まない可能性が高いのを感じてもいる。

ただ、今回弥生美術館で「上村一夫没後30年記念回顧展」として「わが青春の『同棲時代』 上村一夫×美女解体新書展」が開催されていて、わたしはそこで初めて「同棲時代」の物語の行く先を知ったのだった。
イメージ (9)

作品の資料などは上村一夫公式サイトに詳しいのでここでは挙げない。
サイトの中の年表はこちら

「同棲時代」連載中の週刊アクションがいくつか並んでいた。
「子連れ狼」「現代柔侠伝」「高校生無頼控」の文字が躍る。その表紙は「同棲時代」の今日子が映っている。
わたしは挙げた三作は読んでいるのに「同棲時代」だけは本当に無縁なままだ。
愛も夢も希望もないからだろうか、わたしに。

今日子と次郎の様々なカラーピンナップがある。
「ボブソン時代」…ああ、確かにボブソンのジーンズが大ブームの時代があった。
あの頃のわたしはまだ幼女でスカートしかはいていなかった。
ボブソンのジーパンのカップル(いや、当時はアベックか)はたまに公園で見かけた。
そして小さいアパートの二階で同棲している人もボブソンのジーパンをはいていた。

どうしてもその「同棲時代」のせつなさが耐え切れない。情けない男とその男にへばりつく女。未来も将来もなにもあるものか。
今日子は妊娠、堕胎、発狂への道をたどる。今回初めて今日子が発狂したことを知った。
医者から精神に異常をきたしています、と告げられても次郎にはどうすることも出来ない。
もう本当にこういうのがつらくて仕方ない。
辛すぎるので読めないのだ、わたしは。

上村一夫の作品では案外精神に異常をきたした人間が多く現れる。
つらさが絶頂に来て、もうなんにもなくなった時点で発狂してしまうのだ。
綺麗な女たちが正気を失くして涎を垂らしている絵を見ると、可哀想で仕方なくなる。

映画のポスターもあった。
ひし美ゆり子も出ているのか。由美かおるのポスターは別なところでもよく見かけるので知っている。
「同棲時代」だけでなく同じく同棲を扱った「神田川」でも「あるまいとせんめんき」でも、どうにもならないせつなさがある。

「修羅雪姫」の紹介がある。第一話と第二話などから原画が出ている。
月琴を弾いて歩くシーン(明治中期の月琴のブームは後年知った)、これは物語の冒頭でこの後の展開が面白い。
自ら放火し、更に「たいへんだよーっ」と消火に努め、その辺りを縄張りとする組の親分に取り入るのだ。
紹介はされていないが、火をつけたときのヒロイン雪の目に炎が上がる絵がとても美しい。

ほかにも明治の元勲に依頼され、鹿鳴館を閉鎖させるために動く話からも少しばかり出ていた。
小池一雄の原作は無情だから、無関係な人々も殺害されるが、雪のまっすぐな瞳の魅力にヤラレると、気の毒も何も飛んでしまう。

彼女は傘に細い刀を仕込み、時には拳銃も使って容赦なく殺人を重ねる。
殺人は依頼を受けてのものだが、そうすることで自分の母の怨敵をみつけだすための力ともなる。
表紙絵はきりりとした雪が傘=仕込刀を持つものが多い。

弥生美術館は挿絵専門の美術館だけに、その挿絵がどんな物語につけられたものかをかなり丁寧に説明してくれる。
今回もその例にもれず、物語の概要を紹介してくれていた。

「しなの川」のヒロイン雪絵は言えば非常にアグレッシブな娘で、多淫であることも飽き性であることも、よく言えばとても進取の気風に富んでいるわけだ。
彼女が最初の相手から離れたあと、その相手に退屈を感じ、どうでもよくなる表情がいい。
彼女は自分に合う愛を探して遍歴を続ける。
時代が女の自由を奪う時代だったことをきちんと踏まえねばならない。
雪絵の行動は自由であろうとするあがきにも見え、厭だとは思えなくなる。

それにしてもなんという白い膚だろう。モノクロの作画だから白と黒が際立ちのは当然だというのではない。
ここに色彩を置いたとしても、やはり雪絵の白い膚は際立っていることだろう。

「狂人関係」が現れた。実在の北斎・お栄父娘と彼らと絡む枕絵師の捨八、火に燃え狂う女・お七の物語である。
捨八を最初に見たとき、「必殺」シリーズの念仏の鉄のようだと思った。どちらが先に生まれたのかは知らないし、幕末にはこんな男が少なくなかったろうとも思う。
わたしは先に念仏の鉄から入ったので、色々と混ざる。
緋縮緬の女ものの長襦袢を着て丸坊主にして、絶倫で、ワルくはあっても妙に憎めなくて、という困った男。
こんなのに惚れてはいけない。
お栄は近年では杉浦日向子「百日紅」のキャラのイメージが強くなったが、マンガに描かれたお栄と言えばこの「狂人関係」と石森章太郎「北斎」、それから上村の「蛇の辻」がある。それぞれ全くの別人格で、「狂人関係」のお栄はけなげではある。
けなげな分だけ報われない。

原画でみたのは、既に捨八とデキているお七がお栄を罵るシーンである。
お栄もとうとうキレて、「あたしは捨八さんが好き!」と叫び、お互いに引こうとしなくなるシーン。
お七はお栄を「出戻り」と罵るのだが、それを言うならお栄もお七に「この淫売」くらい言ってもいいのだが、それを言わずにまた口惜しさに身悶えるのが、上村一夫の「狂人関係」のお栄なのである。
「蛇の辻」のお栄はここでは挙げない。蛇の化けた女で、企みがあるからだ。

女同士のぶつかり合いを描くときでも、決してどちらも醜くはない。
2人の女の激しさ・相手に負けたくないという思いの強さがむしろ潔い。
ただお七は怖かった。狂い花のような笑顔が怖い。

上村一夫が描く血の美しさ・おぞましさは他の作家にはないものだと思う。
その魅力に囚われつつ逃れようともがく。
もがくが結局は溺れてしまう。
その場から去ることは出来ても、意識には常にそれが残り続ける…

「マリア」のヒロインの名が麻理亜というのをみて、70年代のマンガの「マリア」を思い出してみると、和田慎二「大逃亡」のヒロインは「万里亜」、藤子不二雄Ⓐ「魔太郎が来る!!」の隣家の主婦は「真理亜」だった。
さて上村一夫の「マリア」にはこれまた胡乱な人々が集まっていた。
彼女の下唇のふくよかさに惹かれつつ、現れるキャラたちの怪しさには負けた。

そういえば上村作品にはゲイの人々が案外多い。
「しなの川」では父と番頭、この「マリア」でも義父、「蛇の辻」の兄上と隣家の男、「ヘイ!マスター」はゲイバーの話だったか。
尤もレズビアンの情交も少なくなかった。
「修羅雪姫」では雪は少なくとも二人の女と行為を行う一方、男には<させて>いない。
ただし瀕死の相手に同情し、代替行為をさせてやったことはある。その男が絶命したときに「殺したくはなかった」とつぶやく雪の表情には、男への憐憫がにじみ出ていた。
他に「蛇の辻」では主人公・小雪はお栄(ニセモノであり、正体は実は…)との女同士の行為にのめり込んでゆく。

「螢子」の原画もある。これは久世光彦と組んだ仕事だったが、ヒットしなかったそうで、久世のエッセイの中でそのことについて、二人ともにしょんぼりする様子が描かれている。昭和の歌謡曲を一話一話に入れて話を進めたようで、ああいかにも久世さんらしい、とも思った。
久世さんの「マイラストソング」という著作にあった話だったか。

あまりに多くの作品があるため、キャラがかぶらないかと思いながら見ていったが、分類は出来てもかぶることは案外少ないようだった。
かぶるというのではなく共通することがある。
どの作品でもヒロインは魅力が深い。それだけだ。

「凍鶴」がやっと現れた。
仕込みっ子のおつるちゃんである。なにしろ同世代の幼女の話だから連載を読む間、ハラハラしていた。いつもいつもおかみさんに怒鳴りつけられ、外に出たら悪いがきどもに苛められ、イヤな人間関係も目の当たりにしたり、惨めな気持ちになったり、の連続だったおつるちゃん。やがて大人になり立派な芸者になった鶴の話までが出ていたが、当時はとびとび連載で、わたしが最後に雑誌で読んだときはもう一本立ちになり旦那もついていたが、やはりせつない話だった。
とはいえ、単行本収録の最後の話はのんびりしたもので、これだとまだまだ連載再開もありえそうだと思うような終わり方を見せていた。
上村一夫はどう考えていたか・ビッグコミック編集部がどう思っていたかは知らないが、ファンのわたしはあの当時「いつか再開してほしいな」と長らく思っていたものだ。

原画を見ながら、いきいきと動き回るおつるちゃんにあの時分の気持ちが重なって蘇ってくるのを感じた。

さて上村一夫のホラーが登場する。
「怨霊より化け物よりなにより怖いのは人の心」だと言ったのは楳図かずおだが、タイトルがちょっとわからないがタレントとして売れ続けるために成長抑制剤を飲まされる少女の話がちらっと出ていて、わたしは震えあがった。
山岸凉子「汐の声」と共通する恐ろしい話。
この続き物を知らないままでいたいが、気になって苦しい…

先のは人の心の恐ろしさだが、次は「津軽惨絃歌〜怨霊十三夜〜」正真のホラーである。
前述の「蛇の辻」は第二夜。これを知ったのは2002年の「上村一夫の世界」展@川崎市民ミュージアムでのことだった。
13年前に一度読んだきりでもけっこう細部をよく覚えているな、わたし。
あの展覧会では人気のあまりチラシがなくなり、コピーされたのをもらったりした。
図録があったのかなかったのかも知らない。なにしろ何もかもが売り切れていたのだ。

さてその「怨霊十三夜」は本当に気持ちの良くない怖い話が多く、思い出してもぞわぞわしてくる。
今こうして原画を眺めながらもぞわぞわゾクゾクしてくる。絵の美しさがあればこそのおぞましさが生きている。

「昭和一代女」も少しばかり出ていた。これも一度しか読んでいないが色々と印象深い作品だった。梶原一騎原作だけに暴力がやや激しかった。
しかし上村一夫の描く少女の透徹した美しさは変わることもない。

二階では上村一夫のイラストの仕事などが主に紹介されている。
びっくりしたのはアニメ「ジャックと豆の木」にも上村一夫が関わっていることだった。
そうなのかー、知らなかった。びっくりした。アフレコに参加してたとは。
上村一夫の音楽的才能についても紹介されていた。
これは久世さんの著作にもよく記されていたことだが、ラジオののど自慢に出たとは知らなかった。
資生堂のポスター、レコジャケなどなど、色っぽいものが多い。

ああ「菊坂ホテル」がある。とても嬉しい。本当にこれはよく読むので、やっぱり上村一夫が死んで30年も経ったとは信じられなくなる。
あのニュースを知ってからもうそんなに経ったなんて、悪い冗談のようだ。

「帯の男」もある。この作品でわたしは組紐も解けないようにするやり方があるのを知ったのだった。そしてこの作品に現れる炉端焼き屋に行きたい、と時々思う。

雑誌表紙絵のためのイラストもずらりとあって壮観だった。
ヤングコミックでの活躍が目覚ましい。
当時の連載作を挙げる。
御用牙、夜叉神峠、軍靴の響き、高校四年生、はみだし野郎の伝説…
なんだかみんな読んだ記憶があるなあ。
こちらは新聞に紹介されていた記事から。
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2時間半かけてもまだ足りない。いくらでも時間がかかる。
もうこんな漫画家は出てこない…
ああ、読めないまま来た本に挑戦するか、それとも知らないまま来た本を優先して読むか。
とりあえず手元の上村一夫作品を再読しよう、今夜は。
展覧会は3/27まで。
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