美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

俳画のたのしみ  明治・大正・昭和編

伊丹市美術館の中に俳句専門の柿衛文庫(かきもり・ぶんこ)がある。
昨秋から「俳画のたのしみ」展という企画が続き、江戸時代のそれのあとは年が明けて1/16から3/6までは明治・大正・昭和編と言うことで、ほのぼのとしたいい作品がずらりと並んでいる。
昨秋の近世編の感想はこちら

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前回のチラシもよかったが、今回のもええもんです。
さて明治の俳句と言えばやっぱり正岡子規。
彼がいないと始まらない。

子規は「坂の上の雲」でもそうだったが、友人に恵まれた人で、それはとりもなおさず、彼自身が魅力的な人だったことにもなる。
多くの友人がいて、みんなが彼の健康を心配した。
子規の病気は脊椎カリエスで、これはマリー=アントワネットの長男と同じ病だった。
しんどいのを子規は文章にする。
「仰臥漫録」をはじめ様々なところに子規の感情と日常と想いとがあふれている。
特にこれは子規自身のごくごく私的な日記で発表の意図がないものだからナマナマしい。

子規は絵も描いた。
絵に沿う言葉も書いた。時にそれらは俳画になり、挿絵になり、写生になった。
展示されているのは、女郎花真っ盛り、「ケイトウより尺四、五寸のもの」20本ばかり、それから夕顔や瓢の絵もある。
巧いとかそうでないとかいうのはどうでもいいことだ。
ムードがあるかないか、それが大事なのだ。

子規は夏目漱石との交友が有名だが、浅井忠とも仲が良かった。
「明治の有名人」の相関図を書いたら、相当数の人が子規とつながるように思う。
その浅井忠からグレー村の写生つき絵はがきなどが送られている。
そして子規の病状を悲しんだ浅井忠からは、同じく在仏中の精神科学者・呉秀三、子規とは未見ながらも洋画家の満谷国四郎の三人連名のはがきが送られてもいる。
子規がんばれという気持ちのこもった哀しい絵はがきである。

中村不折の俳画もずらりと並ぶ。
不折は書も油彩も凄いが、実は挿絵や戯画や俳画の方が更にいいと思う。
不折の書はこちらの背筋も伸びるし、ある種の緊張感を強いられるが、日本画の方はのんきで楽しく、明るい気持ちになる。
中国の故事や日本神話から題材を得た油彩画の強靭さに胸を衝かれる一方、挿絵やかるたやコマ絵のユーモアあふれる世界にいつまでも遊びたくなる。
その不折の俳画。
…かわいいーーー

不折は「不折俳画」という著書も刊行している。タイトルの書体は隷書体に似ている。
絵そのものはノホホンと明るくのびやか。
「十二支帖」だと子年ではネズミの絵を見る人が描かれていたりする。
他にも細めの顔でおなかが丸い狸の絵もある。

下村為山という画家は知らないが、その人の絵も少なくはない。
積み藁の絵がありそこに「行く雁や 山なき国に舂く日」。
(舂=ハルではなくウスヅく、またツキと読む。字も春は日だが、こちらは臼である。
この字を使う名と言えば聖徳太子の長男・山背大兄王の妻であり異母妹の舂米王を思い出す)

河東碧梧桐の「独帰る」の句に画をつけてもいる。碧梧桐は子規から野球を教わり、その後に俳句を教わったそうな。
いい教え順やなあ。

俳句をする人の人間関係も色々とややこしいのだが、とりあえず次のコーナーでは「秋声会」のメンバーの俳画が出てくる。自画賛の人も多い。思えば今の「絵手紙」も先祖はこれだと思う。

巌谷小波 「禅堂に 働くものあり 蝸牛」 妙に身を伸ばした蝸牛が描かれている。

白衣の達磨の絵もあればチラシのようなのもある。

岡野知十「ほほづきや 四万六千日の雨」 伊東深水の蛇の目傘の絵が添えられている。
畳まれた傘。深水の美人画では傘は重要なモチーフの一つ。まるで留守文様のよう。傘を持つのはどんな美人だろうと眼を閉じる。

ところでこの句には元ネタがあり「三十三間堂の雨」というのがそれらしい。「故・洒竹の吟なり 口真似して」とある。

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子規門下の俳人たちの作品が集まる。
句会も多いだけに雑誌も多く出た。
「車百合」創刊号 蜘蛛の巣の表紙で茶に白色の取り合わせ。
「同人」創刊号 これは今も続く雑誌らしい。赤松麟作、菅楯彦、野田九甫、北野恒富らの挿絵があったそうだ。

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井上木蛇 寒山図 巻物広げる横からの立ち姿。この人はサントリーの前身・寿屋のコピーライターだったそうで、例の赤玉ポートワインや角瓶のディレクターもしていたとか。

芦田秋窓 「朝霧に月の如き 日を仰ぎけり」 春日燈籠の隙間から鹿たちがのぞく絵。
この人は敗戦後、メチルアルコールを飲んで左目失明、右目白濁と言う難儀な状態になったそうな。
そして終戦の一か月前には「花も実もあり」と万両を歌っている。

この猫は碧梧桐の可愛がっていた猫らしい。
「ちいや」と呼ばれ「我が家の猫」という句も詠まれている。
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荻原井泉水の句もある。この人の俳画は愛らしい。
フキノトウが特に美味しそう。
このひとは自分の俳画を「草画」と呼んでいた。独特のトボケタ味わいがとても心地よい。

漱石の句自画賛もある。濃密な山水画が描かれている。南画だった。

「ホトトギス」の表紙絵と裏絵の特集がある。
これが実に豪華でびっくりした。

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下村為山のオモロイ顔の蛙、龍子の水彩で描かれた亀、劉生の南画風な静物画。
芋銭の絵には当然カッパもいた。竹喬も絵を寄せている。
土牛の蜜柑、遊亀の薄紅梅、階位のアマガエルなどなど…
「ホトトギスとその時代」なんてのを特集しても一本企画が成り立つからなあ。

職業絵師による俳画を見る。
自画賛もあれば誰かの句に沿うものも拵えている。

芋銭 獺祭 拝むカワウソが可愛い。

小川千甕 「うき人に みつけられじと 日傘かな」 泉屋、伊丹と見てきたが、この人の絵もあったのは嬉しい。

渓仙、八九子の絵も俳画にぴったり。
愉しいものをみせてもらったよかった…

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