美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

歌舞伎絵看板 文明開化の音がする

逸翁美術館で明治の「歌舞伎絵看板」展を見た。
副題は「文明開化の音がする」まさにその通り。
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絵看板に描かれた役者たちはザンギリ頭だし、描くのに使われた絵の具も新しい色彩を見せている。
2000年の春に池田文庫で「歌舞伎絵看板」展が開催されたが、あれ以来の再会となるものもあり、懐かしい気持ちで看板を見たり、初公開のものを観ては当時の観客の気分になったりした。

芝居の絵看板は初代團十郎の頃から鳥居派の台頭があった。
江戸で最初に絵看板が出来てから上方も絵看板になったように聞いている。
そして上方は上方だけの発展を遂げ、江戸とは異なる絵看板の構図を生み出している。
サイトにはこうある。
「阪急文化財団所蔵の歌舞伎絵看板は、明治期の芝居町を華やかに彩った大型の肉筆画です。今回はその中から文明開化の兆しが見える作品を展示します。
 明治時代になると、まず身につけるもの、建物、乗り物など、目に見えるものが西洋化されていきました。ちまたには和装だけれども、髷を結わない散切り頭、そこに山高帽をかぶってみたり、革靴、こうもり傘、懐中時計など、少しずつハイカラなものを身につける人が増えていきます。
 歌舞伎でも「散切物」と呼ばれる作品が次々に上演され、新しい風俗が登場します。しかし、内容は決して新しいものではなく、現在では黙阿弥の作品などが上演されるのみとなっています。
 本展では、上方の歌舞伎絵看板と、江戸の錦絵を中心に、明治期特有のハイカラな風俗が垣間見える作品を展示します。当時の日本人を大いに刺激した新感覚をお楽しみください。」


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・上方の絵看板
艶競花咲分 1884.5 綺麗な女形たちがずらーっと並ぶ。踊り子が総出で踊るという趣向で、舞台上に「大入」とか紋入り提灯が並んでいる。長唄による。踊り子役として中央に初世鴈治郎がいる。
華やかな舞台絵看板。ここには文明開化の証の一つ・電灯が描かれている。

島鵆月白浪 1884.11  上下に2シーンを描く。これは黙阿弥の明治の芝居で登場人物全てが元は盗賊・現役の盗賊というもの。わたしは見たことがないが梅幸さんの芸談でこの芝居を知った。梅幸さんは「弁天お照」を演じたという。
この芝居ではかまぼこ型の指輪が騒動の原因の一つとしてクローズアップされる。
銀行家(これも文明開化で生まれた仕事の一つ)、芸者の弁天お照らが招魂社でわいわい。招魂社も明治以降の誕生。
指輪もまた文明開化のアイテムの一つ。

指輪と言えば村上もとか「JIN -仁」で、主人公・南方仁がタイムスリップした幕末で指輪を贈るシーンがあり、指輪など知らない旧幕時代の女性のときめきや、不思議な美しさを感じ取る視線の描き方がとてもよかった。

贋葵噂天一 1888.3  車夫がたくさんいる。これは1883年に実際に起こった実話の舞台化。タイトルだけで大体どんな話かも想像できるが、米の手形詐欺ものらしい。
当時のことだから実名での舞台化と言うのもなかなか。
煉瓦の建物が描かれている。

崎陽新聞警誠鑑 1888.7  派手な色遣いの絵看板である。黄色・ピンク・赤・群青色。
明治の新しいカラー。

娼妓誠花街夕暮 1889.12  ザンギリ連のもみあげがくっきり。この場にいるのが車夫と「千金丹売り」ばかりというのも面白い。
これは長崎の不倫殺人の実録もの。教師の団と人妻おみのの間に不義の子が。二人は駆け落ちするが、おみのの夫・末次郎は大けがをしたもののなんとか一命を取り留めたが、後には裁判を経て絞首刑になる…というあらすじだけでは、なんでこのコキュの末次郎が死刑になるのかよくわからない。
絵看板に描かれた「明治」は、学校前の鉄柵、裁判所前の薔薇、絨毯やドアやテーブルクロス、洋装の女といったところ。

ところで旧幕時代はコキュにされた男は女敵討ち(メガタキ・ウチ)を許されていたが、明治になった途端それはだめになった。姦通罪がいつから施行されたのかは知らないが、明治初期は不義の男女は死ななくて済んだそうだ。
手塚治虫「シュマリ」は実はそこから話が始まっている。
男と逃げた妻を追って蝦夷地へ入ったシュマリの悪戦苦闘の半生は、明治から始まるのだ。

朝日影香角巷談 1890.10  カネモチで身分の高い芦葉氏は二階の和室に絨毯を敷いている。椅子にテーブルも置いて。側室菖蒲は黒紋付き。彼女は後に島原の太夫になる。妾のことを権妻というようになったのも明治からか。

松島台朝日アザ婿 1891.1 絵看板は何枚もの組み物で構成されていて、それを順にみて物語の概要を知るようにできている。
これはアザのある丁稚が出世したものの、道修町のそのご主人の娘の婿に収まるはずが娘に横恋慕した奴のたくらみで、その娘の顔に劇薬をかけるという…酷い話。それで結婚するとかあるが、こんな芝居が今に残ることがなくてよかった。酷い話やなー
屋形船に絨毯が敷かれているところが明治。

積恋雪若竹 1891.2  ご落胤から車夫になり、一念発起して銀行家になり、やがて洋行という双六話みたいな感じ。

幾夜恋寝覚物語 1891.6  牛肉屋も出てくる。灯りもある。そして「毒婦」も。
この「毒婦」というのも明治からの登場。それ以前では「悪婆」はいたが「毒婦」という名称は明治からのもの。明治初期にはまた毒婦が多かった。
高橋お伝、夜嵐お絹、花井お梅などなど。

北海新話明治廼白浪 1891.9  借金と殺人の話らしいが、ここではアイヌ織の衣装を着るものがいる。
前掲の「シュマリ」もそうだが明治になり蝦夷地に人々が入植し、北海道という名称になり、アイヌの人々も以前に増してたいへんな状況になっていたろう。
この話の概要はよくわからないのだが、安彦良和「王道の狗」をちらりと思い出した。

煙管筒仕込短刀 1892.5  鞄にランプ。明治の新しいアイテム。雨中の殺人未遂。

やたらと鍋焼きうどんが出てくるのだが、鍋焼きうどんも明治からの食べ物だったのだろうか。大阪のうどん好きとしてはとても気になる…

河内音頭恨白鞘 1893.11 このタイトルに「かわちじゅうにんぎり」というルビ。
そう、「河内十人斬り」の芝居。実録もの。だから名前も実名だが、虎とか熊とか勇ましいのが着いた名前の男ばかり。そこへこれはフィクションの巡査・民尾護登場。そう、民を護る。「恨白鞘」が女房殺しのお妻八郎兵衛をも想起させるから、これは巧いタイトル。絵看板も血まみれ絵。ロングで捉えているから絵金や芳年や芳幾のような残虐さはない。ちょっと惜しい気もするが、それはそれであり。

弁天娘毒婦小説 1895.1 四枚ありなかなか面白い。
・弁天おむらと呼ばれる毒婦(四世沢村源之助)が門野氏の妻となるも元の情夫を家令に雇う。
・時計屋の店先。綺麗な時計がずらりと並ぶ。背後のガラス戸棚がまたよろしい。
・雨中の殺人。おむらとその仲間が殺人を犯すところへ門野氏がさしかかる。
・とうとう逮捕されるおむらと情夫。それを指図する洋装の門野氏。
源之助は「田圃の太夫」と謳われ「毒婦」などがたいへんよかったそうだが、なるほどこの絵看板を見るだけでも非常に色っぽい。
むしろ源之助のえろい魅力を絵看板でも消さないように頑張った感じがする。

ドロドロ話が多いが、とてもそそられる。やっぱり芝居と言うのは面白くなくてはいけない。絵看板はこのようにお客をそそらなくては。
その意味ではわたしなんぞは本当にいい観客だと思いますわ。

辻ビラもある。チラシのことね。今も大阪ではビラというしなあ。

・明治の東京の芝居錦絵
国周の絵がいろいろ。人間万事金の世の中、筆幸もある。筆幸なぞは今もしばしばかかる。

国周 春遊四季の詠 1891.3  これは九代目さん、五世菊五郎、福助時代の成駒屋といういいメンバー。

吟光 漂流奇談西洋劇 1879 新富座  安達吟光の絵もある。ガイジンものでもある。
思えばこの少し後か、守田勘彌が赤毛ものを演じるようになり、新版画にもその姿を刻まれるようになるのだ。

チャリネのサーカスも錦絵になった。
これも明治の人気もので、多くの浮世絵がある。

とても楽しい展覧会だった。またどんどんこうしたお蔵入りのものを世に出してほしい。3/6まで。
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