美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

山本為三郎没後50年 三國荘展

アサヒビール大山崎山荘美術館で「山本為三郎没後50年 三國荘」展を開催している。
山本為三郎と言う人はアサヒビールの初代社長で、民藝運動を厚く支援した人だった。
こちらは美術館の紹介リーフレット。
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山本為三郎の人物とそのコレクションと、更には今回の展覧会のメインテーマである「三國荘」についての紹介がある。
その三國荘の展覧会のチラシはこちら。
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この山荘は加賀正太郎がラン栽培に適した地だというので拵えたのだが、それから数十年後のいまでは民藝関連の美術館の聖地の一つになっている。
邸内のあちこちに飾られた民芸の作品群は「展示」されているというより、そこに飾られている、という趣を見せている。
実際紹介の写真を見てもわかるように、なんの違和感もなくよくなじみ、われわれ観客は「美術館に来た観客」ではなく、「山荘に来た賓客」として所有者のコレクションを拝見する、という気持ちになっている。

だからここに河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチの陶芸作品、芹沢銈介の染色もの、黒田辰秋の木工品が並んでいても展示品というより、インテリアの一つとして楽しんでしまう。
個別に特に好む作品を見つけるのもいいが、総体として愛し、愉しむのがベストだと思う。

ところで民藝運動の流れの中で、後に三國荘と名付けられる住宅が作られたのは本当にめでたいことだと思う。
そしてそれが大阪の三國に移築され、住宅として使われたというのは本当に素敵な話だ。

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李朝の膳や燭台など和室洋室どちらにも温かなものを選び、民藝運動の作家たちが拵えた作品を配置する。
それらは実際に使われて「用の美」をみせる。
個々に見るより総体として、と前述したのはこの三國荘の再現をみれば納得がゆくと思う。
極端なことを言えば、一つ一つだとわたしの好みからは大きく外れる。
だが、とても全体が調和しているので、趣味嗜好とは別な地点でこの空間の居心地の良さ・空気の美しさに和むのだ。

再現された三國荘の洋間と和室は応接室と主人室で、これらは一段違いでつながっている。和室の方が高いのもいい感じだ。
欅のいい家具は力強くしっかりしているし、李朝の真鍮製のちょっとした器も愛らしい。
暖炉の上にはイサドラ・ダンカンを描いたリトグラフがある。とてもかっこいい。
彼ら民藝の人々はダンカンの同時代人でもあるのだ。

和・中・朝、東アジアの美意識を建具に再現する。
琉球の美を見出したのも民藝の人々だった。

陶器ばかりを大事にしていたわけでもなく、江戸時代の九州の磁器の美しいのもそこここにある。
わたしは磁器が好きなので、本当は磁器で揃えたいと思いつつ、この空間では陶器も磁器も漆器も斉しく好きになるだろうと予想する。

全く飽きることなくこの三國荘の再現を眺めつづけた。

美術館として機能するこの山荘では様々な部屋が展示室となる。
それは旧朝香宮邸の東京都庭園美術館などでも同じである。
二階のある部屋ではかつて三國荘を彩った什器が数十年ぶりに一堂に会していた。

清朝の法花がある。深い紺紫地に白蓮が咲いている。
李朝の白磁蓮台香炉もあれば、それを河井寛次郎が写した青磁版もある。
河井寛次郎は完璧な<写し>が製作できる職人の手をも持っている。
かれが写した伊万里の赤絵も愛らしい。
そしてその本歌である李朝の白磁は辰砂釉瓶ともども浅川兄弟が入手して日本へ将来してくれたものだ。
「民藝」の心というものをもう一度想う。

それにしても、古いものも、日本の近代のものも、こうして佳い空間で眺めるとますますよく見える。
1つを見るよりは複数をみることでいよいよ歓びが増す。
もう終了したが、東大阪市民美術センターでは「濱田庄司と芹沢銈介 ー民藝運動の巨匠とゆかり作家達ー」展が開催されていて、そこでも大いに二人の作品を堪能したが、まとめて眺めると本当に心地よかった。

ふと気づけば、富士参詣曼荼羅図もあった。
これは絵解き用のもので実際に使われていただけに少しばかりへたっているが、それはそれでいい。

二階に上がってしばらくすると、指定の時間になったらしく、階段の手前に設置された大型のポリフォン社のオルゴールが鳴り始めた。わたしはかつてこうしたオルゴールを聴くある会の会員だったので、聴くたびにその当時の思い出に溺れる。

オルゴールが終わると、聴いていた人々も散開する。
その時丁度喫茶室の人々も入れ替わったので、わたしは席に着いた。
この展覧会のためだけに支度されたケーキセットをお願いする。
パインケーキと紅茶と。
優しい時間が流れるのを感じる。

ベランダから三川合流の地を眺める。対岸には男山、石清水八幡宮のある山が見えているようだが、少し方向音痴のわたしには確実にあの山がそれだとは言えない。

室内に戻る。
いつもはここにこのような設えがある。
三國荘で使われていた黒田の欅のテーブルセットに青田五良の紬の座布団。
この場にふさわしい家具となっている。
もう随分前から大山崎山荘の一部となっている。
その情景。
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ところでこちらは芹沢が図案を担当した山本家の印半纏の部分。
チラシに使われているがとてもいい感じである。
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地下へ向かう。
地下は印象派を中心とした洋画の展示の場となっている。
半円を描くコンクリートの空間にモネの睡蓮が数点並ぶ様は将に壮観と言うか、自分が実際に睡蓮池の手前に立っている錯覚を起こさせてくれる構成となっている。

この日は特にモネの赤紫の睡蓮が心に残った。
他にヴラマンク、ヴァラドン、ルノワールがいい。

わたしは機嫌よく山を下りる。
その前にショップでここを描いた鳥瞰図を手に入れていた。
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この日は絵の中のボンネットバスにも普通の乗り合いバスにも出会わなかった。
まだ梅が咲く少し前の訪問だったので花は見当たらないが、とてもよい場所にいられたことを改めて喜んだ。

3/13まで。

追記:芹沢銈介の展覧会が東京国立近代美術館で開催中である。
「芹沢銈介のいろは」
かれの絵文字もとても楽しい。
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