美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

勝川春章展  太田記念美術館と出光美術館で見る 

勝川春章の展覧会が浮世絵太田記念美術館と出光美術館とで開催されている。
(チケットで相互割引もある)
太田では2月3月の二か月間で大幅な入れ替えがあり、こちらは役者絵と相撲絵とその一門にいた者たちまで網羅する内容。
出光は「肉筆美人画」というすみわけで、いえば三つの展覧会を見ることになる。
いずれもたいへんよかった。
ばらばらな感想を挙げるより、一緒にした方がより味わい深くなるように思うので、そのように挙げてゆく。

春章は一応今年が生誕290年の節目の年だという。
活躍期は明和(1764~72)中頃からで、その頃の浮世絵界には鈴木春信という大スターがいたし、役者絵・芝居絵には鳥居派の隆盛があった。
若いうちは何をしていたのか知らないが、40くらいから本格的な作画を始めている。
出光で扱う肉筆美人画は50代からの仕事であり、まだまだ新規開拓する力があったというわけだ。
また、先般大評判だった「春画」展でも春章のにこにこのんびりなカップル図は人気を博していた。なにもドラマチックなのがいいというわけではないので、にこにこカプの情交図も見る人の気持ちをよくしていたようだ。

さてほぼ時代順に感想を挙げてゆく。

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春章の活躍した時期の俳優といえば初代中村仲蔵、五代目市川団十郎、三代目瀬川菊之丞らという後世に話の残る名優がいた一方で、お上のシメつけもやかましかった。
上記の三人が押しも押されもせぬ名優になった後の時代を描いたのが一ノ関圭「鼻紙写楽」なのだが、このコミックでも新しい表現を生み出そうと苦心する写楽、そして豊国らがいる。彼らのまえに春章の役者絵が立ちはだかっているのだ。

役者絵と芝居絵とは違う。役者絵は肖像画でありブロマイドでもある。
芝居絵は役者の良さも必要なのは当然だが、ドラマティックさが足りないとシケッた作品になる。
わたしは役者の一枚絵より芝居絵の方が好きで、これは個人の嗜好だからどちらがいいわるいということもない。

春章は役者の一枚絵の中にドラマも入れた。
大首絵ではなく全身像。大首絵は春章より後の時代に生まれてきた。

初代仲蔵の義平治、二代目助五郎の団七九郎兵衛 1768.4  芸達者な仲蔵が見るからに憎々しげな義平治をしている。彼は娘婿の団七を蹴ろうとしてその足を止められた。その瞬間を描く。この絵から観客はもう次の悲劇を読み取る。物語として知り尽くしてはいても改めて絵にされることで、義平治の死と団七の難儀を予想する。

二代目八百蔵の半七、二代目菊之丞の三勝 1768.9  もう心中するための逃亡である。傘を差しておそろいの着物を着ている。
死にゆく男女がおそろいの着物を着るのは近松の昔から岡本綺堂の「鳥辺山」まで続く。

三代目幸四郎の土左衛門伝吉 1768.1  …土左衛門伝吉といえば「三人吉三」のお坊吉三の父親の元は盗人のあの人しか知らないが、黙阿弥以前にこの名の役名があったのだろうか。明和五年の芝居を調べているがちょっとわからない。

二代目助五郎の俣野の五郎かげ久、三代目大谷広次の河津の三郎祐安 1770.11  相撲の場。河津掛けの技が世に出る。芝居絵であり一方相撲絵の要素もある。旧幕時代だから土俵には柱も立つ。

三代目大谷広次 1771.5  「鯉つかみ」を描く。なかなかこの図は好まれたらしく後世の絵師も取り組んでいる。それどころか昨夏には染五郎がラスベガスで演じてもいた。

五代目團十郎の悪七兵衛景清 1777.1  菰を身に巻きつつ、刀をそっと抜く。事件が始まる予感が絵に満ちる。

初代仲蔵の御厨喜三太 1777.11  獅子舞かと思ったら鞍馬獅子らしい。おもちゃ絵の着物がいい。「ヤーレ喜三太、ワレトナレトハ カク 身ヲヤツシ…」

扇形をタテにして、そこに役者絵を描くシリーズがあった。
その中の一枚、初代仲蔵の定九郎がやはりいい。
定九郎こそは初代仲蔵一代の工夫もので、それまでは山賊スタイルのもっさりした定九郎だったのが、現行の黒の着流しの浪人姿になり、美味しい役になり、人気役者が演ずることになるのだから、本当に仲蔵の工夫は偉い。
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絵もこれはwikiにあがっていて、しかも仲蔵の項目に出ている。
それほどに大きな意義のある変更であり、かつ、それを描いた作品なのだ。

市場通笑の文章に挿絵をつけたものがあった。
「役者夏の富士」 1780  ページ換えがあった。
・仲蔵の自宅公開。ほかの役者等がくるところ。
・楽屋の様子。えらく暑そうである。宗十郎と女形の万雀とがいる。
お客はこういうのが好きなのでさぞ喜ばれたことだろう。

これがヒットしたからか、楽屋にいる役者たちの様子を描いたシリーズもあるようで、天明頃に描いたのが二枚出ていた。
「暫」のこしらえをしてキセルを吸う五世団十郎、打ち合わせ中の三世宗十郎などである。「をを」と思う昔の客の気持ちになる。

春章は弟子も多く育てた。その弟子たちの絵も並ぶ。
そして北尾重政と共に励んだ「かゐこやしなひ草」シリーズもある。
養蚕の手順説明としてもとても優れた連作である。

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相撲絵では谷風、小野川らのいた時代だった。
浮世絵師は多様な分野の仕事をしていた。
浮世を描くこととはすなわち流行を追うことでもあり、今何が起こっているかを記す仕事も重要だった。
相撲の速報はなくとも、このように取り組みが描かれた絵を見るだけでもわくわくが高まったろう。
この分野はまた特に人気があった。
勝川派の弟子たちが相撲絵を相当残している。
現在も谷風のヴィジュアルイメージはこの春章のそれだというのは、凄いことだと思う。

物語絵もいろいろある。大抵は平家物語、忠臣蔵、桃太郎などの昔話に題材を採ったもの。
先人にこうした絵があったからこそ、国芳も武者絵を存分に描けたのかもしれない。

やがて次世代の登場となった。
豊国の役者絵がぱっとしている。
前述の「鼻紙写楽」の作中でまだ駆け出しの豊国が写楽と共に仲蔵の死に絵に取り組むエピソードがある。
ふたりは話し合い、かぶらないようにする。
しかし写楽の絵は完成したものの絶版の憂き目に遭い世に残らない。
豊国はそこから「浮世絵」の真髄を掴みだしてゆく。
やがて写楽も自分の役者絵をみつけだす。

一ノ関圭の紡ぐ物語に溺れた身として、今この時に春章とその後の時代を目の当たりに出来たことは幸いだと思っている。

弟子のひとりだった春朗のちの北斎の絵がずらりと並ぶ。
春章の世界の流れの涯に巨星が現れた、そのことを想いながら多くの作品を観た。


春章は老年期に入ってから肉筆画に邁進した。
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美人画をみる。
子猫に美人図  衝立に着物をひっかける。そして裾に猫がまといつく。

子猫は他にもいる。
この出光美術館のチラシに選ばれた美人鑑賞図には二匹の猫がいて、好きなことをしている。
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出光では春章以前の肉筆による遊楽図なども並んでいる。
寛文美人図、邸内遊楽図、長春の美人図、西川祐信、月岡雪鼎などでいい気持になったところへ春章の肉筆美人画がくる。

描かれた美人たちには特に背景に物語があるわけでもない。個性もない。
しかしおっとりした良さがある。ちょっと白すぎる顔の美人たちが上品に笑っている。

大小の舞図 烏帽子をかぶった踊り子。色子なのか女なのかちょっと判断がつかない。

同時代の絵師たちの肉筆画が並ぶ。
窪俊満 藤娘と念仏鬼図  大津絵をうまく使っている。鬼などもどこか飄々とした面白味がある。

抱一のちょっと若い頃の扇屋花扇を描いた絵もいい。賛は蜀山人。江戸の人々の文化的な交流はやっぱりこのあたりが面白い。

婦人風俗12か月シリーズも数点ある。
春章の丁寧な仕事は安心できる。
正月、ひな祭り、端午。それぞれの楽しみを優しく描いている。

春章以後の肉筆をみる。
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やはり歌麿の更衣美人と北斎の月下歩行美人が群を抜いている。
時代が変わったことを感じさせられる。

栄之の乗合船図がいい。猿回しや巫女さんもいる船。江戸に住まう人々の暮らしぶりが見えてくるようだ。

多くの絵を見る中で出光の解説を読んで初めて納得することも少なくない。
その意図で描いたのかと納得するものもあれば、そうなのかと思うものもある。
解説を読む楽しみがあるのが出光美術館のいいところだ。

そして絵を愉しむだけでなく適宜みごとなやきものを配置する。
古九谷などを見ると、春章の時代にこれらが世に出ていたのかと感慨深くも思う。
時代が後になると浮世絵の中に現れるやきものは染付一辺倒になるが、まだこの時代のやきものは色絵が多いようにも思える。

とても濃い展覧会たちだった。
どちらも3/27まで。
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