美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

制作と生きがい 清方の人生の岐路を追う

清方記念美術館に「制作と生きがい 清方の人生の岐路を追う」展を見に行った。
清方は人気の挿絵画家として働きすぎ、そのせいで神経を煩い、電車に乗れなくなった。
時機もあり決意も強く、清方はタブロー作家への道を進んだ。
最初に出した「曲亭馬琴」はあまりに芝居がかり過ぎているのがネックとなって落選したが、それでも熱心に描き続け、やがて大家への道を歩むことになる。
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その初期の時代の大作が並んでいた。明治の頃の仕事である。
チラシの左下にある女のうなじと襟足の絵はこれだけは昭和の作品で初公開のもの。
1939年、既に超一流の画家として生きていた時代の一枚。
モダンな着物にすっきりした夜会巻の女。

わたしは清方の作画の時期では大正年間の仕事がいちばん好ましい。

雑誌掲載の口絵がたくさん出ていて嬉しい。
小杉天外 魔風恋風 中編 口絵 1904 あら、清方もこれを担当していたのか。梶田半古ばかりかと。女学生の様子がやっぱり半古スタイル。
絵そのものは前から知ってたが、これが「魔風恋風」の口絵の一つだとは思っていなかった。

清方は半古を評価していたが、彼の仲良しの鏡花は半古が大嫌いだったという話もある。
1994年に奈良そごうで半古展があったが、以後はまとめてみる機会がないのが惜しい。

大正五年には「講談雑誌」で「清方画譜」という連載?があったようで、そこに選ばれた絵が何枚か出ていた。
こういうのを見るとやはり清方の絵の文芸性・ロマンティックさに惹かれているのを思い知る。
清方も功成り名遂げた後、「卓上芸術」を標榜し、人生の始めに手をかけていた挿絵、口絵、あの世界を懐かしく思い、楽しみのために物語絵を製作していった。
そしてそれらは珠玉の逸品として今も世に生きている。

對牛楼の旦開野 1913 付録の下絵と差し上げとが出ている。八犬伝の犬阪毛野が少女田楽師に変装して仇敵・千葉家に入り込んで「鏖」と怖い字を書いていたあれである。
ところでこの「鏖」という字は福本伸行「銀と金」にも出てくる。ミナゴロシ。陰惨な撲滅の言葉。

物集梧水「罪の女」の口絵がまたなかなかかっこいい。1907 布団の所で短刀を持つ女がキッと振り向くシーン。
時代から考えても「毒婦」と呼ばれる範疇の女かもしれないが、かっこいい。

村上浪六、柳川春葉、泉斜汀といった今ではほぼ別れられた小説家たちの作品のための口絵がいくつもある。
これらの絵を見ると、その小説を読んでみたくなる。
挿絵とは「文を読ませるためのもの」でもあるのだ。

広津柳浪「仇と仇」 これなども全く知らない作品である。ソファに座る女が着物の胸に手を差し込む、そのシーンを見るだけで「何事があるのだろう」と気になる。優れた挿絵にはそうして人の心を掴む力がある。
広津柳浪などは「変目伝」くらいしか知らないが、こうしたそそる小説が他にもあるのだ。
読もうにも青空文庫に「今戸心中」「昇降場」があるくらいで、大昔の文学全集でも探さないとむりだろう。
だがこうして清方記念美術館や弥生美術館のようなところがきちんと挿絵を守ってくれているので、全貌を知ることは出来なくとも挿絵・口絵からトキメキが生まれても行くのだ。

随分若い頃の作品で異常に巧いものが一つ出ていた。
「寺子屋画帖」である。これは絵巻風になっていて白描だが、動きもよくとらえ、さすが芝居好きだといつみても感心する。
芝居のシーンを描いて「巧い」と感じるのは清方と洋画家の牛島憲之と金山平三くらいかもしれない。
1889年。

1902年には「歌舞伎」誌の表紙・裏表紙を担当していて、意匠としてもとても見事なのを描いている。
それらが抽斗におさめられているので、そぉっと抽斗を開いてゆくのが楽しくてならない。
たとえば「牡丹燈篭」だとゆらゆら揺れる牡丹燈篭の半分と薄紅色の蓮とを描いていて、「…ああ」と予感もさせるわけだし、
「伊左衛門」を示すために留守文様のように紙衣と編笠を描いたりする。
こういうのが明治の東京下町の芝居好きのヒトのかっこいいところなのだ。

キューピーにエプロン。「春装」というタイトルが可愛い。この女のヒトのことを指すのか、キューピーを指すのかは知らないが、どちらにしろ二人とも楽しそうである。
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実は随分前にこの絵をブログで挙げたところ、卒論に使いたいから所蔵先を教えてほしいと言われたことがあった。
その人、うまく書けたろうか。

再び口絵。
江見水蔭「二人女王」 1905 琴を背負って野を往く女、鏡の前にいる女。この二人がその「二人女王」なのだろうか。
ドキドキするなあ。

小栗風葉「戀女房」 1902  椿の花を集めて糸でつなぐ。綺麗な絵。

清方は少女雑誌にもいい作品をおくっている。
「少女界」の表紙や口絵は石版印刷。

「新小説」の口絵には自転車に乗りながらパラソルを差す女学生を描いている。今ならたちまち警官に止められる。
1901. そうそうこれを見て井上ひさし「自転車お玉」を思い出した。

藤村「破戒」の口絵も描いている。初版というても自費出版だったそうだが、その次の次の年あたりに描かれているから、出版社から刊行されたものにつけられたのだろうか。

締切に苦しんだろうが、それでもいずれもいい作品ばかりで、特に口絵の良さは胸がうずくようだった。
「もっと見たい」と切望させられるのだ。
それこそが挿絵・口絵の使命である。
清方のこの分野の仕事はもっと評価されてほしいと思っている。

4/17まで。
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