美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「エドワード・ゴーリーの優雅な秘密」展を見に行った。

伊丹市立美術館に「エドワード・ゴーリーの優雅な秘密」展を見に行った。
実はわたし、ゴーリーなるひとを全く知らない。
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チラシが二種あり、それを見てそそられはしたものの「…不安と不穏さが漂っていて、坂田靖子と諸星大二郎のお仲間のようなヒトだなあ」と思うくらいだった。伊藤潤二とはまた違うらしい、とか。
それで場所が伊丹市と近いし、ここは大体面白い展覧会をやるので「まぁ行こか」程度だったのが、ツイッターでいつもお世話になっている@poroさんがブログ「ゆる江戸」に感想を挙げられているのを読んで、「これは行かねば!」とココロガワリしたのであった。
そのブログがこちら。「浮世絵とエドワード・ゴーリーの秘密の関係?」
感想が面白いから行くぞ!という好例ですな。

日曜に行きました。暑い。後で知ったら27度まで上がってたらしい。
阪急伊丹駅から徒歩で向かうのに日陰を選んで歩いたが暑い暑い。
あーつーいーと思いながら美術館につくとこの大きな看板。

途端に温度が下がったなあ。そう、なんとなくひんやり。

展示室、大勢のお客さんでにぎわっていた。
賑わうと言ってもやかましいわけではない。
大勢の、しーんと静かなお客さんが、皆さん目を見開いて、もっぱらモノクロの細密なペン画を、非常に熱心に凝視しているのだ。
これは凄い光景だった。
マナーで静かにしているのではなく、声を出すのを忘れて見入っているのだ。
それで蠕動運動をするように行列をしながら粛々と進みつつ、目と心は作品に捕まっている。
わたしもその蠕動運動する行列に入り込むべきか、それとも観客の状態を含めて全体を見る立場をとるか、ちょっと考えた。
が、客観性を持たないものにそんなことが出来るか、と例によって中へグイグイと入り込んでいった。
そして極めて主観的な感想を懐く。

長い前置きで申し訳ない。
いきなり作品がええとかペン遣いがとか人間の不安さがとか、そぉいうことを書けるほどゴーリーを知らないのですよ。
いつの時代の人なのかと思ったら近年まで存命だったのか。
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チケットはあれ。ロングの毛皮に変な靴のおじさん。どうやらゴーリー本人らしい。チラシの右下。
これを展示室ごとに掲示するのだが、なんとなく「ゴーリーの威を借りる」気分になったな。

1.最初の部屋。
右から回るべきか左から回るべきか。
指示がなく、人に合わせられるわけでもないので左から見始めた。

ゴーリーグッズが並んでいる。
カラクリ絵本とかピープショーもある。
ピープショーと言えば日本には@吉田稔美さんがいる。日本を代表するピープショー作家である。
ゴーリーのピープショーはなかなかホラー系で、わたしとしては楽しい。
アメリカの作家にはホラーとSFとファンタジーとを求めてしまう傾向がわたしにはあって、これは欲しいなと思った。
ただ、リストにはその作品名が見いだせない。

ゴーリーはあえて古語を使うという。米語ではなく英語の古語なのかとかそんなことを思いながら文を見る。翻訳語も蒼古な響きを持つ。配列の妙、というものをも感じる。

初期の作品から既に不穏さがにじむ。
1953年の「絃のないハーブ またはイアブラス氏小説を書く。」もどこかしらジャリジャリしたものを感じる。

ゴーリーの使うペン先なども展示されていて、それらが動いてこうした線を生み出すのかと思いつつ、感じるはずのない黒インキの匂いが鼻先をかすった気がした。

文字や数字にそれに関連する言葉を連想させる絵を描くのは各国にある。
日本だと芹沢銈介から安野光雅までが特にいいのを拵えた。
ゴーリーはアルファベットに絵をつけたが、やはり不穏さが横溢している。
そもそもタイトルからして不穏である。
「死の菱形:アルファベット」ううむううむ、よくもこんなにも…

絵本が現れた。特によく知られている「うろんな客」である。
わたしは完全に初見。
古語を使うことで不思議な感覚がある。
ご丁寧に現代語訳もついているので、いよいよ胡乱さが際立ってくる。
よくある、一家に突然闖入する不審者と、かれとなじむ一家というパターンに入る話なのだが、しかしこれはそんな融和するタイプなどではなかった。
日本では古来より「まれびと」を尊ぶ習性があるから、不審者が彼らに酷いことさえしなければ、大抵は受け入れる。
ドラえもん、Q太郎、ラムちゃんをはじめ、多くの不審者が入り込み、やがて家族や友人となる日本の風景。
しかしゴーリーの世界ではその不審者はあくまでも不審者のままなのである。
「17年前に来て今もいる」、という意味の言葉があることで、この一家は彼となじむことなく、「うろんな客」として接触?しているのである。
日本ではほぼこうはならない結末がそこにあった。

予想できない展開と結末、それらを見せる物語が目の前に広がっていた。
普通ならそうした物語に触れることでワクワクするのだが、ゴーリーは読者・観客のそうした気持ちを素知らぬ顔でスルーする。
初心者のわたしなどは特に入れ込みかけては肩透かしをされて、たたらを踏む羽目になる。
ゴーリーはおそらくそれをちらっと見はしても、知らん顔ですたすたと歩き去って行きそうである。

「具体例のある教訓」1958 この原題は「Object Lesson」だった。活字のような手書きのタイポがいい。しかし展開はやはり不穏である。

この時代にアメリカではバスター・キートンが再評価されていた。
キートンは「偉大なる無表情」と呼ばれていたが、わたしはどことなくゴーリーの作品とキートンの無表情なまま繰り出されるギャグにどこか共通点があるような気がしてならない。
「古き良きアメリカ」だと思われていた時代にこんな不穏さを溢れ返させていたゴーリー、すごいセンスの持ち主なのだ。

1961年の絵本「不幸な子供」は悲惨な物語だった。
「小公女」的な展開であるにも関わらず、救いのない話でラストの無惨さはまさに目を覆わんばかり。
明治日本の「悲惨小説」の一篇のようなものだった。
そして実際にどこかで起きていた事件だったろう。
そんなことを思いながら物語を追い、絵をみつめた。
どうにかしてやれなかったろうか、いや、どうにもならないからこうなって、そしてあの最期を迎えることになるのだ…
悲惨さに胸が痛む。

古い映画「散りゆく花」も最後の最後まで悲惨な物語だった。リリアン・ギッシュのせつないまなざしが蘇ってくる。
物語の展開は全く似ていないが、どことなくそのことを想った。

「ウィローデイルのトロッコ:またはブラック・ドールの帰還」はそのリリアン・ギッシュに捧げられていた。
彼女の出た「イントレランス」「国民の創成」からヒントを得たと解説にある。
すると、先ほどわたしが勝手に抱いた感想もあながち的外れではないのかもしれない。

西洋では子供への教訓譚としての悲惨な物語があるようで、規律を守らない子ども・悪いことをする子供にはそれ相応の罰が当たるような展開がある。
映画にもなった「チョコレート工場のひみつ」でも悪い子供はお仕置きを受けていたし、あれはドイツだったか「もじゃもじゃペーター」や、火遊びする女児が止める猫を無視した挙句に全身火だるまになる話もあった。死んだ女児のそばで猫が大泣きするのを見たことがある。
ゴーリーもそうした教訓譚を身に着けていたか、容赦なく子供らに死を齎している。

「ギャシュリークラムのちびっ子たち」1963 これらがチラシの階段で飛んでる子供やクマに後をつけられている子供らの物語になる。
言葉遊びをしつつ悲惨な状況に子供を追いやっている。
「Aはエイミー、階段落ちた」「Bはベイジル、くまにやられた」「Uはウーナ、下水に落下」「Nはネヴィル、のぞみもうせて」…
Nの原文は次。”N is Nevil, who died of ennui”
ちょっとときめいた。

わたしが気に入ったのは「ウエスト・ウイング」1963 言葉はないままで外に出ることはなく、一切が室内で進行する物語。お化け屋敷のようにしか見えないのが面白い。
浮かぶシーツ、足だけがのぞく誰か、窓の外から除く白い影、ひび割れた床…
この不安さが薄くホラー風味でもあるようで、とても面白い。

ところでゴーリーはNY Cityバレエ団の熱烈なファンで、振付師のバランシンに熱狂していたようだ。それで彼が亡くなるまでNYに住まい、通い詰めていたという。
その気持ちはとてもよくわかる。
バランシンはバレエ・リュスの関係者の一人であり、その妻の一人にマリア・トールチーフがいた。山岸凉子「黒鳥-ブラックスワン」はマリアから見たバランシンの物語でもある。

それでゴーリーはバレエ団のための仕事も多く残している。
こちらはいつもの不安さ・不穏さよりも静かなユーモアが目立っている。

ゴーリーはオペラの仕事もした。
「青いアスピック」1968 バレエダンサーを殺害するストーカーの男の話である。
1920-1930年代ファッションがとてもいい。

ほかにもゴシックロマン風なミステリー物の作品もある。「もう一つの彫像」1968 これはジェーン・オースティンにインスパイアされたそうだ。
森をさまよう女が前に手を突き出しているあたりなど、とても惹かれる。

二つ目の部屋
ここでもぐるぐる回る。

1970年代から晩年の作品が並ぶ。
あっけらかんとしたブラックユーモアとでもいうのか、絶句して、やっぱり笑ってしまうしかない展開の話が続く。
笑うのは面白いからではなく、追い詰められてどうにもならなくなって笑ってしまう、あの状況の笑いである。ゴーリーは読者をそんなところへ突き飛ばす。

「オズビック鳥」はラストシーンに様々な解釈が成り立ちそうだと思う。ゴーリーは読者に考える余地を与える作家なのだ。
絵を見ながら好きな解釈をするのがいい、と知る。

不条理な物語も多い。
「錯乱のいとこたち:あるいはなんでもいい」1971 これはその時代性も影響したのか、随分と陰惨な展開を見せる。三人のいとこが殺し合い、揚句に全滅。

「華々しき鼻血」なんじゃこのタイトルは。…不条理というかシュールと言うか。

「音叉」1990 これも陰惨な話ではあるが、どこか納得のゆく話でもある。
家族に愛されなかった少年の入水自殺と海底での出会い。そして家族全滅への道程。

「おぞましい二人」1977 これは実録もの。誘拐殺人を繰り返すカップルの話。

1989年の「ドッグイヤー・ライド・ポストカード」は不条理な悲劇…とはいうもののある種のブラックユーモアに満ちている。
刈りこまれた植木がその形の生物の特性を顕して、人間を襲っている。
ペン画だからこその緊迫感がある。

最後の展示室
案外と明るい気持ちになる。

バレエの仕事がいろいろ紹介されている。
「ミカド」の衣装設計などは真面目に描いている(だろう)からこそ、笑い出しそうになる。
舞台劇「ドラキュラ」はスタイリッシュでかっこいい。

そしてバレエ団のグッズ。Tシャツがたくさんある。デザインセンスがとてもいい。
ほしいものがいくつかあった。

ゴーリーはティム・バートンにも影響を与えたそうだ。アニメーション「指輪物語」の頃の話。
わたしはあの映画は見ていないが、音楽だけは録音して今も保管している。
見ていないのに納得できる話。

ゴーリーは猫好きな人だったそうで、彼の描く猫はのんびりとしていて、話しかけたくなる雰囲気のやつらばかり。
これはいい肖像画だと思う。
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とても魅力的な作品を世に残した作家だったことを、その死後に初めて知った。
勿体ないことをした。もっと早く知っていれば同時代を生きていたことを喜べたのに。
だが、こうして知った以上はもう忘れない。
今後は「ゴーリー?好きよ」と答えることにしよう。

伊丹市立美術館では5/15まで。後は各地で巡回するそうだ。
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