美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

池大雅美術館コレクションをみる

月初に京都文化博物館で特集陳列していた京都府蔵池大雅美術館コレクションの池大雅作品をみた。
あの時は実相院の特別展を見たのだが、この展示も大変良かった。
とはいえ見に行った日が最終日だったのを気づいたのが随分後だったので、感想を書き損ねてしまった。
しかし終わったとはいえ、書いても別にかまわない。
わたしは記憶と記録のために、見てよかったものを挙げているのだから、多少のずれがあってもまぁええことにしよう。

そもそも苔寺のご近所にあった池大雅美術館が閉じてからはこの京都文化博物館で折々に展示してくれるので、とても助かる。
そういえば同じフロアでの展示の祇園祭の資料なども、元は四条烏丸のさくら銀行の京都文化財展示室に所蔵されていたものなども含まれていると思う。
失われたハコのかわりにここがある。そう思うだけでも安心する。

さて、現在神戸市立博物館に「わが名は鶴亭」展が来ていて、その鶴亭がなんでも池大雅と交流していたそうで、池大雅作品も展示されているらしい。
その意味ではここで挙げるのもいいタイミングかもしれない。←いいわけするな。

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高士訪隠図屏風 1750
ここだけ見たら竹林のある家でのんびりくつろぐのもいいな…とうっかり思ってしまうのだが、全体を見ると「やっぱり住めないな」とわたしなどは思ってしまう。
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文人がなんで山の中の暮らしをいいものとみなすのかは実のところわたしには理解できない。
中国の絵画でそのように描かれているから、というのではこたえにはならない。
そもそも本場の中国の場合、山には虎がいるのだ。かまれたら虎の使い魔たる「倀鬼」になってしまうやん…
などということをついつい考えてしまうのだった。

池大雅は本人がいい人だから周りからも大事にされ、奥さんの玉瀾と楽しく暮らし、好きな絵を描いて生涯を過ごした。
身過ぎ世過ぎで書いた店の宣伝看板も書き間違えてしまうお茶目なところもあったようだが、それがまた「楽しいエピソード」になっている。
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右上の二つ。これがそれ。
その隣の井上泰山さんのお店の宣伝の仕事をうけてのんびりとしたのを書いたはいいが、ミスしている。
しかしこの味わいがええのでこうして後世に残った。

ところで奥さんの玉瀾は「六歌仙容彩」の祇園のおかぢ(お梶)の娘お百合が生んだ娘で、生家の茶店の経営もしていたようだ。
玉瀾の出生について池波正太郎は「さむらい劇場」「おとこの秘図」で楽しい想像をめぐらしている。
そして池大雅への好意がにじんでいるのを作中から感じる。

池大雅の書は他にも千字文が出ていた。「天地玄黄」で始まるあれだが、四文字で一単語のはずが、大雅は三文字ずつで書き分けている。なんかすごいのを見たような気がした。

最後に名所図会に大雅堂が描かれているものも紹介されている。
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18世紀の京都画壇はまことに花盛りだったのだなあ・・・

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