美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

生誕150年 黒田清輝─日本近代絵画の巨匠

東博へ黒田清輝の特別展を見に行った。
東博の道路を挟んだ先に黒田記念館がある。ここで色々見ているから今更、という方もおられると思う。
しかし、そこでは黒田の一部しか見たことにはならない。
この特別展で初めて「黒田清輝という画家」が何を志して、何を願って、どのように生きたかがわかることになると思った。
全貌を知ることなど誰にも出来はしない。
しかしこの展覧会を見ることで、黒田の想いが伝わってくるのを感じた。
それがこの展覧会が生まれた理由だと思った。

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左は後発、右は先発のチラシ。
キャッチコピーが違う。

第1章 フランスで画家になる─画業修学の時代 1884~93
黒田青年の修業時代である。
巧いとかそうでないとかは関係なく、熱心に習得に努めたことをみる。
何しろ黒田の絵の修業はここからなのだ。

婦人像(厨房)1892年 カンヴァス、油彩 東京藝術大学  ああ、見慣れたあの絵がある。
ここでまず和やかな気持ちになる。
大体黒田清輝の絵と言えば「湖畔」「智・感・情」「読書」の三作が誰の胸にも蘇る。
そしてちょっとばかり展覧会に行く人はこの絵を知っているので、そこで「ああ、こんにちは」になるのだ。

ここからが本格的な修行となり、まずは模写が現れる。
ミレー「小便小僧」模写 1888年 カンヴァス、油彩 鹿児島市立美術館
レンブラント「トゥルプ博士の解剖講義」模写 1888年 カンヴァス、油彩 東京藝術大学
熱心な写生である。

仲良しの久米桂一郎をモデルにした絵もある。ややななめ向きの顔などの絵がある。
こうした絵を見ると、和やかさを感じる。
本人は懸命な修行をしているのかもしれないが、仲良し同士の会話が聞こえてくるようで、とても好ましい。

滞在していたグレー、ブレハでの写生や風景画がある。
その地での女性を描いたものもある。
これらは東博の本館で度々見かけもする。
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今回の展示で驚くのは師匠であるラファエル・コランをはじめとして、カバネル、ミレー、シャヴァンヌらの作品も共に展示されていることだった。
山形の後藤美術館、山梨県立美術館などの国内の所蔵品だけでなく、オルセーなどからも借りてきた絵があり、それらが並ぶことで黒田がどれほど懸命に西洋画を習得しようとしたかが伝わってくる。
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黒田の絵を下手だということをネットでよくみかけるが、これまでそんなことをあまり気にしてこなかった。
変なたとえかもしれないが、戦後のマンガの始まりの頃の絵では「巧い絵」はほぼない。
黎明期はこんなもので、それが時代が経つにつれて技術が進歩し、とうとう凄い絵が出てくる。
そして臨界点が来た後、多種多様な表現が広がる。
それらに慣れていると黎明期のものを見たらどれもみな表現が下手だと思ったりするのだ。
それと同じだと言ってもいいと思う。
また、先般の原田直次郎もそうだが、後発国の日本に洋画を根付かせようと懸命なのがまず胸に来て、巧いとか下手だとかそんなことを考えなくなる。

尤も少し後とはいえ藤島武二や岡田三郎助のようなのがいるから、この黎明期も巧い人は巧いのだが。

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第2章 日本洋画の模索─白馬会の時代 1893~1907
日本において洋画をどのように受容させ、需要を求めさせるかに苦心しているのを想う。
関西では欄間仕立てや屏風にした洋画もあり、「油絵で大和絵・唐画」を描くことで需要と受容をもとめた向きもあった。

黒田も洋画で舞妓を描いている。
後の世の鬼頭鍋三郎や小磯良平のように、いい素材だとみなして描いた、というわけでもない。

大磯鴫立庵を描いてもいる。綺麗な色合いだと思う。

逍遥 日傘をさす婦人が帯に手を入れている。顔は西洋婦人風である。
「美人散歩」というタイトルもついていた。

著名人や周囲の人々の肖像画もある。
幼女を描いた絵も優しい。

ところで美術に興味のない人でも必ずこの三点の絵はアタマにぱっと図像が浮かぶだけでなく、そのポーズまで取れると思う。
ムンクの「叫び」ごく小さい子供でもこのポーズをとるのを実見した。
写楽、といっただけで両手を前に小さく開いたまま突き出す「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」
そして黒田の「湖畔」である。わたしなどもついつい団扇をもつと「湖畔!」と叫んで必ずポーズをとらずにはいられない。

その「湖畔」がある。優美だと思いながらみている。

ところで今回最も綺麗な女だと思ったのが1903年制作の「春」の女だった。
黒髪をアップにした裸婦で、池田理代子が描く貴婦人のような美貌だと思った。
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そしてあの事件の「朝妝」。残っていたらなあ…焼けてしまったのが本当に残念だ。
黒田清輝らが本当に頑張ったこの「歴史的事件」を想う。

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第3章 日本洋画のアカデミズム形成─文展・帝展の時代 1907~24
もう実験というか、新しいことは出来ない状況になった時代の絵。

黒田清輝はとても花好きだったそうで自宅でガーデニングをしていたようだが、それだけに花を描いた絵はいずれもとても綺麗。
鉄砲百合、菊、ダリア、つつじなどを描いた作品は小品とはいえ、それこそ自宅の壁に掛けたい絵ばかりで、親しみやすい。

野辺 この絵を最初に見たのはもう随分前だが、これはうらわ美術館などを巡回した「誌上のユートピア−近代日本の絵画と美術雑誌1889-1915」でも出ていた。
コランの影響を受けたとはいえ、ロマンティックな裸婦の絵で、とても好きだ。コットンのような感触がある。

其日のはて 下絵ばかり集まるが、井戸あたりで働く女の絵である。これがどうも同時代の日本画家・竹内栖鳳の幻の絵と言われた「日稼」の先行作のような気がしなくもない。黒田の絵は1914年、栖鳳の絵は1917年。どちらも日本の働く女の絵である。

雲 これも好きな連作物で、様々な雲の様子、変化などを描いている。
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第3章 日本洋画のアカデミズム形成─文展・帝展の時代 1907~24
もう実験というか、新しいことは出来ない状況になった時代の絵。

黒田清輝はとても花好きだったそうで自宅でガーデニングをしていたようだが、それだけに花を描いた絵はいずれもとても綺麗。
鉄砲百合、菊、ダリア、つつじなどを描いた作品は小品とはいえ、それこそ自宅の壁に掛けたい絵ばかりで、親しみやすい。

野辺 この絵を最初に見たのはもう随分前だが、これはうらわ美術館などを巡回した「誌上のユートピア−近代日本の絵画と美術雑誌1889-1915」でも出ていた。
コランの影響を受けたとはいえ、ロマンティックな裸婦の絵で、とても好きだ。コットンのような感触がある。

其日のはて 下絵ばかり集まるが、井戸あたりで働く女の絵である。これがどうも同時代の日本画家・竹内栖鳳の幻の絵と言われた「日稼」の先行作のような気がしなくもない。黒田の絵は1914年、栖鳳の絵は1917年。どちらも日本の働く女の絵である。

雲 これも好きな連作物で、様々な雲の様子、変化などを描いている。

黒田と同時代の他の画家や弟子たちの絵も出ている。
浅井忠のことを「旧派」といったようだが、浅井忠は洋画より日本画、日本画より図案が素晴らしいと思っている。

小林万吾 門付 「鶴八鶴次郎」のようだと思った。新内語りの二人。

青木繁 日本武尊 ああ、こんなに間近に見れるのは嬉しい。

他に中澤弘光、和田英作、三郎助らの作品がある。

そして「昔語り」の画稿や下絵などが集まっていた。
僧の話を聞く人々のうち、素人ではない女が男にもたれて手を握り合っていちゃつくのが好きだ。そしてしゃがむ仲居の目つきもいい。

消失した東京駅帝室用玄関壁画を映像で見せてくれるのもいい。働く人々12シーン。

そして最後の最後に「智・感・情」が現れると、なにかしら胸がいっぱいになる。
黒田、頑張ったなあと思うのだ。
こういう展示、好きだ。ちょっと涙がにじんでくる。

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最後のチラシは先行の裏面。
「絵筆で明治を開いた男」
いいコピーだ…

なんだか胸がいっぱいになったところで出口。
いい展覧会だった。5/15まで。
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