美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

人間が作るもの―万年筆、貨幣、船大工―

人間の手が作るものの面白さを味わう展覧会をいくつかみた。
少しまとめてみたい。
美術品ではない、実用品である。

・万年筆の生活誌 筆記の近代 国立歴史民俗博物館(終了)
・まぼろしの貨幣 横浜正金銀行貨幣紙幣コレクションの全貌 神奈川県立歴史博物館(5/29まで)
・船大工 三陸の海と磯船 竹中大工道具館(5/22まで)


万年筆への憧れと言うものがかつての日本人には確かにあった。
昭和中期までの日本人の生活を活写した「サザエさん」などでも進学祝いに万年筆と言うものが多かったし、うちの母などもいまだによい万年筆を見ると欲しくてならなくなるという。
気持ちはわからぬでもないが、申し訳ないがわたしにはその憧れも熱意もわからない。
わからないが、しかし展覧会は見たいので佐倉へのこのこ出かけた。
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そもそも万年筆は明治以降に西洋からもたらされたものであるが、それが日本人向きに改良され、日本のメーカーから生み出されるようになった。
そして日本人に「よい万年筆」への憧れが募って行った。
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並ぶ万年筆は蒔絵螺鈿で装飾されたもの、セルロイドの愛らしいものと言った外観の美麗なものから高度な機能性を持つもの、そして安価なものまで、驚くほどあった。
パイロット、セーラー、プラチナ。
この三社が現在も万年筆の三大メーカーであり、かつては家内工業など「四畳半メーカー」と称された零細企業で作られた万年筆まで無数にあったようだ。

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この展覧会で初めて知ったことがたくさんある。
そのうちの一つを挙げる。
彼らは職組として惟喬親王を崇めた。それは轆轤の職組ということからだった。
このあたりの話は非常に興味深かった。特殊技能を持つ集団が古代から中世までの貴人を自らの「職組」に祀り上げて崇めるという行為・思想そのものに関心がわく一方、その関心の根源にあるものを思うと、ある種のいたたまれなさを感じるのだが、これは話の本筋から離れるので措く。
しかし万年筆は西洋文化の一端を担ったものである。
それをわざわざ中世の貴人を職組にして、というところに日本人の外来文化を完全に自分のものにする性質が見て取れる。
非常に面白いことだと思う。
そしてかれらは「親王講」の仲間であったのだ。

万年筆の性質の面白いところは、半オーダーメードだというところだ。
自分の指どころか思想に合うかどうかまで調べられて、そこからだという存在でもある。今の世になるほどなかなか合わなくなっているのもわかる。
だがそれは時代遅れだとわらっているのではない。とても丁寧なあり方だと感嘆し、次いである種の諦念を感じてもいるのだ。

ポスターを見る。
「戦線と銃後結ぶパイロットインキ」港の絵が描かれている。
プラトン社から出たものにはモガの絵がある。
そごうなどの百貨店とタイアップしたものもある。
他にもいろいろ面白いものがあった。

わたしも一つくらいほしくなってきた。
貰ったものがあるが、使いもせずにただただ大事にしまいこんでいる。

「字を書く」行為はわたしの場合、腱鞘炎と言う敵があり、現在のようなブロガー生活を続ける限りは自筆でということは絶対に無理になっている。
PCにダダダダッと打ちこむ、脳から直接考えたことを記してくれる器具。
字を書いていた時代の少なくとも3倍の速さで考えが形になる。
そんなわたしでは万年筆を使う資格はやはりない。
だが、ちょっと欲しい…

次はまぼろしの貨幣 横浜正金銀行券の展覧会。
御存じのように神奈川県立歴史博物館は横浜正金銀行の本店の建物を転用したものである。素晴らしい建築である。
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日銀や銀行の資料館・博物館以外ではなかなか「おカネ」の展覧会は開かれない。
それをここで開くのはとてもいいことだと思った。
横浜正金銀行は中国各地に支店を持っていた。
そして銀行券つまりおカネには各支店の名称が印字されている。
これを見るとまるで旧幕時代の藩札(地方貨幣)のようで、面白く思った。
天津、牛荘、上海、北京、大連、青島、漢口、哈爾濱、済南…

カルチャーセンターで仲良しの奥さんのお父上は戦前横浜正金銀行の香港支店に勤務していたという。
だから奥さんの戦前生まれの兄姉は香港生まれ、それ以降の兄弟は引き揚げてからの生まれだと言っていた。
展示の中で各銀行の写真などが出ていたので、現在もそれらが残っていたら近代建築の名品として愛されたのではないかと思った。
従業員の写真などがあるので、それもじっくりと眺めた。

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そして横浜正金銀行貨幣紙幣コレクションが凄かった。
日銀兌換券が明治19年のものから昭和2年のものまでずらり。
非常に価値のあるものばかりである。
そして次々と世界各国の貨幣が綺麗に並んだプレートがずらーーーーっ
大判小判まである。

このおカネをじーっと見ていたが、欲望というものは感じなかった。
単なる物体として見ていたからだと思う。
それで思い出したのが里見弴の「かね」という怪作である。
使うためでなく、コレクターとしておカネを集めて大事に保管していた男の話。
里見弴の小説にはけったいな人間がたくさん出てくる。
このコレクションはそれに通じるものがある。
使えないおカネではなく使えるおカネ、こっちがほしいな…

最後に船大工である。
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和船の模型がずらりと並ぶ。
沖縄のサバニ(鱶舟)、元はスンニという刳り舟だったのが今では剥ぎ舟になったそうだ。ザ・ブームの歌に「いいあんべぇ」というのがあるが、全編琉球語であり、その歌詞の中に♪サバニにイナグ(女)や乗しらんしが♪というのがあり、なるほどこの小舟に女を乗せて月夜に漕ぎ出して口説いたりなんだかんだあるのか、と納得する。

浦安のべか舟。これでやっと山本周五郎「青べか物語」が納得いった。
川島雄三の映画の中でフランキー堺が寝転んでいたのはこれだったのだ。
海苔や貝を採る舟なのだ。

佐渡のたらい舟。味噌樽の底辺りを使用。これをみて「佐渡情話」を思い出すのは古すぎるか。

北前船も川御座船などは各地の歴史館や資料館でも見ている。
安宅型軍船は初見。武田の遺臣が小早川に仕えて習得したと説明がある。
すると小早川家にはその技術があったことになるわけか。

いい模型ばかりだった。
次はお道具。

逆U型クランプ、C型クランプ、F型クランプ。
わたしが知るのは陸で使うクランプだ。アースクランプ、終端クランプ…

道具の違いの比較があった。
土地の木の違いから形が変わる釘差鑿である。
関東、伊勢湾、若狭、琵琶湖、日本海、瀬戸内、それぞれ違う鑿を使用する。
両刃のもの、片刃のもの、他にも細かい差異がある。

和石磁石と言うのも面白い。十二支の方角と反対周りの逆針とで調べるらしい。
展示は他に東海、摂津名所図会から桑名、安治川などの港を紹介したページを出していた。
住吉さんや金比羅さんの絵馬もあり、絵馬藤と言われる職人のものが出ていた。

そしてアメリカ人ダグラス・ブルックスさんがわざわざ日本に来られて各地の和船の技術習得に励んでおられることが紹介されていた。
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こうした展覧会は知らないことを教えてくれるのでとてもありがたいのであった。
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