美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

安田靫彦展

遅ればせながら安田靫彦展の感想を挙げたい。
東京国立近代美術館で5/15まで開催中である。
イメージ (43)うまい構成のチラシ

院展の三羽烏と謳われ、小林古径・前田青邨と並んで近代日本画の大家であり、長い人生の中で名作を多く世に送った。
今回のここでの大々的な回顧展は40年ぶりだそうである。
仲間の古径の展覧会は十年ほど前にあった。青邨は山種美術館で近年よいのがあった。
靫彦は川崎市民ミュージアムで2002年に素描展を見ているが、まとまったものをこれだけの規模で見るのは初めてである。
ただ、折々の展覧会で彼の作品を見る機会はかなりあり、その意味では決して遠い作家ではない、という幸いがある。

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第1章「歴史画に時代性をあたえ、更に近代感覚を盛ることは難事である」
なにしろ明治半ばに修業を始めたので、今から思えば古様な作品群が現れる。

木曽義仲図 明治32年10月[15歳] こんなに若くてもこんなに巧い。
天賦の才と熱心な修業が後年の大成を思わせる。
義仲が巴御前、恐らくは今井兼平と共に馬上にある姿を描く。少し先に山が見える地で振り向く義仲。京へ向かう途上なのか、それとも敗走の最中なのかは案外わからない。

静訣別之図 明治33年頃[16歳] 滋賀県立近代美術館  この絵は滋賀で時々出てくるのでおなじみ。雪山の中で鼓を持った静が目を伏せている。別れの様子。そうか、吉野木冬だったのか。そんなところを女が一人で捨て置かれたら、それはもう捕まるわね。

遣唐使 明治33年4月[16歳] この絵も案外よく見るもので、港での別れの様子。
うまいこと行けたらよいけれど、船が転覆というのもあるわけだし…
それにしても16歳でこのレベルの高さには驚く。

宇治合戦図 明治36年9月[19歳]* 平塚市美術館  鳳凰堂を背景に戦うシーン。僧兵のようなのもいる。

当時の人々はこのあたりの歴史の知識が充実していた。正史だけでなく稗史も含めて。

松風 明治39年5月[22歳] 横浜美術館  姉妹二人が呆然と座り込む。傍らには汐汲みの桶が転がり、仕事をする気力も何もなくしているのが見て取れる。薄闇の忍び込む時間、姉妹はいつまでもへたりこんでいる。

守屋大連 明治41年10月[24歳] 愛媛県美術館  わたしは山岸凉子「日出処の天子」で育ってるからどうしても物部守屋をみると悪いイメージしかないのだが、それがまたここで「そや!」と強く同意してしまうような爺さんが…
とはいえど、いいことを一つ挙げると、履いている沓がショートブーツ風でとてもカッコいいのだった。

相撲の節(最手) 明治45年7月[28歳] 平塚市美術館  「ほて」とよむそうな。かっこいい力士ぶりである。数人の力士たちの見栄えの良さ。

夢殿 明治45年10月[28歳] 東京国立博物館  この絵は特に好き。そう、前掲の「日出処の天子」が身に染みているので厩戸王子が美中年になってない絵はついつい拒絶してしまうのだが、この靫彦の聖徳太子はとても綺麗なので好きなのですよ。
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羅浮仙 大正4-5年頃[31-32歳] 白梅を背景にする美人。梅の精。
これを最初に見たのはいつだったか。
2007年に「梅の佳人」を集めたことがある。その時にもこの美人に出てもらった。
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描かれた当時に流行していたロマンティックさがここにもよく出ている。
大正時代のこの数年間は多くの絵に夢のような美しさがあった。
清方も菊池契月もそうだった。

天台仙境 大正6年[33歳]  天女の舞。演奏する天女たち。笙、箜篌、鉦など。薄紅と青緑の薄衣の天女たち。優雅な世界。
どのようなメロディかはわからないが、なぜかオークラウロの演奏会を思い出した。

御夢 大正7年9月[34歳] 東京国立博物館  この絵も好きだ。後醍醐天皇の夢に現れる二人の美童。帝の顔は描かれないのが古式ゆかしい。

聖徳太子像 大正9年頃[36歳] 法隆寺 静かに坐している。この様子を見ると「厩戸豊聡耳皇子」という名が決して騒がしい中で聴き分けれた、というだけでないことを感じさせる。

太子孝養像 大正10年頃[37歳] 法隆寺 とても愛らしい。上品に「3分間待ってます」と言う様子にも見える。

矜羯羅 大正10年12月[37歳] 桑山美術館  本当に美少年。嬉しくなる。きりりと凛々しくも美しい顔。独鈷を合掌挾みし、少し唇を開く。

靫彦の美少年は思い出すだけでときめくばかりだ。

梅もみじ絵茶箱 1920年代半ば頃 白梅と楓と言う選択がまた靫彦らしくていい。

若い頃の作品だけでこんなにもときめいて苦しい…

第2章「えらい前人の仕事には、芸術の生命を支配する法則が示されている」
同時代を過ごした他の画家たちのいい仕事が紹介されてもいる。
素晴らしく豊饒の時代だったのだ。

観世音菩薩 大正13年10月[40歳] 薬瓶を持つ。足元には赤子がいる。蓮弁が舞う。そして経文が… 流れるような仏画だった。

東都名所 大正11年6月/大正14年頃 東京国立近代美術館
これがとても見ごたえがあった。ラインナップがスゴイ。
細かい感想は挙げないが、名前と場所は記しておきたい。
そういえば同時代に小説家に同じく名所のレポを書かせ、版画家たちにも名所図を描かせたが、それは時代の要請だったのだろうか。
おかげで現代との比較も出来て、絵としてだけでなく資料としても貴重な存在となっているが。
横山大観 題字
安田靫彦 桜田門
川端龍子 日比谷  二羽の鷺とベンチ。
小茂田青樹 御茶の水  群青色とニコライ堂。
下村観山 日本橋  うすぼんやり。
前田青邨 大根河岸  人があふれている。
小林古径 銀座  名物の柳が揺れる。
山村豊成(耕花) 佃島  
荒井寛方 代々木  明治神宮が描かれている。
筆谷等観 築土  
真道黎明 関口芭蕉庵  
近藤浩一路 湯島霊雲寺
横山大観 不忍  蓮がポツポツ。江戸の茶店で。
木村武山 根岸の里
長野草風 金龍山  十二階が小さくライトアップされている。
中村岳陵 今戸  …竈の様子が牛島憲之している。
橋本永邦 木母寺
橋本静水 堀切
小川芋銭 四ツ木
大智勝観 木場 筏があふれている。

ここで関西の二人の絵師の絵も登場する。
冨田溪仙 清水 なんともいえず、いい。
北野恒富 宗右衛門町 雨の屋根を見る人。
最後にまったりしましたな。

日食 大正14年9月[41歳] 東京国立近代美術館  幽王と褒姒の所業が日蝕を起こした、と考える庶民もいたことだろう。
異常出生をした女にしてもこのように日蝕を恐れるのか、そうではなく、だからこそのことなのか。
そんなことを思いながらドラマティックな絵をみつめる。

豊公裂冊 大正15年頃[42歳] リベラ株式会社  明からの書をまだ読んでいるところを描いているが、タイトルはその後の行動を示しているのだ。

居醒泉 昭和3年9月[44歳] 望郷のヤマトタケルが氷雨に打たれて倒れている。
土気色になり、そのまま消えてしまいそう。
靫彦は聖徳太子とヤマトタケルとを多く描いている。
いずれもとても魅力的な作品ばかりである。
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風神雷神図 昭和4年9月[45歳] 公益財団法人 遠山記念館  二人の少年として描かれた風神雷神。他に見ない風神雷神。鮮烈な印象がある。

風来山人 昭和5年9月[46歳] 豊田市美術館  おーエレキテル。源内を見ると水木しげる「東西奇っ怪紳士録」の源内の話を必ず思い出す。

花の絵が出てきた。
菖蒲 昭和6年11月[47歳] 京都国立近代美術館
朝顔 昭和6年11月[47歳]
とても清らかな花々である。

挿花 昭和7年9月[48歳] 東京国立近代美術館  ガクアジサイなどを生けようとする婦人。こうした仕草の美というものに惹かれる。花は他に…女郎花??

源氏若紫図 昭和8年[49歳] 茨城県近代美術館  桜が散った庭を見る幼女。籠にはまだ雀がいるらしい。この後に犬君がやらかすらしい。山吹も盛んな時期。

洛陽花 昭和9年[50歳] メナード美術館  テーブルに花瓶がある。牡丹がいけられていて水をやるふっくらした婦人。温和な空気感がいい。

吉水の庵 昭和9年11月[50歳] 椿がいけられているのを見る法然。

春暁 昭和10年5月[51歳] 幹は墨絵、白梅は蕾が多い。薄く紅色を見せる。暁の中の清楚な艶。

花づと 昭和12年9月[53歳] 日傘の和装婦人が花束を持っている。百合がメインの花束。配色のいい絵。

再び歴史上の人物。
方丈閑日 昭和12年11月[53歳] 福井県立美術館  報酬庵での一休と蜷川。「一休さん」世代なもので、蜷川さんのイメージが固くアタマにある。
和やかな二人。天目茶碗がいい。庭の五月の刈込が墨絵なのもいい。

孫子勒姫兵 昭和13年10月[54歳] 霊友会妙一コレクション  まぁこれは絵としてはいいのだけど、話そのものがね…

観自在菩薩 昭和13年11月[54歳] 霊友会妙一コレクション 半跏。手に蓮。緑の髪が美しい。

兎 昭和13年頃[54歳] 色彩感覚の豊かさをみる。黒ブドウ、緑の葉、赤、白兎。
立ち上がって見上げる姿が可愛い。

天之八衢 昭和14年9月[55歳] 福井県立美術館  先般この絵を見たばかり。
アメノウズメとサルタヒコである。彼女は胸をはだけているが、これは誘惑などではない。むしろブレストファイヤー並みの威力が期待できるわけである。

前期に行けば「菊慈童」に会え、後期に行くと厩戸に会える。
上宮太子御像 昭和14年頃[55歳]  白のルバシカ風の服の王子。裾には薄紅。孝養図なのだが、なんとはなしにアイスでも持っていそう。

第3章「昭和聖代を表象するに足るべき芸術を培ふ事を忘れてはならない」
時代に寄り添っているが、批判とは無縁であるべきだ。

黄瀬川陣 昭和15年11月/昭和16年9月 東京国立近代美術館 今回のチラシの全容。
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とても細部までこまかく丁寧に描かれている。
わたしは平家物語が非常に好きで、義経を主人公にしたマンガも当然ながら大好きでいくつも読んでいるが、この兄弟初対面シーンで一番むごいのは川原正敏「修羅の刻」だったな、と思い出した。
大抵はこの絵のように共闘しようというのが出ているのだが。

益良男 昭和17年3月[58歳] 東京国立近代美術館 なかなかかっこいい。弓矢を触っている。

神武天皇日向御進発 昭和17年[58歳] 株式会社歌舞伎座 古代の軍船の表現がいい。

山本五十六元帥像 昭和18年11月[59歳] 東京藝術大学 この絵が描かれた時のエピソードが興味深かった。

小楠公 昭和19年2月[60歳] 東京国立近代美術館 胡坐をして待機中。左の肩覆いが蜻蛉柄だというのもいい。

保食神 昭和19年2月[60歳] 東京国立近代美術館 舞うところ。イネや粟が描かれているが、これらはこの神が殺された後にその身体から生えてくるのだ。

第4章「品位は芸術の生命である」
戦後となった。
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古事記 昭和21年[62歳] 愛媛県美術館  太安万侶が「さーて書くか」と意気軒高な様子。机を挟んで対峙するのは誰だろう。稗田阿礼かもしれないし、用件で来ている人かもしれないし…

小鏡子 昭和22年11月[63歳]* 川崎市市民ミュージアム  朱柱の前にいて鏡を見る女。戦後になってからの方が古代美人を多く描くようになった。
多くの古代の俑をみて学習したそうである。
以前に東博でも彼が見た古代の俑の紹介があった。
こちら

二枚の横山大観の肖像画がある。
戦前から「大観先生を描こう」という催しがあり、洋画家も日本画家も大観先生をモデルに多くの絵が生まれた。
大観先生像 昭和25年9月[66歳] 東京国立近代美術館 火鉢の傍でタバコを吸う大観先生。
そしてそれから9年後の絵。
大観先生 昭和34年9月[75歳] 東京国立近代美術館 紗の羽織の大観先生もだいぶヨタってきていて、タバコはフィルタで吸っているのだった。

窓 昭和26年9月[67歳] 横浜美術館  今回、この絵のトリックに初めて気づいた。
紫陽花は花瓶に入っているわけではなく、窓の外に咲いていて、まるで覗き込むように顔を出していただけなのだ。
気づかんかったな――――長年ずっと。

鴻門会 昭和30年9月[71歳] 東京国立近代美術館 朱と金砂子が綺麗。左から樊噲が盾を持って乱入。

帚木 昭和31年6月[72歳] 公益財団法人 二階堂美術館 女性談義をするアホの四人組。

女楽の人々 昭和40年11月[81歳] 箜篌や月琴で演奏をするのだ。綺麗ながらの着物をまとう古代美人たち。真ん中の娘のみ二本角団子にしている。

森蘭丸 昭和44年9月[85歳] ウッドワン美術館  久しぶり。愛らしい美少年。
背後の床の間にも色々と濃やかな描きこみがある。
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吾妻はや 昭和46年9月[87歳] 公益財団法人 吉野石膏美術振興財団(天童市美術館寄託) 白馬に乗り、亡き妻を想うヤマトタケル。富士山が先にある。悲痛な面持ちである。

草薙の剣 昭和48年9月[89歳] 川崎市市民ミュージアム ほとんど猿ヅラになり、必死で焔に立ち向かう。

鞍馬寺参籠の牛若 昭和49年9月[90歳] 滋賀県立近代美術館  この時代は遮那王である。四天王の像の前にいる可愛い少年。ただ、中川一政えがく「人生劇場」の青成瓢吉を思い出させてくれる。

富士朝暾 昭和50年2月[91歳] 京都国立近代美術館  白い富士。手前の山に小さくキノコの山の抹茶味のようなものがぽこぽこ…

長々と書いたが、とてもよかった。
これ以上は何も言うことがない。
やはりよいものは何十年後の今でもよいのだった。
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