美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

萩原英雄 ギリシャ神話へのまなざし

武蔵野市吉祥寺美術館には浜口陽三記念室と萩原英雄記念室がある。
どちらもいい企画展をしているが、今回は特に萩原英雄記念室の内容がよかった。
「ギリシャ神話へのまなざし」である。

抽象的な作品が多い萩原だがこのギリシャ神話シリーズは神もヒトも生きものもはっきりしていて、神や英雄、その身に起こった事象なども隠さず描いている。
ギリシャ神話は至高の神々という立場にあるわりには色々ヤラカシタなというエピソードが多いので、一枚絵としても面白いものが多い。

萩原は1957年と1965年の二期に渡り、ギリシャ神話を描いた。
木版画なのだが不思議な感じもある。
そして登場人物の名はその時々によりローマ神話表記にもなっている。
タイトルはすべてその彼らの名であり、表記の揺らぎはそのままにする。
作品はすべて39x54、基本は横長だが、たまに縦のものもある。

1957年の作品から。
ミノトール 白い女を抱え込むのは食うため。しかしこのミノタウロス、上半身が人というケンタウロスの親族系と言うか、件の縁戚と言うか、ちょっとイメージが違うな。

アタランタ リンゴを捨てて走る男の計略に引っかかり、いちいちリンゴを拾う間に競争に負ける。ハヤブサがそれを見下ろすように飛ぶ。
黄泉からの逃走でもそうだけど、3つのものを追われるものが捨てると必ず追跡者は拾わずにはいられないのだよね。呪的逃走の決まり事。

パエトーン  墜落する。この構図がハッとなるように迫ってくる。

ヘラクレス 獅子殺しのシーンなのだが、ライオンではなく唐獅子にしか見えん。
そしてこの構図がまた面白い。

ケンタウロス 女をさらおうとするのをテセウスに棍棒でボカッッッ
全然関係ないがその棍棒を見て「ヨルムンガンド」のラスト近く、武器商人の兄妹キャスパーとココの会話で、戦争をこの世から失くさせようとするココに対し、「この世から武器が無くなると、本当に思うか?」と笑って、棍棒でさえも商品として売買することになるというのを思い出した。

レダ 「お嬢さんこんばんは」と白鳥がやってきた。しかし何故いつも裸で寝ているのかずっと疑問なのだ。中世になると西欧の庶民は裸で寝ていたが、貴族はそうではなかった。南欧はどうだったろう。ギリシャはやはり温度が高いからか。
イメージ (17)

ヴィナスとアドニス 死体のそばにアネモネが咲き、白鳥もしょんぼり。女の尾骶骨が目を惹く。

イオ 牛にされた女を挟んでゼウスとヘラの夫婦がにらみ合う。
この場合気の毒なのはやっぱり牛にされた女ですな。

サティロス 女をさらおうとするのを他の三人の女が止めようと必死。

次からは1965年制作。
無残な状況にある絵が色々続く。
ミダス、メランプス、プロメテウス、シシポス…

エロスとプシケ 深く眠る女に薬を振りかけている。この二人の恋の転々とする様子はじれったい。

ポセイドン 浜辺で若い女をさらおうとする、ただのおっさん。

アテネ、アルテミスとあまりいい描かれ方もしていない。

ナルシッソス 水仙が咲く泉のほとり、水面をのぞく少年。時間的に言えば水仙が咲くのはもっと後のはずだが、すでにその先を暗示しているとみなした方がいいのかもしれない。
細かいことなんか言わず絵を楽しめ。

アリアドーネ モノクロだが輝くようだ。
テセウスではなくディオニュソスの妻になってよかったと思う。

最後に1955年のカラー版画が出てきた。
アポロンの火車 天空を走る。配色がよかった。

宣伝も何もないが、いいものを展示しているのは間違いないので、吉祥寺まで行かれればぜひ。
7/18まで。
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