美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

物・語 ものがたり 近代日本の静物画

福岡市美術館のこの展覧会は、日本中の美術館から「これは!」と思う静物画を集めて構成されている。
イメージ (73)

行こうかどうか迷っていたが、この美術館ではほかにプラナカンのファッションの展覧会もあるし、福岡県立美術館では他に巡回しない印象派展があるしで「やっぱり行こうか」と思った途端、次々といい情報が飛び込んできた。
新聞の記事も好意的だし、ツイッターで見ててもいい感じだし、これはもう日帰りでいいから出かけなくては!と新幹線みずほに乗って博多へ行った。

バスに乗って福岡城跡の角で降りて、綺麗な花菖蒲や黄色い睡蓮を見た。
IMGP0262_20160602170644adb.jpg

関西では黄色い睡蓮はない。
高島野十郎の描いた睡蓮池の絵はこの黄色い睡蓮だ。
関西で見慣れない花を描いているので、いよいよわたしの眼にはあの絵が神秘的に見えたのだろうか。
IMGP0267_20160602170711c99.jpg

大濠公園の一隅に美術館はある。
去年の「成田亨」展以来の訪問になる。
当時の感想はこちら
あれはいい展覧会だった。

フラナガンのうさぎさん。IMGP0222_20160602170408137.jpg
大山崎山荘には兄弟兎がいるぞ。

この展覧会の凄いところは、全部ではないが、かなりの数の作品が写真撮影可能だということだった。
鑑賞しつつ撮影もさせて貰えるというのはスゴい。妙に気持ちが昂る。
ありがとうございます。


1.歌うしゃれこうべ

そう、いきなりこちら。
IMGP0223_20160602170410833.jpg
日本霊異記にもこんな話があった。野辺の骸骨になろうとも、深い執意をもつことで、<死んでいても死なない>という体質の日本人。この絵が冒頭にあることで「メメント・モリ」とはまた違う死生観を想う。

川村清雄の円形の絵が二点。
こういう円形の中に和風なものを入れる。日本人に受け入れやすい「団扇絵」のバージョンかもしれない。
川村に学んだ櫻井忠剛が欄間仕立てにした油絵を描き、仲間の伊藤快彦も屏風仕立ての絵を残している。
IMGP0224_20160602170411d14.jpg
IMGP0225_201606021704137bf.jpg
描かれた題材も和の要素に満ちたものばかり。

写真のような静物画もある。銅版画にも近い感じがある。
こうした絵を見ると明治の日本人の<技術力の高さ>を感じる。
IMGP0226_20160602170414d0d.jpg

由一の油揚げやとうふも来ていた。
IMGP0228_20160602170430d28.jpg
金毘羅さんの薄暗い宝物館で初めて見たとき、現代アートかと思った作品である。
つまり、額縁にじかにほんものをくっつけているのかと・・・

他に山椒の擂粉木に中華スプーンのチリレンゲの絵もあった。
由一、写生というより何か言いたいことあるから絵にしたのだね。おなかへってたのかも。

IMGP0230_201606021704317d8.jpg
この絵なども日本の土俗性が見えてくるようで面白い。
現代の我々は和がベースではなく、却ってとても遠のいている地から見ているので、これらの絵にある種の不気味さを感じるのかもしれない。

蜷川式胤編の観古図説陶器之部の複製物があり、ページが開かれていた。
IMGP0231_20160602170433806.jpg

IMGP0232_201606021704344aa.jpg
明治初期の印刷技術の面白さと共に味わう。
妙なゆるキャラめいた鳥玉ねぎのようなのが見える。あれはあれで面白い。

川村 梅と椿の静物 随分と縦長の絵に見えた。
IMGP0233_2016060217044502b.jpg
細部を見る。
IMGP0235_20160602170446749.jpg
蒔絵箱も愛らしい。

大阪の中央公会堂の天井画「天地開闢図」を描いた松岡寿によるどこかシュールな絵があった。
球と多角柱  非常に静かな絵。1884年というよりむしろもっと後世の作品のようにも見える。

兵庫県美にある鞨鼓をもった和風天女(大きな羽あり)を描いた本多錦吉郎の静物画は、桶からこぼれた桃の絵。
IMGP0236_201606021704481e9.jpg
アクションがあって、それが静止した時点が絵になる。

山本芳翠の羅漢果?、洋ナシ、柘榴という取り合わせのフルーツ画もある。
これは静物画だからともかく、これがデザートですよと言われると、ちょっと悩まされる取り合わせではある。

2.輝くりんご

劉生、中村 彝の絵がなにかしらゴッホとセザンヌのように見える。
梅原の濃い色のりんごもいい。対比される色がいい。

IMGP0237_20160602170449327.jpg

有島生馬の豪奢なテーブルの様子。
IMGP0238_20160602170451d1a.jpg
グラスの黄金色の部分が素敵。

IMGP0239_20160602170510c74.jpg

IMGP0241_20160602170511289.jpg
これはりんごではなく山本鼎のトマト。

IMGP0243_20160602170514527.jpg

よくよく見たら湯飲みに「THE EARTH」とある。
IMGP0244_20160602170516005.jpg

劉生の静物画にはなにやら温度があるのを感じる。
寒いのか適温なのか熱いのかはわからないが。
IMGP0245_20160602170535e11.jpg

ブルリュークの魚。カワハギ、エゾ、万年鯛。
IMGP0246_201606021705377fb.jpg

IMGP0247_20160602170538a3a.jpg

IMGP0249_20160602170540239.jpg

よくわからない迫力がある。清宮彬の絵にはよくあることなのかもしれないが。

昔はニガテだった小出楢重。今では大好きな画家・随筆家となっている。
IMGP0250_20160602170542dbf.jpg
こんな野菜も昔は胃もたれしそうだったが、今では美味しそうである。

IMGP0251_20160602170612e35.jpg

IMGP0252_201606021706143f5.jpg

IMGP0253_20160602170615307.jpg

存在を主張する静物画たち。

これで何か作ろう。晩御飯。
IMGP0254_2016060217061710b.jpg

三岸好太郎のスイカ、吉原治良のパパイヤ、どちらもうまりおいしそうではない。
坂本繁次郎 柿  ほぼあんぽ柿である。やたらと美味しそう。

描く人により静物も状況が変わる。




3.取れた把手
劉生の静物画がいちばん推されているのは何故だろう・・・

IMGP0255_2016060217061801b.jpg
わたしは劉生は油絵より水彩画のほうが好きだ。

最後に三岸好太郎の好きな絵を挙げる。
IMGP0261_20160602170642148.jpg
この頃の絵がいちばん好きだ。

静かな気持ちで多くの絵と対峙した。
なかにはざわめくような絵もあったが、「近代日本の静物画」を味わうことのできる展覧会だった。

IMGP0265_20160602170648b9b.jpg

IMGP0266_20160602170709c62.jpg

またいい企画展があればぜひ来たいと思っている。


追記:目黒区美術館で高島野十郎展を見た。
彼の絵は1991年に刊行された久世光彦「怖い絵」で初めて知った。
そのとき久世は小酒井不木「死体蝋燭」と絡めて紹介している。
わたしは久世光彦に溺れているので彼の視線を通して「蝋燭」の絵を観ていた。
やがて三鷹で高島野十郎の回顧展を見た。
思った以上によかった。
三鷹は不思議な美術館で杉浦茂、高島野十郎、牧島如鳩といった人々の回顧展をして、観客に不思議な眩惑を齎すのを得意としていた。
異様な魅力のある展覧会だったと今も思う。

目黒区美術館でみた高島野十郎の絵は、ある種の気持ち悪さを伴うものに思えた。
自画像が原因だったと思う。わたしはそこから後退った。
配列の場所がよくなかったのかもしれない。だが細かいことはわからない。
蝋燭はやはりよかったし、風景画、静物画も良かった。だからよけいわからない。

福岡は歌手も多いが明治の昔から洋画家も多い。
近年はその高島野十郎を顕彰するのをよく見るようになった。
今回、この企画展に高島野十郎の静物画が入っていれば、目黒で感じたような感覚はなかったようにも思われてならない。
関連記事
スポンサーサイト
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア