美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

近代大阪職人(アルチザン)図鑑―ものづくりのものがたり

武士の世が終わった時、生活に困窮したのは下級武士だけではない。
文明開化=西洋化だった時代、とにかく和物一切合財が否定された。
江戸文化を否定したのは政権を取った連中で、そんなのが中央に躍り出たからパラダイムシフトも強烈だった。
寺は壊される、廃刀令で刀関係は全滅、能狂言も茶の湯もアウト、機械化推進で手仕事激減、狩野派一旦全滅・・・という状況になった。
代々の仕事、技術、技能を捨てて全然無関係な職種についたが、それを職業選択の自由というわけにはいかなかった。
職人にとってはえらいこっちゃの時代になったのである。
が、雌伏十余年、職人たちの仕事が来た。

「大阪歴史博物館開館15周年記念特別展 近代大阪職人(アルチザン)図鑑―ものづくりのものがたり」展はその職人たちの反骨精神から生まれた精緻極まる作品を集めに集めた展覧会なのだった。
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大坂から大阪へ変わっても長らくこの地の人間はオカミ、当局と言ったものを嫌って生きてきた。町人文化が発達し、上に鬱陶しい存在がなかったので合理的精神が育まれた。
そしてその大阪に造幣局が置かれ、その仕事に旧幕時代に刀作りに携わった職人たちが当たった。
紙幣は東京で、硬貨は大阪で。

とはいえ、それで職人黄金時代が来たわけではない。
以下、歴博のサイトから。
「明治維新以後の工芸界は東京を中心に発展を遂げ、国内外で高い評価を受けるようになります。しかしその一方、中央から離れた大阪での作り手や作品の中には、十分に世に知られないままのものが少なくありません。」
要するに高い技術を持っていたが全国に名をとどろかすこともなく、気の毒に現在ではほぼ知られていない職人たちの、その高い技術力を平成の世に送り出してくれたわけです。

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プロローグ 根付の国
現在、根付のいいのを見ようと思えば東博で2ケ所、浮世絵室と高円宮様のコレクションのある貴賓室、芦屋の俵美術館、京都の清宗根付館、などが常設されている。
この大阪歴博、清水三年坂美術館にも良いものがあるが、すぐに観れるかどうかはわからない。
なにしろ煙管で煙草を吸うというのをやめたのだし、印籠を持って旅をするのもなくなっていった。
ただ、文化として根付への愛情が活きるようで、ケータイにはストラップがついた。

牡丹。獅子、百合根、タコツボに蟹…根付は小さい存在ではあるが、凝りに凝った構造をみせる。
ここにあるものも素晴らしかった。
そして製作者に懐玉斎正次という職人がいるのだが、このヒトは物凄い技能者なのに「知名度が低い」と解説に表記されていた。

1.人体表現をめぐるアルチザン
チラシに燦然と輝く骸骨などの作品。

大阪は医学の中心地だったという。緒方洪庵の適塾を想っても納得の話である。
整骨医らが人体骨格の標本などを拵えた。
一体20か月かかったそうである。とてもよく出来ている。
これを見て思い出すのが横溝正史「面影草紙」である。
まさにこの明治の話で、人体模型が大阪の道修町あたりの薬種舗で扱われているが、中に本物の人骨があり、しかもそれが…
という怪異譚というより人の心の恐ろしさを描いている短編である。
わたしはこれを読んで大阪の人体模型のことを知ったのだった。
作中では日露戦争の後の頃の話だが、やがて島津製作所が専売になったと書いてある。
そのあたりのことはわたしは知らない。

資料に、明治9年新町の人形師・大江伊兵衛が木製の人体模型を拵えたとある。現存しないが素晴らしい作りだったろう。
今日になって調べたのだが「大阪病院の人体模型 : 高橋正純訳「紙塑人体解剖譜」と大江伊兵衛の木製人体模型」という論文を書いた人もある。
この大江は大江巳之助と縁のあるひとではないかと思うのだが、調べる時間がない。

松本喜三郎の池坊の生人形の首部分があった。これだけだったが、とても嬉しい。
わたしは松本喜三郎の生人形が好きで、わざわざ熊本まで見に行ったくらいなのだ。
尤もその展覧会が翌月にここへ来たときはがっくりした。
ネットの発達していない時代の話である。

安本亀八の山村流の踊りで今も使われる三つ面があった。
亀八も熊本の職人で、この二人が生人形作りの最大のマイスターだった。

随分昔のINAXギャラリーで「上方くだりの細工見世物」展で初めて見たときの衝撃は、今も身に残る。

他に人形作家・平田郷陽の所蔵だった御殿女中の生人形もある。これは中谷翫古の作。
見世物番付もある。松本喜三郎、安田亀八の名が燦然と輝く。
幕末、肥後から大坂に出てきた彼らの拵えものが大評判になり、「上方下り」として浅草奥山に出向き、お江戸の人々の心を鷲掴みにしたのだった。

引き札がある。双六形式。やっぱりわたしは芝居のビラでもそうだが双六形式のものが一番面白く思う。
ここにあるのは大江山の話。足柄山、戻り橋、市原野といった頼光と四天王各人が経験した戦いを織り込んだ双六である。

入れ歯もある。入れ歯は柳生宗矩の昔は柘植製だったそうだ。水木しげる「東西奇っ怪紳士録」にも入歯師の男の話がある。
歯科技工士の巧い人が大阪にいるという話もあるし、やはりこうした技能は形を変えて今も活きているのだろう。

2.流転する刀工と造幣局のアルチザン
冒頭に書いたように廃刀令のおかげで路頭に迷った職人はゴマンとおったわけです。
彼らの希望が大阪に灯りました。造幣局です。

引き札がある。刀剣ステキ売買所のチラシ。ステキというても「素敵♪」ではなく、どうやらステッキのステキである。
要するに仕込み杖なのだ。
明治半ば頃、仕込み杖を持ち歩いた人の話も多い。
その時代を舞台にした上村一夫「修羅雪姫」のヒロイン・鹿島雪は愛用の傘の柄に刀を仕込んでいた。

刀も何振りかある。月山貞一の作刀。この人の名はわたしのように「とうらぶ」と無縁のものでもなんとなく知っている。
逸見東洋の刀もあるが、この人は家業をやめてから彫金家になり、造幣局に出仕した。
仕込み杖や堆朱盆、香合などが清水三年坂美術館と林原美術館にあり、それらが並ぶ。

桜井正次という刀工は有栖宮が庇護ししたそうだ。「舞子」という刀が東博から来ている。
この宮様は大正の頃に廃絶されたそうだから、その後はどうなったのだろう。

さて造幣局の仕事。大阪のモノスゴイ技術力の結集を目の当たりにする。

加納夏雄の図案帖もある。
四分一の銀で拵えた精緻な香炉や、是真派+後藤一乗+海野勝珉らのコラボ作品など、目を瞠るものばかり。
こんな技能集団で硬貨を拵えていたのか。偽造しにくいのも当然だったのだ。

3.アルチザンの「道」
根付や籠などがある中、自在置物が目を惹いた。

穐山竹林斎という住吉の粉浜の人が龍の自在置物を拵えている。白龍と黒龍と。チラシの上部「ARTISAN」のロゴのすぐ下でうねっているあの龍。凄い構造である。

正阿弥勝義の花瓶、川島甚兵衛の綴織、龍村平蔵の古代裂複製品・・・
素晴らしいものが次々と続く。
龍村平蔵への尊敬の念についてはしばしばこのブログ上で挙げているので今は書かないが、本当に素晴らしい。

芝山細工の素晴らしいのもある。
大阪歴博のツイートにその紹介があった。



やっぱりこういうのを見ると絶対に行かないとあかんでしょう。

藪名山の薩摩焼もずらり。
こちらは前身の大阪市立博物館で随分前に展覧会があったのを思い出す。

青貝細工のいいのもある。ほんと、素晴らしい。

芝川照吉らを生んだ芝川家がまた立派な仕事をしていた。高麗橋のあたりで「紙製漆器」を販売していたそうだ。
やがて立ち行かなくなったそうだが。

茶道具のいいのもある。時代も下がって逸翁小林一三好みのものを拵える職人の仕事も出ていた。
真っ向からのウサギ絵の香合、♪模様の香合など。

上田耕甫がミミズクの絵を描いたのもある。可愛いなあ。

まだまだいいものがずらりとある。目が眩むような展覧会だった。
最後にこれは展覧会のチケット。
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昔の博覧会のチケットを模している。楽しいわ。
いつかこの第二弾の展覧会も期待している。

あとわたしは昔懐かしい「せともの祭」のつくりものの写真資料本を手に入れた。
とても嬉しかった。
いつか紹介しようと思う。
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