美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

「シンデレラの世界 かわたまさおコレクション」展

日比谷図書文化館で6/22まで「シンデレラの世界」展が開催されていた。
かわたまさお氏のコレクションで、副題が「アメリカに渡ったシンデレラ・ストーリー」である。
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ヨーロッパで生まれた物語が海を渡り新世界に着いた。
そこでは誰もが成功を夢見ていた。
そんな人々にとってシンデレラの物語は非常に受け入れやすいものなのだった。

19世紀から20世紀に刊行されたシンデレラの絵本や昔のアニメーションなどが展示されている。
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時代により好まれるスタイルが変わるのは当然のことながら、シンデレラの外観だけでなく性格もちょっとずつ変わってゆくのが興味深かった。

日々のつらい労働でも小動物らと仲良くなって仲間を作り、がんばるシンデレラ。
魔法使いのお婆さんの来訪以前に自分でも舞踏会へ出かけようと努力するシンデレラ。
少しずつヨーロッパの少女からアメリカの少女へと変わりゆくシンデレラ。
そして戦後生まれのわたしの手元にはヨーロッパ直輸入のではなく、アメリカ経由のシンデレラが来た。
今回の展示にも少しばかり紹介されているが、わたしが生まれてから最初に見たシンデレラの絵本はウォルト・ディズニーのこの絵本である。
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わたしが見たのは1954年に日本で刊行された本で、オジのものだった。
その本の細かなことを長く覚えていたわたしは、いつもこの本に再会したいと願っていた。
やがて1990年代のある日あるところでその本が貴重書として展示されているのを発見した。
S文庫の貴重書と言うことで後日紹介状を調えて、本を読むことが出来た。
とても嬉しかったことを忘れない。
やがて2001年、ウォルト・ディズニー生誕100年記念にこのシンデレラが復刻された。
どきどきしながら復刻された本を入手したが、その絵本にはわたしの好きなシーンが、肝心の1シーンが削除されていた。
大変残念だった。
だがさらに数年後、わたしは洋書を探してとうとうペーパーバック版の絵本を見つけ出し、そのシーンと再会した。
長い道のりだった。
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今でもわたしにとってのシンデレラはこのディズニーの絵本のシンデレラなのだ。

ところでこのディズニーのシンデレラではチェシャ猫の兄弟分みたいな肉付きのよい猫がニクタラシイ存在感を見せている。
ここでのシンデレラの味方はネズミたちである。
が、ネズミが味方と言うのは案外少なくて、アメリカの絵本では猫が友達と言うのがけっこう多かった。

展示コーナーではシンデレラの飼い猫の特集がされていた。絵本によって柄も種類も違う猫たちが集まったコーナーはなかなか壮観だった。
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それにしても実に多様なシンデレラがいる。
大変面白い。挫折はあっても必ずサクセスをつかむ。それがアメリカのシンデレラなのだ。

展示にはないが、日本でシンデレラをモチーフにした見事な短編小説が2編ある。
それを紹介したい。
1つは佐野洋子の「シンデレラ」で、これは継母の独白。ここではむしろ継母が気の毒な話になっている。
1つは岸田今日子「セニスィエンタの家」、スペイン語のシンデレラの意味で、非常に官能的でかつ無残な話である。
どちらの小説にも共通するのは、シンデレラの野望の深さ・強さである。
彼女たちは実家から出ていき、王子との幸福な結婚を勝ち取る。そして残された家族に無残な仕打ちをする。
日本の小説家による物語はアメリカ的ではないのだ。

英国から輸入された仕掛け絵本をアメリカ風に改変したものも展示されていた。
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こうしたところを見るのも面白い。

他に1930年代のアニメーションもあり、そのレトロさが魅力的だった。
様々な媒体にシンデレラは進出する。滲出、かもしれない。
レコード、ぬりえ、広告…

会場では再現されたドレスの展示もあり、また撮影コーナーもあった。
面白い展覧会だった。
シンデレラの物語はこの先もずっと生きるだろうと思った。
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