美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

花の展覧会ふたつばかり

花の展覧会、といってもそんなタイトルの展覧会はない。
わたしが勝手につけたに過ぎない。しかし内容は<花>の展覧会なのだ。
・アートで感じる「ばらの高島屋」@高島屋史料館
・江戸の植物学 @京都文化博物館
どちらも既に終了している。

高島屋の昔のコマーシャルソングを思い出そう。
♪ばらのマークの高島屋
今も昔も高島屋はばら。キャラクターはローズちゃん。
高島屋の飯田さんは美術家に仕事をたくさんたのんだ。
それが今も財産となり、こうした展覧会が開催できるのだ。
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ラグーザ玉 夏バラ  この頃は日本に帰国していた玉。51年ぶりだったとか。
晩年の作品。ピンクと赤とがいい具合になじみあい、繁茂している。

薔薇は洋画だと思う気持ちが強い。桜は日本画で、というのと同じくらいの感覚。
だが、日本画で薔薇を描くのもいい。
池田遙邨の扇面ばら図。赤も黄色もどちらも愛らしい。
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川端龍子の薔薇は立派な強さがある。

わたしは日本の洋画家では児島善三郎がたいへん好きで、特に帰国後の彼の自然風景、花を描いた作品などはその色彩の美にときめいている。
カタチが素朴で平面的なのも魅力的だ。
バラ、赤絵の壺、敷物、彼の良さがとてもよく出ている。
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宮本三郎の薔薇は背景から抜け出してきたようだ。少女の顔がついた花瓶に活けられているが、この少女が薔薇を呼んだのかもしれない。
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小磯良平は上品で清楚な薔薇を描く一方で、武田薬品のために描き続けた植物画はたいへん学術性の高いものでも、その筆致で描かれた薔薇も好きだ。

多くの薔薇の絵が続く中、染織品もあった下絵は誰だろうか。
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日本画に近い感じがある。

そして薔薇は大正モダンの世界では魅力的な着物の文様にもなる。
これは1963年の着物だが、華宵えがく乙女たちが袖を通していそうな薔薇柄だった。
帯は孔雀の羽根柄がいいと思っている。
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いいものをみた。
今は動物絵。明日、見に行きます。

そしてこちらは「江戸の植物学」
椿から始まっていた。
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百椿。絵巻にも屏風仕立てにもなる。
やはり天平の昔から日本人は椿が好きなのだ。
わたしも大好き。
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椿の次には菊がきた。
菊もまた栽培に手を掛ける分だけ愛情が深まるようで、様々な構造のものが江戸時代に生み出され、また菊をつくりものの人形の着物にする「菊人形」も生まれた。
そしてそれは今も続いている。
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躑躅、五月も手のかかる木花だが、これもとてもいい。
「公園」は明治維新以降海外から入ってきたものだが、庭園は白鳳時代には成立していた。
躑躅の美を愛でる大宮人もいた。
江戸では更に改良もしている。

小さなガーデニングを拵えた人もいたそうだ。
その資料を見て驚いた。薬草園以外でもこのように計算されて植えていたのだ…

多くの江戸時代の豊富な資料があり、なるほど庭園都市だと西洋や後世のものから見なされてもおかしくはないことを痛感する。

いい展示だった。
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