美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「ほほえみの御仏 二つの半跏思惟像」を拝する

中宮寺の半跏思惟像と、韓国国立中央博物館の半跏思惟像とが向かい合う空間。
そんな場所が出現している。東博の本館特別室である。
イメージ (19)

周囲をぐるぐるとまわって半跏思惟像を観察、凝視する。
無礼なことをしている。
しかし見ずにはいられなくなっていた。

背後に回ったことで初めて知ることがある。
肩甲骨が見当たらない。後頭部の髪の処理は平らであり、裾は肩に細く流れている。
とてもしなやかで柔らかな身体である。

足先を眺める。
第一関節がある。そして右足先は軽やかに上がっている。
そして元は装飾がつけられていたそうだ。今は何もないが。

そんな些細なことを知って、わたしは嬉しくなった。

イメージ (20)  イメージ (21)

三国時代の朝鮮で生まれた半跏思惟像。
腰ひものリボン結びが愛らしい、よくよく見ると、とても今風な衣裳をつけられている。
もし違ったとしても、そのように見えたことも面白い。

後頭部は左右のお下げに対抗するために左右に分かれていた。
リアルな表現である。

手指の長さも綺麗だった。
そして組んだ足、その足裏の肉のつき方が不思議だった。
やや猫背なのもいい。

小さな発見が続き、喜びが重なる。
わたしはもう観察をやめて、鑑賞もやめて、拝観しはじめた。
清い思いが胸の内に静かに広がってゆく。


二体の御仏は互いを見ることも、ガラスの向こうのわたしたちを見ることもない。
しかしわたしたちになにかしら深い静けさを与えてくれる。
それが何かは、わたしにはわからない。

ただただ、静かな喜びに近いものが身を浸して行くのを感じるばかりだった。

関連記事
スポンサーサイト
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア