美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「メディチ家の至宝 ルネサンスのジュエリーと名画」展をみる

いつのまにか7月である。
ふと気づけば東京都庭園美術館の「メディチ家の至宝 ルネサンスのジュエリーと名画」展も明日で終了だった。
一カ月以上も前に行っていて感想を何一つ挙げていないのはいけない。
簡素な感想を挙げる。
イメージ (22)

門についたときにはご婦人方の行列である。幸いにチケットはあるのでそのまま本館へ向かったが、中も随分な人出である。やっぱりジュエリーということがこんなにもご婦人方を呼び寄せる力の源となっているらしい。
しかもこのアールデコの館での展示ということが、いよいよその魅力を深めているのだ。

フィレンツェのメディチ家の興亡については良い本も色々と出ていて、人間関係も大方は飲み込んできたつもりだったが、まだ理解していないところもあった。
今回の展覧会の良いところはメディチ家の人々の肖像画と彼らの持ち物のジュエリーを並べるだけでなく、ピックアップされた人々の事跡、関係性などをわかりやすく示していることだと思う。
わたしはリストの裏のメディチ家の系図に展示リスト何番のヒトかということを書き加え、人間関係を画像付きで把握することが(完全ではないが)出来た。

肖像画は多少<盛る>ところもあるが、同時代の画家の描く肖像画だと衣裳や装身具に時代のズレはないといえるのではないか。
当人の人間性、性質などはまた別問題として、展示されている装身具とその持ち主との関係性をわたしは注視した。

豪奢なことを好む人がいた時代だと、ジュエリーの意匠も派手になり、豪華になる。
見た目が面白くなり、様々な種類の宝石・貴石・金属がつかわれる。
そして構造も凝りだす。いかにして美を高めんか。大きく美を表わさんか、それに気を遣い、素晴らしい装身具が生み出されてゆく。

イメージ (23)

くらくらしながら見て回る。
肖像画の人物が(男女関わりなく)豪奢な装いをし、五百年の歳月を活きる。
ロココのような奇抜さはないが、目を瞠る豪勢で贅沢な衣裳や装身具は現代の我々をも飲み込んでゆく。

カメオは陽刻、ハンタリオは陰刻。
ルネサンスを生きた人々はカメオがとても好きだったのだ。
肖像画と人物相関図とを同時に思えば、そこから見えてくるものがある。
ハプスブルクの痩せた貧弱な女より、イタリアのグラマーで情熱的な女を選ぶ当主。
その情熱的で豊満な愛人を飾るのは豪華絢爛な真珠。女の脂と真珠とが共に輝く。

メディチ家からフランスへ嫁ぎ、カタリナ・デ・メディチからカトリーヌ・ド・メディシスと呼ばれ方が変わった女は、全体が真珠で構成されたドレスを身にまとう。そしてアーミンの毛皮を手に持つ。

しかし、時代が下がるにつれ少しずつ、しかし隠しようもなく凋落が始まる。
豪奢な装いをしていても、退嬰しつつあるのがみえる。
最後の輝き、として新館で展示されているものを見ながら、永久に栄え続けるものはないのだ、ということを想う。

眺めるうちにある種の諦念が湧いてくる。アジアの片隅に生きる後世の一鑑賞者に、そのような感想を持たれても知るものか、と歯牙にもかけぬだろうが、なにかしらシンパシーに近いものを感じているのは確かだった。

黄昏を迎えたとき、メディチ家の最後の一人・アンナ・マリア・ルイーザは全ての遺宝をフィレンツェに遺贈した。
そのためにフィレンツェにメディチ家の宝が残されたのだ。

メディチ家の権力が活きていた時代が過ぎ去った後、イタリア統一の時代が来、そして今ではイタリア有数の観光地として愛されはしても、政治的に重要な動きを見せる都市ではなくなった。
だが、アンナ・マリア・ルイーザの遺志のおかげで、フィレンツェはかつての豪奢な時代の在り様を世界中に知らしめている。
公開すること、それにより世界はかつてのフィレンツェの、メディチ家の絢爛さを知ることになる。
21世紀の東京都庭園美術館でその一端を見ることが出来たのもそのおかげだ。
ありがとう。
遠い昔の貴人にわたしは心の底から礼を述べる。

とても綺麗だった・・・
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