美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

暑い時にするもんではないことをしていた一日

昨日は一日走り回った。
なんでこんなことになったのか、というとそんな計画を立てたからだったが、やり遂げた今となってはやっぱりムチャクチャ。
この暑いのによくもよくもこんな計画を立てたな、実行したな、とわたしはわたしに説経したいくらいだ。
いかん、常々「説経節」がどーのと書くので「説教」が「説経」になった。
そう、わたしは日々是遊行とタイトルを挙げているが、あまりにあまりな遊行、いや漂泊流浪、ちがう、やっぱりハイカイか、チャウチャウ、うろつき、これよこれ。
そう、ほんまにうろつきすぎた。
マジで意味不明です。

蓮を見に行った。
わたしが蓮を見に行く先は決まっていて、服部緑地・万博記念公園・喜光寺の3カ所。
睡蓮はまた別。緑地は山が池という池に蓮と睡蓮があるし、何より自転車で行けるというのがいい。万博はさすがに自転車ではクルマが怖い。象鼻杯は飲みたいが、去年呑んだからまた数年置いておこう。
電車とはいえ奈良に早朝ゆくのはしんどいし。
それで後の2カ所は行かない年もあるが緑地の蓮だけは別、必ず毎年見る。







遊具で遊ぶのは今年はあきらめて、蓮と睡蓮を愉しんでから菰が池まで出て、都市緑化植物園の前を走り、R134をずーっっと走ると、去年わたしが笹を採ろうとして失敗した竹林を超えることになり、土地勘が出てきた。
このルートは知らん道で、地図をアタマに入れていただけ。

名神の下を過ぎて、なんでもミシュランに載っているとか言う天ぷら屋さんを横目に走り、内環の蔵人で一旦停止。そしてすぐそこのココスで朝食バイキング。
ワッフルを自分で焼くのだが、小豆とホイップクリームが美味しいのですよ。
マフィンが焼きたてのアツアツで、こっちの方がいいなと知り、そこに小豆とホイップをのっけておいしくおいしくいただきましたわ。白桃紅茶もよかったしね。

さすがに食べ過ぎたが、それで根性がついて元来た道を戻る。
2キロくらいかな、緑地に戻る。まだ蓮も綺麗。
そしてわたしは幼稚園以来の民家集落博物館に入りましたがな。
写真を撮り倒したので、それはまた後日まとめます。
ツイッターでリアルタイムに民家の紹介したりで楽しかったが、暑すぎてほんまにこれはノーテンファイラーになるところでしたな。
しかも、食べ過ぎ飲み過ぎでタポンタポンだったから、まぁええやとこの暑いのになんにも飲み物持たなかったという…
こわい、わたしは自分のえーかげんさがこわい…

9時半開園で12時までいた。たいへんよかったわ。
とはいうものの、実際に生活空間として見た場合、決して住みたいとは思わない。
イエ制度がイヤというか、地位の低さが許せんと言うか、自由のなさが我慢できないと言うか、わたしはやはり現代の住居でよいよ。
近代・現代建築の心地良さを知っている以上は過去には戻れない。

さて今度は履正社学園の前を走り抜け、完成間近の豊中市民会館を横目に一路帰宅。
帰ったら、以前から具合の悪かった猫がとうとう眼を閉じてしまっていた。
可哀想に…その猫の身体を洗ってやり、タオルで包む。

3時間ばかりぐったりしてから出身小学校に投票に行く。
政治的な発言は今回しないが、非常に腹立たしいというか、心配な結果になったようだ。
こんなことを書くと、そのうち「密告」されるかもしれないな。
日本ももうすぐアウトなのかもしれない。

空港線を越える。なおも走るが、ちょっとしたミスで行き止まりに。
千里川の土手。
しかし目の前には空港の涯。ヒトがたくさんいるので何をしているか尋ねると飛行機の発着を見ているとか。
わたしも仲間に加わる。
この市に住まう以上は飛行機を見ない日はないし、ちょっと行けば窓どころかネジまで目視できるのだ。



見終えてから今度は北へ向かう。どこに出るかと思ったら勝部に出た。
このあたりはまず来ないので全く土地勘がない。
ないが、空港線に並行して戻るとやがて消防訓練所に出たので、訓練中の消防官の人らに田能遺跡の場所を訊く。
「遠いよ」うん、知ってる。
結局先ほどの道に戻り、そこから西へ西へ。

猪名川の土手が見えてきた。そして豊中市伊丹市クリーンランド。


以前はスポーツランドとレストランがあったのだが、なんと今年の3月末で全て閉館。
余熱で動かしてた施設だが、その余熱を電力として売却するらしい。
淋しい話よのう。恩恵は何にも受けなかったが…
市の広報は読むと気分が悪くなるので読まないのだが、こういうときに不便やな。

やっと田能についた。タノと読む。遺跡があるのだが、資料館という機能となっていて、弥生時代の民家(!)の復元がある。ここからはたくさんのお棺が出ているそうだが、それはパスしておこう。
小5のとき、学校からここまで休みなしで走らされたことを思い出す、いや「思い出す」のではない、常に忘れずにいる、というべきだ。
今から思っても、消防官の言葉にもある通り「遠い」がな。遠すぎるがな。
ああ、なんだか腹が立つ。

資料を見ると、なにやらソノシートがある。田能音頭??
三田明の吹き込み。ほほーーー。
学芸員さんに頼んで聞かせてもらう。
・・・うん、まぁ、なぁ・・・
ここの遺跡はわたしが生まれた日に第二次発掘があったようです。

資料館は尼崎市になる。そしてその隣にこんなビル。


ドクロが正面に回ると悪の王になるかも。

猪名川を越えてようやく園田の競馬場。時間的にも終わってる。
立派な建物でした。

そこから更に走り、内環に出た。ここで色々遊ぶ。
おつかれー。と東園田に入ったら、なんとなんとバックハウス・イリエがないーーーっ
びっくりした。
で、ご近所のお医者さんの奥さんに尋ねたら、先月引っ越して園田病院の横に行ったとか。
そりゃあっちの方が広いもんね。でもびっくりしたわー。
ここのクリームパンは絶品です。大丸にも入ってるが、焼きたてのあつあつのクリームパンはここでしか食べられません。

再び猪名川を越えて戻るとき、橋の上から北を見ると、あのクリーンセンターが見えた。
まだその北に伊丹のイオンがあるのでしたな。

走れ走れ。
北摂に戻りました。そしてそのまま可哀想な猫を家の一隅に葬った。
以前の猫の骨が出てきて、それも一緒に埋め直し、仲良くね、と祈る。
医者からも生きている間は好きなようにさせてやったらと言われていたから、かなり甘やかした。
ほかに猫も大勢。でもやっぱりいなくなると淋しい・・・

ここまで。
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