美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

仙台から石巻ハイカイ録

この土日、灼熱の大阪から逃れて仙台・石巻に飛んでおりました。
なにしろ暑いの暑くないのと、いるだけでメマイしそうな大阪の夏。
ホンマに暑いのでこれはもう避暑に出よう。←大阪人らしくないことを言う。
幸いよいお誘いがあったので参加してまいりました。

三年ぶりか、空港へ。前は関空なので伊丹は何年ぶりになることか。
隣家の従妹がJALのCA(ただし国際線)だった当時は、身びいきが激しいわたしは「乗らねばならない」くらいの気持ちで乗っておった。別に割引なんてないが、そういう気持ちがわくのよ。
そやからジュース買うならサントリー(美術館に御世話になっている)、水回りならlixilかパナソニック(どちらも美術館に御世話になっている)、クルマ免許ないけど、タイヤはブリヂストンでガソリンは出光(どちらも・・・以下略)・・・
というわけですがな。←わかるようでわからんわ。

ところでホンマに久しぶりなのでEチケットも手荷物検査も手順を忘れて、慌てて前日にネット見てお勉強し、やや早い目に伊丹についたら、やっぱり混んでたね。
ANAなので南ウイング。向かって左へ行ったわけです。
ああ、某イタリア製のやなしにアメリカ製の機体に乗りまして、仙台へGO。

わたくし、今から24年前の1992年に大学のゼミ仲間と東北ツアーしましてな、仙台にも行ったことがありました。
東北の祭りを見るというのも目的でしたが、仙台へは当時既に夢中になっていた「萩の月」の本店へ行くのも目的の一つでしたわ。
恐山にも行ったが、下北半島へは当時熱狂していた映画監督・川島雄三の実家のスーパーにもそっと行くというのも目的でして。
そこから南下していったのですよ。
で、仙台についた時にその発展ぶりを見て「東京、大阪、名古屋、博多と何ら変わるところなし」と思い、「ジョジョ」の東方仗助の話が始まっていたばかりの頃で、「なるほどここが杜王町か」とか、♪広瀬川流れる岸辺~思い出は帰らず・・・と歌ったり、渡辺謙の「独眼竜正宗」はかっこよかったなと追憶に耽ったりしていたわけです。

さて仙台空港。既にここには巨大な七夕飾りが垂れ下がっておりました。綺麗な千代紙を使った吹き流しつきのね。
集合場所へ向かい、バスに乗り、一路仙台駅へ。仙台から先生はじめ皆さん合流。
今回の参加者は総勢15名ばかり。目的がきちんとしているので無駄がない。無駄がないどころか、あれもこれもの旅なので、ある意味ゆとりがない。しかしわたしとしてはぎっしり詰め込みが好きなので、たいへん楽しい。

ライトの弟子筋のさる建築家の建てた素晴らしい邸宅を拝見。
ここについては後日も挙げないつもり。外観はいいんだったかな。
理由は現住してはるから。

そこからご近所に行くと簡保がありました。これが実にいい建物で、パチパチ。
やー、こういうのがあるのを知らなかったので嬉しいね。
さて東北学院大へ。ここでも素晴らしいものを見たが、外観だけまた後日挙げよう。

お昼ご飯にさる有名な牛タンのお店に。
実はわたくし、仙台のお菓子は萩の月を筆頭にいいものをたくさん知ってます。仙台駄菓子も大好き。
しかし24年前もそうだが、今回も高名な店に限ってつまらないミスに見舞われるという憂き目に遭います。
前回は寿司屋の店員のミスで何故かこちらが罵られ、今回は山芋のすりおろしがなかったり。
きっとこれは仙台とわたしの相性が悪いんでしょうな。
次行ったら、全国展開のチェーン店探すわ、仙台名物の店やなしに、やよい軒とか大戸屋とかなか卯とか。
そして仙台で好きなのは萩の月とずんだ、それだけでいいわけよ。

さて某小学校の講堂へ。いまだ現役なので保安のため名は挙げませんが、すばらしいというか非常に魅力的な建物で、面白かったわ―。
その講堂のそばにはニノキン像もある。
装飾天井の素敵な講堂でしたな。

次に非常に不思議な建物をみた。
さる会社の一隅にある、実は遠藤新が拵えたという中学の校舎。
今はもう使われていないし、だいぶ前に学校施設から用途が変わったので、ほぼ面影はない。
しかしこうした所にあったことを知る、というのは大事なことだ。
躯体のみ残るので、ビフォーアフターに出したら、まぁ柱と屋根を除いてすべて変わるわな。

次に田尻町役場へ行った。これは円形型の役所で全国他にもこうした校舎があったそうな。
坂本鹿名夫の設計。ユカイユカイ。どこかヒルズの森美術館などへ向かう最初の入り口に似ているなと思ったら、先生の説明で納得。時代は違ってもどこかでつながるわけです。

そこからKという町へ向かう道すがら、バスの窓からAという外国人の碑があるという看板をみてびっくりした。
え゛っっ!と思った。これについては去年物議をかもしたらしいが、あえてこのまま置いておくそうな。びっくりしたわ。
そのせいでか、空目して、目的地の地名をある特定の人名かと勘違い。
焦りましたわ―

ハリストス正教会。
可愛いね。京都のそれ同様ちんまりと愛らしい。
イコンも素敵。山下りんのイコンもあった。

近くの木造小学校で今は資料館の建物をみた。いい感じ。伏見桃山の聖公会教会の辺りを思い出す。

登米へ。ここは面白いよね、トメが市の名称で、トヨマが町の名称。
人名になるとトヨマ、トヨネ、と色々。
ホテルの近くの割烹で皆さんと会食。にぎやかでよい宴でしたな。
そしてホテルには大浴場があり、わたくしは誰もおらぬを幸いにちょっとシンクロまでしてノボセタのでした。

日曜。朝も早いうちに出発。
興福寺・六角堂を拝見に。
名前だけ見たら奈良と京都のようだが、そやなしにこちらにある古刹です。
どれくらい古刹かと言うたら坂上田村麻呂が登場するくらいだから、平安初期か。
もうほんと、いいお寺で。しかもちょっと時期が過ぎたとはいえ紫陽花満開。
ここは紫陽花寺でもあるわけです。それで目鼻もトロケた愛らしい狛犬さんがおる。
お堂には二十四孝をモチーフにした木彫彩色ものも。
六角堂は生駒の獅子吼閣にも似ている。
色ガラスが綺麗でね。
本堂も立派。和風建築のいいところがたんまり。
いずれまたここで挙げます。

それから「宮城の明治村」たる登米尋常小学校、警察署庁舎、水沢県庁舎へGO!
木造と地元の玄昌石とがいい具合に使われた建物を楽しんだよ。
警察署は明治、隣の火の見やぐらは大正。親切に案内してくれたヒトはまったりした東北美人。ありがとうございました♪

福地閘門を見てから旧大川小学校へ。
言葉も出ない。ただただ悼みます。
霧雨が風に乗って降り続けていた。

石巻の中心地へ。
かんけい丸という高名なタイル貼り付けられた楽しい建物をみる。ただし工事中なので中は見れません。ええ建物やわ。
ここからすぐに石ノ森章太郎萬画館がある。
そして町には石ノ森キャラの絵やフィギュアがある。

お昼はなかなか美味しかったわ。わたしのワルモノな本性が皆さんにだんだん知られてきてしまったよ。
わっはっはっ。ばーれーたーかー。

日和山展望台に行くと、高校男子数人がポケモンGOしてたので見せてもらう。なかなか可愛いな。
尤もわたしはゲームをしない人なのでこれでもう話は終わりそう。
そこから見える景色はやはり震災の爪痕が残る。一方で昔からのお寺も残る。
旧門脇小学校を見ながら、五年経っても完全な復興が出来ないことを想う。

松島へ。
ここも24年ぶり。
五大堂、懐かしいわ。あのときは遊覧船に乗りました。
時間の都合で今回は乗らず、瑞巌寺へ。
前回、地元っ子の運転手さんのおかげで大渋滞をすり抜けてスイスイと杉木立を通り、お寺に入ったのだ。
今回はその杉木立が補修中。今でも以前の林立の綺麗さ・厳しさ・清新さが意識の底に活きている。
西国三十三カ所の再現というかなんというか、きれいな仏像が並ぶ。そしてその背後には鎌倉の谷戸のようなものがある。なんだかドキドキする。
それを通り過ぎて瑞巌寺の本堂を拝見。素晴らしく綺麗な襖絵や障壁画がたくさん。
伊達家親戚筋のお部屋などもある。
今度九月に三井記念美術館でここの宝物などを展示するそうで、一足先に拝見しましたよ。



無事に合流して最後は塩釜市公民館の分館へ。
これがとてもいい建物で素敵。

大いに楽しんで、旅もいよいよ終わり。仙台駅でお別れのヒト、空港でお別れのヒト、大阪空港までご一緒のヒト、それぞれ。
楽しいツアーだったな。
またいつかお会いしましょう。

空港内では油麩の丼をいただいたが、この麩だとフレンチトースト風に出来るな。
土産は萩の月、油麩、海鞘の冷凍もの、味つき海鞘などなど。

飛行機では固まったままのわたし。
定刻より5分早くついてくれたのが嬉しい。
最終バスに乗れた!
ああ、疲れた…
とはいえ駅に着いてから自転車置き場の係員が不在で、えらく手間取った。
まいったなあ。

それでもいい気持が持続している。
また東北へ行きたいと思っている。
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