美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「怖い浮世絵」展を見た

「怖い浮世絵」を見た。
一枚二枚三枚・・・九枚では終わらず十、二十と続く。
太田記念美術館での八月の展覧会である。
「怖い浮世絵」展。
国貞、国芳から芳年、芳幾、井上安治まで並ぶ。

イメージ (84)

わたしの偏見だが、「怖い浮世絵」はやはり幕末のものがいい。
江戸中期というより文化文政以前は浮世絵であんまり怖い絵はない。
しかし怖い絵は当然存在する。
京の応挙は幽霊画のいいのを描いているが、同時代に江戸には鳥山石燕がいて、こちらもオバケ図鑑を出している。
しかしどうもこの時代で怖い浮世絵はないように思う。
芝居や物語に出てくる幽霊を描いた浮世絵もあるが、今日の眼で見たら大したこともない。
反魂香でぼんやり浮かぶ美人幽霊などがメインだからか。
その頃はどうもあんまり浮世絵では怖さは重要視されていなかったのではなかろうか。
北斎「百物語」から「怖い浮世絵」が本当に出てきたと思う。
そこには戯作者や芝居作者のいい仕事も絡んできている。
なにしろ大南北、馬琴のゐた時代である。
幕末はすっかりオバケ・幽霊の花盛り・闇賑わいになった。

今回は肉筆画はなかった。
タタミの間には三枚続の絵が並ぶ。

国芳 東山桜荘子 佐倉宗吾の亡霊が堀田正信のもとへ現れ様々な怪異を起こす図である。
ブサイクな腰元たちはみんなオバケ、タタリ放題である。
芝居のお屋敷の拵え通り、綺麗な花の丸がいくつか欄間あたりにあるのがまた面白い。

国貞 東駅いろは日記 「東海道」と読ませる東駅。黒い大猫と三匹の化け猫がいる。うち一匹は「忠臣蔵」の不破が鷲掴み中。千崎もいるがこちらは見てるだけ。四谷怪談も忠臣蔵の外伝だから、「世界」は忠臣蔵で、そのバージョンで別な怪談だとみなせばいいと思う。なにしろお岩さんは子年でネズミを使うが、その敵の猫は無縁ですわなあ。

これらはどちらも芝居または講談をもとにした絵で、客も「あっコレハコレハ♪」と喜んだことだろう。

芳艶 楠正行討死之図 ああもう青い顔。三人の主従共々アウト。矢が千万数え切れぬほど飛んでくる。実際に眉間に刺さっている。立ち往生しているのかもしれない。
楠公父子の討ち死には悼まれ続けていて、その様子を描いた絵は多くの絵師に描かれている。

国貞 累怪談古今大当たり 梅幸による累。囲炉裏から陰火が揺らぎ上る。しかしそれを見てても与右衛門は怯えもせずニヤニヤ。ふてぇ奴だぜ。

国芳 四代目小団次の於岩ぼうこん いわゆる「夢の場」で若くて綺麗なお岩さんが舞うているが、その影身には肉のとろけた亡魂が寄り添う。しぃんとしているのが怖い。

そういえばあれは誰が書いたか、「静かなのが幽霊で、にぎやかなのがオバケ」という名言がある。
それから思うと納得である。

国貞 四谷怪談 仕掛けもの。「戸板返し」の場で、戸板の裏表にお岩さんと小仏小平とを打ちつけたのを川に流すのだが、仕掛けの紙を動かすと、芝居同様にお岩さんと小平とが変わる。変わってどちらも恨みを向ける。

国貞 怪談木幡小平治 左端では坊主が捕まえられている。それをみて蚊帳から左九郎が刀を抜いて身を出すが、その足下にはおつかが「ひーーーっ」とばかりにまとわりついている。
小平次殺しの女房とその情夫だけでなく、かかわり合った連中もまた犠牲になる。

国貞は芝居絵の名手でお客がどんなのを喜ぶかを熟知していて、「お客がみたいもの」を描いてくれるのが面白い。
有名どころの話二つをこのようにうまいこと描いて、楽しませてくれる。
全然知らない芝居も国貞の浮世絵から教わり、そこから興味が惹かれたのもとても多い。
ここにはないが「女清玄」なんて国貞の絵から知って、ソソラレタものなあ。

怪談と言えば「四谷怪談」「累が淵」「皿屋敷」、明治になってから「牡丹灯籠」も加わるが、前掲の「佐倉騒動」それに「鍋島騒動」も怖い。
江戸人はさらに「平家物語」からも大いに怪談・怪異譚を選び出す。

福原で清盛がみたドクロの塊、大物浦で義経の前に出現する平家の亡霊・・・
いずれも浮世絵では人気の画題である。
大物浦に至っては、昭和になっても前田青邨が繰り返し描いてもいる。

国芳 東海道五十三対 日坂 夜泣き石の話。妻の亡霊が夫に赤子を託し、せつせつと自分の殺されたことを訴えている。
もう殺されて時間が過ぎているので、怖い姿で現れている。

芳年 西郷隆盛霊幽冥奉書 西南の役の翌年に描かれているが、亡くなった西郷さんが怖い顔でそこに立って奉書を。
ああ、ほんまに怖い。

一方、せつなくも綺麗な幽霊の絵もある。
芳幾 百物語 魂魄
芳年 月百姿 源氏夕顔巻
儚いのですよ、ほんと・・・

にぎやかというかなんというかのネタが新聞にも載る。
芳年えがく郵便報知新聞。
殺人鬼のおっさんが殺した六人の被害者の亡霊に憑りつかれ、朝夕関係なしに来るのにへこたれた話。
大酒のみの男の仮死と蘇生の話。

二階に上がると妖怪オバケがメイン。

妖怪オバケの類は平安時代を舞台にしたものから始まる。
酒呑童子関連絵が三点。雑鬼たちが助け合いながら逃げ惑う姿も描いているのが、なんとなく憐れでもある。ああなると「逃げ逃げ」と言いたくなる。

芳年も明治になると線描がかっこよくなり、大迫力の綱の腕切絵、清盛最期の、虚空を掴む物凄い足掻き、鬼と肝っ玉の太い公家などなど。
本当にこの辺りはアクション漫画に通じるものを感じる。

とはいえ、芳年もマジメに描いているようでも「土蜘蛛というより寝坊する倅を布団からひっぺがすオカン」な絵もある。

以前ここで芳艶展があったとき、かっこいいなと評判になったのが出ていた。
破奇術頼光袴垂為搦 袴垂の幻術で、ありもしない熊と大蛇の戦いを固唾をのんで見守る人々と、素知らぬ横顔を見せる男のかっこよさ。男前だわー

化け猫もいる。岡崎の手ぬぐいかぶって踊る連中。可愛いなあ。

国芳 東海道五十三対 桑名 船乗り徳蔵の伝 ぬぼーーと黒い海坊主が浮かび上がる。目のみ光る。それをにらみつける船乗りの手本の男。
英訳を見ると海坊主はSea Goblinと訳されてたな。

国芳 三国妖狐図会 蘇妲己駅堂に被魅 これは完全に初見。「封神演義」にある、大人しい普通の娘だった妲己が王宮へ向かう旅の最中に、妖狐に乗っ取られようとするところ。
絵は狐が来たところを描く。侍女が気づくがもう遅い・・・

おもちゃ絵もある。
芳員の化け物双六。25コマでゴールは古御所の妖猫。いいなー。
これをみて思い出すのは出崎統アニメのキャラを集めた双六。ゴールが「ガンバの冒険」の白イタチのノロイ様で、上がれてもシアワセなんかないのでした。

チラシに一人登場するのは芳年描く「舌切り雀」の貪欲なばあさん。その絵もある。

玉園 画本西遊記 百鬼夜行ノ図 これには虎のニンニンな忍術使いや、お菊さんがスイカ食べようとしてたりと皆なかなか元気。肝心の西遊記メンバーは向こうの方からやってくる。
三年前のそごうのオバケ絵展で見て以来の再会。

ところで幕末の浅草両国と言えば様々な見世物小屋が出ていた。
特に上方下りの細工見世物と言えば素晴らしい人気で、生人形の精巧さなどは今に至るまでの人気を保っている。
ただしそれは木製のもので、松本喜三郎、安田亀八といった腕利きの職人が登場する以前は、他の細工物と同じように張子ものだったりもする。
その張子人形で人気が高かったのが大江忠兵衛で、「一つ家」ものを拵えて、国芳ら絵師が多くの種類のビラを描いている。
なお忠兵衛も上方の職人。

今回は国芳の「一つ家 祐天上人」が出ている。他のバージョンも色々あるが、これを調べているうちにある物凄いブログにたどり着いた。
蹉陀庵主人さん主催の「見世物興行年表」である。
もう今後はこちらで見世物に関することを教えていただこうと思う。

芳年 勝頼於天目山逐討死図 旧幕時代の絵だが、すぐ先の動乱の様子を描いたように見えて仕方ない。
自害する勝頼とその家臣たち。喉を突いたり口を刺したり介錯する手もあれば・・・
ああ怖い。

この頃くらいから芳年の絵が怖くなり始めている。
「和漢百物語」からもいくつか出ている。
華陽夫人の優雅なる冷酷、豪胆な伊賀局の無表情さ、骸骨の塊を無造作に見やる大宅太郎などなど。

水滸伝を描いていても師匠と違い、残忍さを描いてもいる。
病関索楊雄 コキュにされたのは下女がいらぬ手引きをしたせいだとその下女を木に縛りつけて、その腹を切り裂くところ。当然女房も殺しているが、原因への反省がないのは水滸伝だから仕方ない。

芳年と芳幾が組んで出したシリーズもの「英名二十八衆句」からも7点が並ぶ。
福岡貢、佐野治郎左衛門と言った、女への恨みと刀に振り回された大量殺人者たち、アウトローである国沢周治(国定忠治)、鬼神の於松の侠気、殺意にまみれた女房殺しの八郎兵衛、悪党であることを隠しもしない直助権兵衛、悪党を隠しつつ悪事は隠さぬ村井長庵。
みんなとても派手派手しく人を殺している。

しかしここらはみんな芝居や講談で名高い連中を描いているので、当時の人々もその舞台や挿絵で見慣れているから、「おお、決定版!」「これこれ!」だったろうが、この後が芳年の場合本当にヤバいことになった。

明治になって、内乱は収まったとは言うものの、江戸人・芳年は彰義隊の敗走も目の当たりにしているだろう。
明治元年の連作「魁題百撰相」は存外怖いのである。
バストアップで様々なヒトの様子を描いているが、中には親切な情景もあるにはあるが、それとても実は平穏さのない絵なのだ。
幸村が兵を優しくいたわって抱き寄せて水を飲ませている絵がある。
生き延びられそうにない情景である。もうこの兵もダメだろうしこれが夏の陣なら幸村も終わりなのだ・・・

怖いとはいえどこに明るさ元気さがあるのが国芳。
性質の違いもあろうが、やはり旧幕時代までに江戸で生まれ・江戸で死んだのがよかったのかもしれない。
オバケシリーズ「木曾街道六十九次之内」から累と与右衛門、髪梳き後のお岩さんと腰の抜けた宅悦、細い白い手がにゅぅぅと伸びてくる「細久手」など。
陰惨さにどこか滑稽味がある。

晩年の国貞の絵が一枚。忠臣蔵の判官切腹図である。既に大石は来ているので「由良之助はまだか」は言わなくていいが、もう刀は腹に差し込まれている。

国貞の「怖い絵」は芝居絵がベストだと思う。そしてこれは素描だったが、たばこと塩の博物館で見た、花魁が中条流で堕胎する図などは忘れられない。

芳年の芝居・講談絵も見る。
蝙蝠安が斬殺されるのも幡随院長兵衛が血まみれなのもまぁ構わないが、例の政尾の局の蛇責めはやっぱり気持ち悪く怖かった。彼女はこの後ショック死するのだ。絵では全身に緑色の無数の蛇たちが彼女に巻きついている。

最後に清親の両国大火の絵と井上安治の磐梯山噴火の図が出て、ここで怖い浮世絵も終わる。

見ごたえのある展覧会だった。

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