美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

「ようこそ地獄 たのしい地獄」へ行くのだ

国立公文書館へ初めて行った。
国立公文書館、「ようこそ地獄 たのしい地獄」の現場だった。
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遠近感と目の錯覚を利用して、立体的な獄卒がいてますがなw

地獄については近年「鬼灯の冷徹」のおかげでそれぞれの職務のあり方、地獄の種類、刑罰の様相などを教わっているが、これは現代のことで、昔はまた別な手引き書があった。その紹介もここにある。
獄卒の鬼の履いているパンツの規定まであるのにはびっくりした。
上位のものは虎皮・豹柄だが下位のものは狸、狐などの毛皮も可能だとか。
5Sとかやってそうだな、地獄。

さてこちらの本は河鍋暁斎がお弟子のコンドルさんつれて鎌倉ツアーした時の見聞録。
今なら夏コミに出しても別におかしくはないんだけど、とりあえず明治22年刊行。
絵はとことん巧いしマジメに描くから、見たのを丁寧に描き残してくれたおかげで、気づいたことがありますよね。
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そう、この右端の冥官、今では鎌倉国宝館で常勤してはりますわ。
先年は奈良博にも出張したあの二人組の片割れ。

こちらは閻魔さんのでれでれなところをぱちり。
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さてここから地獄本番。
1.地獄行きの罪
日本霊異記、宇治拾遺等の説話集から「罪の告白」などを記したものをピックアップ。
現代語訳が着くのでわかりやすい。
林羅山の「源氏供養表白」は作者紫式部が物語(=うそ)を書いた罪で地獄で責められている、と。
うーん、フィクションだけが全てではないからなあ。
しかも大昔から関西人は話を盛ることでみんなが喜ぶんを知ってるからなあ。
あっ林羅山先生も元は京都育ちでしたな。

2.地獄は何処に
このタイトルを見て「地獄は一定すみぞかし」という言葉を思い出したなあ。
「三界皆火宅」とかも蘇ってくる。
で、アタマの中でのヴィジュアルは水木しげる描く地獄の有様・在り処だったりするのだ。

地下の牢獄―奈落の底、地続きのあの世・・・
霊異記に今昔物語に、と様々な地獄の場所(推定)が書かれる。
海上他界・山中他界・地中他界・・・

この中で「一緒にいても地獄 離れていても地獄」を描いた説話がある。
トリュフォー「隣の女」の台詞だが、この物語もまさにそう。
「道成寺絵詞」
ただしこれは安珍清姫のではなく、「賢学草紙」(賢覚草紙)の方。
京博で見たときの感想はこちら。画像も色々。

岩瀬文庫には酒井家旧蔵『日高川草紙(道成寺絵)』の模写本の映像があり、絵がほぼ同じなので、この展示品もそれを元にした写本だということがわかる。
享和2年、屋代弘賢による写本。
撮影可能なのでパチパチ写したが、長くなるので後に回します。

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3.地獄の責め苦
寛永、元禄年間にもこうした本が出ているからニーズはたくさんあったのだ・・・

地獄の責め苦の中にはどうみてもアブナイのがあり、嗜好をそこに反映してるのでは?と思われるフシもあり。

邪淫の報い、というのもあり、これは西欧でもあって、確か向こうは氷の川に閉じ込められていたような。
何を以て邪淫とするかはその時代時代のモラルかなあ。
わたしは上田秋成「蛇性の婬」をいつも思うのだが、あれも説経節「をぐり」も大蛇の女が肉食系で邁進してくる。
当然うまくは行かない。秋成の真名児は袋をかぶせられて身の破滅をその男の手によって齎される。
物語に現れる多くの女の執念は蛇に成り、姿も変わってしまい、日高川の女たち同様、自分の身の破滅を顧みないし厭わないのが、実は不思議でならない。
尤もそんなことを不思議に思うからこそ、わたしは情と無縁なのだろうが。
優格観念、ということを少しばかり考える。
そう、わたしはこのあたりの地獄には寄せてもらえない。

4.冥官と獄卒
あの世の役人たち、といえばわが朝ではやっぱり参議・小野篁が現れますなあ。
わたしのアタマではすっかり「鬼灯の冷徹」の篁さんのにこやかな表情が浮かんでますが。
それで篁さんのエピソードが色々と紹介されている。

そして獄卒たちの身だしなみのこととかいろいろ・・・いろいろ、ほんま、たいへん。
そうそう、獄卒と言えばやっぱり「平家物語」。
清盛最期の際に牛頭馬頭が「無」の字看板つけた炎上中のクルマ曳いてきて「無間地獄へおつれします」と。
「無」は閻魔大王がまだ「間」の字を書いてないだけ、という。
無論二位の尼の見た夢なんだが、怖いよねえ。
このシーンは昨日挙げた「怖い浮世絵」にも芳年の怖いのが出ていたな。

平家物語は「入道最期」とその次の「築島」などでも獄卒の様子が描かれている。

関係ないが、池波正太郎「鬼平犯科帳」の中で、極悪な凶賊の浪人どもがしばらく身を隠そうかと話してるところへ沈痛な面持ちの長谷川平蔵がふらりと現れて、「・・・江戸を離れて冥土へ行け」と言い放つシーン、もぉめちゃくちゃかっこいいのですよ。
そして平蔵の剣で凶賊ども絶命。
獄卒らも「おう、平蔵さんいつもご苦労さん」くらいは言うてるのかもしれない。

5.地獄から救われた人々
こちらは帰ってこれた人々の話。
お地蔵さんは地獄めぐりをして人々を救済する。
「今昔」と「宇治拾遺」からそんな話を紹介。

わたしもお地蔵さんとお稲荷さんは特に信じていて、道で見かけたら必ず目礼。
地蔵盆も懐かしい。

水木しげる「悪魔くん」松下一郎の方の話では、地蔵というのはある使命を帯びた管理官ではないかという意味のことが描かれていた。人間が何か不可侵のところへ入り込みそうになったり、不可知の領域へ来た時に止めるための存在とかなんとか。
それはそれで怖い。

6.六道輪廻 ―三悪道の世界
畜生道の世界、餓鬼道の世界  「源平盛衰記」が示され、「大原御幸」での建礼門院徳子と後白河上皇との場が。
これをみると六世中村歌右衛門最後の舞台「建礼門院」が思い出される。
この舞台を目の当たりに出来て本当に良かった。
後白河法皇は初演は二世鴈治郎、わたしがみたのは新国劇の島田正吾だった。
あれは1996年の芝居だったかなあ。

「あの世の地獄」より「この世の地獄」として災害の絵が紹介されている。
応挙の「七難七福図」を版画にした「難福図」があった。このシーンが出ていた。



他に明治の水害図など。
こうした記録があるのも国立公文書館ならでは。

さいごに ―たのしい地獄
閻魔大王はいじられキャラ そぉなったのはやっぱり「鬼灯の冷徹」からかなとおもいきや、こんなのもある。
摂津名所図会・合邦が辻の閻魔堂
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ここの閻魔さんは頭痛によく効くらしい。今もちょこんと存在している。
大阪歴博に地獄極楽ののぞきからくりがあるが、そこでもここの閻魔さんが出て、子供らがお参りに連れてこられては泣く絵を見た。
後楽園には蒟蒻閻魔もあり、なんだかんだと庶民に慕われている。
そうそう、閻魔大王といえば、
・ドロロンえん魔くんの伯父
・コエンマの父
・鬼灯さんの上司
あと説経節「をぐり」ではなかなかいい役回りをしていた。

他には地獄の不景気話もあり、倹約令も出ていたそうだ。←誰が見てんねん

本当に「ようこそ地獄 たのしい地獄」だった。
またここへ遊びに来たい。
地獄へでもいいし、国立公文書館にというのもいい。



このあと、少しばかり続く。






賢学草紙
パネル展示と本物とが入り混じります。

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大蛇と共に日高川深くに沈む・・・
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