美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

見世物大博覧会 その2

昨日の続き。
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書ききれなかった一階の話をもう少し。
歴博のもつ絵金の絵馬提灯の複製が出ていた。
かさね、判官切腹、討ち入りの場などの絵である。
わたしは改装前の歴博ではとにかくこの絵金が出てきた辺りからわくわくが止まらなくなる。
あれとアエノコト、海上他界・山上他界などの展示がたまらなく好きだった。

ところで先日、六甲アイランドの小磯良平記念美術館へ行き、機嫌よくアトリエを見学したのだが、そのとき意外なものをみた。
小磯のパブリック・イメージと言えば描く絵でいえば清楚・気品ある佇まいであり、当人もすてきな先生・家庭思いの優しい人である。マネのファンだということは知っていたが、勉強家なので古代ギリシャの群像彫刻なども手に入れて、それを自分の群像図にも生かしている。
その小磯がアトリエに置いていた一冊の画集に目が吸い寄せられた。
「絵金」の画集である。どうして、と思った。無残絵の絵金、小磯とは全く逆のベクトル。
不思議で仕方ないが、わざわざアトリエ、手元に置いていたのだ。
小磯も絵金に惹かれるところがあるのか…

その絵金、土佐では今も絵金祭りが七月に行われる。
その様子を描いた青柳裕介のマンガがあるが、タイトルを知らない。
絵金を主人公にした映画「闇の中の魑魅魍魎」というのもある。
絵金もまた闇の住人、見世物そのものなのである。

二階へ。
4.見世物とモノ
細工見世物の資料がいろいろ。

このあたりの資料を前述のINAXギャラリー大阪で見て衝撃を受けたのだ。
世界観が変わった、と言ってもいい。
上方下りの細工見世物の素晴らしさは、リアルタイムの頃から変わることがない。
今回も色々とトンデモなものをみる。

「とんだれいほう」と称しているのは干物で拵えた三尊像である。
アジの開きがボディで、そのすぐ上に着いた鮑の干物が顔に当たり、だからか線描でささっと顔らしきものが描かれている。

前述の「上方下りの細工見世物」展でも干物で拵えた…するめ製の仏像などがあり、目の細かい網の中で展示されていた。
そう、ムシが来たら困るから。

この「とんだれいほう」御開帳の浮世絵もある。
江戸のヒトは作り物が大好きなのだ。

島根や鳥取などではこのつくりものを「一式飾り」というそうで、今も毎年新作を拵えている。
出来たてほやほやの桃太郎と雉の陶器人形があった。
これが実によく出来ている。陶器人形というものは比較的色彩豊かに作られるので部分を見るだけでも楽しいが、それらが集まって意図的にカタチになれば、また違った楽しみが生まれる。
顔はないのだが、素晴らしい容子を見せている。

笊で出来たオオクニヌシと兎の邂逅シーンもある。
本当に何ででも作れるものだ…
「見立て」の精神が活きているからこそ、こうした遊びが出来る、神事だろうと遊びの魂は不滅だ。

上方下りの細工見世物、これは上方にスゴイ職人が集まっていたからこその名称なのだ。
先般「近代大阪職人図鑑」という有意義な展覧会があった。
感想はこちら

生人形をみる。
見たことがない人というのはいないと思う。
菊人形、あれもそうなのだ。マネキンの会社の根を辿れば生人形の作り手に行くところもある。
菊人形といえば大阪では枚方が有名で、これも古い歴史がある。
明治の昔、東京の団子坂は菊人形見物の客でにぎわい、東北では二本松の菊人形が名高かった。
今回は時期もずれたので菊人形はないが、その人形部分が展示されていた。
松本喜三郎、安本亀八といった巧者の拵えた人形たちは、残ったものは今も大事にされている。
2004年、わたしは熊本現代美術館まで展覧会を見に行ったが、本当に凄いものばかりをみた。
工芸の素晴らしさを生人形で再確認する。
そうそう、国立科学博物館にも明治の人々をモチーフにした生人形がある。

いくつかある生人形のうち、松本順のも来ていた。そう、幕末の松本良順。これはただし実物大ではなくちょっと小さい。
人柄のよい顔に作られていて、いい役柄を振られているようだった。

生人形の古写真もたくさんある。
昔の写真だからよけい面白さもある。

ここには展示されていないが、大阪歴博が蒐集したせともの祭のつくりもの、生人形の古写真の図録を持っている。
それを見ていると、本当にヒトはそっくりの生人形を愛しているのだと実感する。

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昭和30年度のせともの人形・八重垣姫 カラー版 参考資料

乱歩「人でなしの恋」は生人形ではないが、文脈の中で安本亀八の名も出てくる。
子どもが可愛がるための人形として生まれてきたものもあれば、こうして情景を再現する為のものもあり、また悦びの対象とするための人形もある。
横溝正史「蝋人」には若く美しい青年の人形を愛する盲目の女が現れる。

一方、無惨な情景を人形で再現する趣向もある。
その現物はないが、幕末の浅草奥山では見ることが出来たのだ。
一つ家の鬼婆の話である。
国芳が手を変え品を変え、繰り返しそのモチーフを描いている。
そして人間でなく人形がその場を演じている、という意識をみせるためにか、どこか生硬な雰囲気を絵にも表している。
これは以前から感じていたことだ。今回改めてそのことを思う。

一つ家の惨劇は二種ある。
どちらも老婆が殺人を犯そうとするもので、一は物取り・金目当てで、娘の制止を聞かずに旅人(実は観音の化身)を害そうとするもの。
一は主家の姫のためにヒトの肝を得ようと妊婦を縛り上げ、その生き胆を取ろうとするもの。
どちらも非常に無惨な情景である。
世情不穏な幕末だから、というばかりでなく、人には無惨な情景を望む心が確かにある。
説経節でもこれでもかというほどに登場人物たちは苦しめられ、その苦痛を経過してこそ死後に神となるわけだが、ただただ嗜虐だけでそれが成立するわけではなく、それを「憐れ」だと思う心があってこそ、そうした無惨な読み物・<見せ>ものが愛されるのだ。

国芳らの一つ家の絵を見て、お客は「奥山にこんな作り物があるのか」とそそられ、出かける。
そしてナマナマしく拵えた生人形の無惨な場面に固唾をのんで入れ込み、ああ凄かったなあと帰宅するのだ。
それを見て「やってみよう」と思うものは基本的にいなかったわけではあるし。

昭和の半ばまで生きた伊藤晴雨の実験で、芳年の一つ家の絵を実現しようというものがあった。
たまたまその当時の妻が臨月で絵の通りのおなかの膨らみようをしていた。
医師の立会いの下で実際に妊婦を逆さづりにし、その様子を撮影している。

医師の立会い、と書いたが見世物で異形のものを出すときはよく帝国大学の博士の推奨を書き立てたりするが、そうした権威づけをすることでいよいよ「本物臭く」見せようとする、その演出がまたとてもあざとい。
本当に調査した医者もいるだろうが、見世物の世界に学者が入り込むと、胡散臭さが倍増し、それがまた面白くもある。

こちらはたこ娘のためのタンカ。京都造形大の資料から。クリックすると拡大化します。
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「京都医科帝国大学の病院、時の院長永井正雄先生にお願いいたしますれば…」

どうぶつの剥製があった。
天王寺や王子動物園の協力を仰いだようだが、ここにあるのを見たらそれだけで妖しく思われる。
先般、姫路の兵庫歴博「立体妖怪図鑑」で見た「くだんの剥製」を思い出すではないか。
尤もこちらは本物ではある。
嘘はただ一つ、人魚のミイラ。
おお、久しぶり。
そういえば佐倉の歴博の「ニセモノ大博覧会」でこれは出てたっけ??
ちょっと忘れてしまった。

また別な話だが、甲子園の阪神パークがなくなるとき撮影に出かけると、レオポン一家の剥製があった。
もう地上のどこにもいない家族。
その時の写真はこちら

明治の内国勧業博覧会の浮世絵がある。
巨大な鯱が中央にある。この浮世絵を最初に見たのは「サーカスがやってきた」だったが、それと同時期にマイドーム大阪で関西ミュージアムメッセが開催されたとき、明治の博覧会以来ずっと博覧会事業に参加しているという企業ブースに行った。そこでこれに類する明治の錦絵をたくさん見ている。
金の鯱は名古屋人だけではなく、多くの人の誇りだったようだ。
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これらの様子を見てゆくと、見世物と博覧会とが博物館・百貨店へと歩んでいったとわかる。
全てがそうだとは言えないが、少なくとも「観客を集め、彼らが驚くもの・見たがるものを見せる」というのは共通しているのではないか。
わたしなどは何が高い何が低いということは一切考えず、見たいものを見せてくれる場所が好きでならないだけだ。

最後に「見世物の成長」として現れた中に寺山修司の天井桟敷の芝居が紹介されていた。
そうだった、寺山修司は見世物小屋をこよなく愛し、それを幻のように舞台に現出させたヒトだった。

「ある日、私は考えた。少年時代に観た見世物小屋のことが、どうしても忘れられない。火を吐く男、人間ポンプ、ろくろ首、熊娘、そして侏儒や怪力男や美少女が、二十才になっても、しばしば私の夢の中にあらわれては、奇妙な音楽をかきならすのはなぜであろうか。」から始まる寺山の言葉。
詳しくはこちらにある。

横尾忠則のポスターのいかがわしさがいよいよ胡散臭い裏暗さを大きくする。
60年代70年代に夢中になった人々はみんな見世物小屋の観客だったのだ。
わたしは子供の頃から彼の名と存在は知っていたが、観客・読者になる前に寺山の死があった。
例の事件があって、あれが本当かどうかは知らないものの、ある年の五月に寺山の訃報を見た。
その頃は既にいくつかの映画を認識してはいた。
「草迷宮」「田園に死す」「さらば箱舟」「上海異人娼館チャイナドール」・・・
本当に観たかったのは「上海」だったが。
そうした辺りの心情については世田谷文学館で開催された寺山修司展の感想に書いている。

そしてその寺山修司の1978年の「身毒丸」の舞台映像が流されていた。
わたしはこの脚本を読む勇気がなく、舞台を見る根性もないのに、流されている映像から離れることが出来なくなった。
疲れた体がこの映像に憑かれてしまい、とうとう最後まで見てしまった。
ああ、とんでもないものを見た…
わかっていることだが、言葉のエネルギーに負けたのである。

間に昼食時間35分を挟んで実に4時間強いた。そんなにもいたのは映像に囚われてしまったからでもある。
寺山の芝居、のぞきからくり、人間ポンプ…
時間を遡れば記憶が新しくなる。
何度も反芻しながら観たものを思い出す。
そう、反芻と言えば人間ポンプの仕事は反芻作業になるのか。

見世物と言えば最後に乱歩「孤島の鬼」を挙げる。
作中、人工的に畸形の見世物芸人を拵える悪業を続ける「鬼」が描かれている。
この小説は乱歩の全作品の中でも特に魅力的だと思う。
何度再読しても飽きることは決してない。
その魅力の根源の一つにあるもの、それを思う。

先年、佐倉の歴博で「ニセモノ大博覧会」が開催され、大阪のこちらでは「見世物大博覧会」である。
ニセモノの方はついに感想が挙げられなかったが、ミセモノの方はこうして二日にわたって長々と書いている。
異様に魅力的な展覧会だった。
佐倉に巡回するそうだが、構成が変わるという。
するとこの空間は保持できないわけだ。
佐倉は佐倉でいいものを見せてくれるだろうが、今、もし大阪へ来れるならば遠方の人もここへ来られるがいい。
この空間、空気の再現、そこに漂う異様な熱気。
後戻りのできない場所に立ったと思う。

モノスゴイものを見・聴き・味わい、その毒気にやられてしまい、日常へ戻るのに手間取ることになった。
開催は11/29まで続く。
まだもう一度くらいは行けそうだ、行こう、行かなくては、行きたい、行ってそのまま…
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