美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

見世物大博覧会 その1

開幕したばかりの見世物大博覧会に出かけた。
この内覧会に出かけられたporoさんのルポがあまりに素晴らしいのでクラクラした。


わたしは予告としてこういうのを見ると、いよいよソソラレ煽られるヒトなので、わくわくが巨大化して苦しい位だった。

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そもそも見世物への関心が深まったのは本物を見てからというのではなく、それ以前から勝手なときめきに溺れていた。
昭和の子どもは色んなことを見たり聞いたりして育った。しかも親を始めとした大人たちのオドシがある。
曲馬団に売るぞ・見世物小屋に売るぞ・ヨシモトに売るぞ…
本物に触れることがないのに(だからこそか)、妄想と恐怖と憧憬ばかりが巨大化していた。
見世物小屋のタンカは聴くより先にマンガで見ていたが、どうしてか外国映画の方で見世物を見ることになったりした。

そうこうするうち決定的なものをみた。以下時系列。
92年「上方の細工見せ物」展 INAXギャラリー大阪
96年「サーカスがやってきた」展 兵庫県立近代美術館
97年「コマシ 見せ物小屋の芸」展 京都造形大学
03年「大見世物」展 たばこと塩の博物館

これらをみて、わたしの中で何かの数値が正常値を越えてしまった。
以後、冷めることはないまま来ている。
わたしの中ではこの4つの展覧会は完全に別格なものとして生き続けているのだが、そこへ今度のみんぱくの「見世物大博覧会」である。
もう完全に沸騰してしまった。

しかもそこへつい先般こんなことがあった。


凄すぎていまだに全体を見通すことは出来ない。

前置きが長くなった。さあ中へ入ろう。
語るのを聴くよりさぁさぁごらんなされませ、と呼び込みが木戸銭を払うて早よ入れと言うではないか。わたしもそれに従おう。

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1.見世物の世界へ
見世物小屋の表の再現が為されていた。
呼び込みのタンカがスピーカーから流れ、ハリボテのおばさんが客を誘う。

おお、なつかしの志村静峯えがく妖しくも魅力的な数々の絵看板!
これは前述「コマシ」展で見ている。あの展覧会では森村泰昌が色々語っておりました。
妙にバタ臭い顔つきの美男美女たちの体だけが異形のもの。「かに男」「たこ娘」、それから生まれたばかりの嬰児の手足が尋常でない数ありそれに驚く姑、蛇と仲良くする二人の美女、人間ポンプ、気合術…
これらの絵は97年の時点で成分は小豆汁を使って褪色を防ぐ…までは判明していたが、それから20年弱経った今もその先がわからないまま。
そして描かれた絵は全く褪色することなく、今日も妖しい魅力を振りまいている。

その見世物小屋に入りましょう。木戸銭は大人600円。
これは何年前だったか、実際に天満の花見の時に小屋掛けしていたのに見に入った時もそうだった。
あのときはそのちょっと前にドキュメント番組をTVで見ていて、同じ興行の人たちだなと気づいた。木戸を出るとき、そこの娘さんに当たる人に「TVで見てファンになりましたよ、来れてよかった」と話しかけると、実に嬉しそうな顔をして何度も頷いてくれた。
大寅興行だと思うのだが、もう一社と共同で行っていた。

映像を見た記録は数年前にミスでデリートして以来、つけるのをやめた。
だからいつ見たのかを調べるには日記のデータを探すしかないが、それも手間がかかりすぎでムリ。
遠い記憶だけで生きてゆこう。

絵看板に囲まれ、見おろされる空間は不思議な色合いの照明に満たされていた。
このいかがわしさがたまらなくいい。
海外の見世物のポスター、日本の見世物の資料やビラなどがいい具合に並んでいる。
川端康成が蒐集していた熊娘のチラシもある。改めて見るとやっぱりなかなかの美少女で、川端がこの少女に惹かれていたのも納得できる。
6月にみた「川端康成コレクション」展の感想にその写真を置いている。

資料の中には右半分が女・左半分が男の体、という煽り文句のものもある。
これは大学の頃に白人の見世物の演者の写真を見たことがある。
大学の頃、映画「フリークス」に熱狂している友人がいて、彼女から西洋の見世物の資料をたくさん見せてもらったのだ。

そしていよいよ映像を見る。間近でその芸を見るような緊迫感の中で。
安田里美さんはアルビノとして生まれた。
そしてごく幼い頃からこの道に入った。
人間ポンプとしてスゴい芸を見せ続けた。
安田さんのことを知ったのはやはりTVからだった。実際安田さんの遺愛の品として展示されているシャツには讀賣テレビのロゴが入っている。その安田さんの在りし日の芸を映像でみた。

・・・モノスゴかった。
人間の肉体がここまで芸を出来るものかとただただ圧倒され、唖然となり、しまいに怖くなった。
TVでみる分には「ををー」で済むが、この見世物小屋を再現した空間で映像を見ると、妙なナマナマしさがあり、安田さんの呼吸と芸のタイミング、観客の固唾をのむ様子、そして成功した時のどよめき、それらが直にこちらに響いてくる。
一個の観客としてわたしはその力に圧倒され、逃げ出してしまった。

ガソリンを飲み、噴き出すことで火炎となる。スゴい芸だ。
これは万国共有の技のようで、ポール・ギャリコ「七つの人形の恋物語」にもこの技の芸人の話が少し出てくる。
そしてこの技は危険が伴う。
それを安田さんは自分の体の状況と観客の呼吸とを計りながら、絶妙のタイミングで噴き出し、一瞬の火炎を生み出すのだ。
映像だとわかってはいるが、動悸がしてきて怖かった。

ほかの人間ポンプの芸人の写真にも驚いた。
ああ、人間の体はスゴい・・・

見世物小屋の模型がある。こんな風に作られているのか。これを見ると近世風俗画の四条河原に並ぶコヤを思い出す。当時からあまり変わらないような構造だと思った。
近世風俗画の見世物は珍しい動物を見せる場でもあった。孔雀、ヤマアラシ、ラクダなど。そして犬の芸を見せる芸人など。

近藤ようこさんがその様子をいくつかの作品で描いている。
「雨は降るとも」「月は東に 昴は西に」などである。
また津本陽「柳生兵庫助」でも四条河原に出た一行が見世物を見るシーンがあるが、おそらくどちらも静嘉堂文庫所蔵の屏風が元ネタではないかと思っている。

ふと見ると小沢昭一の「日本の放浪芸」のアルバムがあった。それがここに展示されていることがとても嬉しかった。
そうだ、わたしも中学高校の頃に小沢昭一の活動を知り、その著書から知ったことがとても多い。

アメリカの見世物小屋はサイドショーというそうだ。サーカスの隣で興行されることが多いからだそうで、納得した。
映画「バーディ」はフィラデルフィアが舞台だが、遊園地に行ったバーディたちは見世物を見るシーンがあった。
そのことを想う。

銭を払いもせず、見世物小屋空間から出てきた。
顔を上げると、巨大な作りものが見えた。
籠細工である。名古屋市博物館所蔵。
関羽。元ネタは国貞えがく「籠細工 浪花細工人 一田庄七郎」の関羽から。
この浮世絵は「上方下りの細工見世物」展で見たのが初めてだった。

ふと見れば獅子舞の籠細工もある。こちらは以前に名古屋で見ている。
ファンキーな顔のお獅子。

のぞきからくりがある。
広島の三原から来たもの。
大阪歴博のは「地獄極楽」ののぞきからくりの再現がある。動きはしないが、国立歴博ののぞきからくりは何の芝居だろう。
本物を見たのは15年ほど前、四天王寺で。
秋のお彼岸のイベントで、凄まじい黄金の満月の下でのぞいたが、動きは殆どなかったように思う。しかしなんの演目だったか思い出せない。
新潟などでは「幽霊の継子いじめ」といったなかなか盛り上がりのある演目のがあるようだ。

うちの母は子供の頃、お彼岸の頃に四天王寺で「不如帰」「俊徳丸」などを見たといった。のぞきからくりの口演は独特の調子なので、これは再現してみてくれと頼んでも、出来てるかどうかはわからない。
それで思い出した。笠知衆の回想録で、彼は常に小津監督の言うままに動いたが、「長屋紳士録」の中でのぞきからくりを小津の演出なしに自分の思いのままに演じたと書いていた。小津は作品の中にのぞきからくりを採り入れたものの、本物を見たことがなかったそうである。松阪では見る機会はなかったのだろうか。いや、お母さんが止めたのかもしれない・・・

「女一代嗜鏡」と「俊徳丸」のタイトルがあがり、押し絵で物語が表現されていた。
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画像は右から俊徳丸と許婚者・初菊の婚約の頃、中央はラストの祝言、ハッピーエンドの様子、左には後妻おすわが丑の刻参りで呪詛するシーン。
わたしが見たときには真ん中は放浪する俊徳に再会する初菊の姿があった。
昭和32年のネタ本があり、全編の口演が記されていたので写した。
そして映像が流れ続けていた。
五枚の絵が変わってゆく。
台本と微妙に違う箇所もあるのがいかにもナマナマしい。
非常に魅力的な「芝居」だった。

3.見世物とトコロ
見世物興行の場の様子などを描いた浮世絵や写真などが並ぶ。
このあたりの資料の大方は川添コレクション。前掲の「大見世物」展の時もそうだった。嬉しい再会である。
浮世絵に見る見世物と言えば、07年にたばこと塩の博物館でこんなのを見ている。
小さい企画展示だったが、面白いのが集まっていた。

明治22年の足芸一座、軽業興行の絵看板とも久しぶりの再会。これは前掲「サーカスがやってきた」で見て以来。
当時は個人蔵だったが、今ではこのみんぱく所蔵品になっていた。
そうなんや、嬉しいわ。散切り頭の芸人たちが勢いよく動くところが描かれている。

チャリネ一座、アームストン一座などなどの外国の一座だけでなく、わがヒノモトの芸人たちの立派な芸の姿が写されている。
ゾウの芸が大きくクローズアップされていた。

女相撲の資料もある。珍しい。
かっこいい横綱の写真もあるし、すごい力業の写真もある。
昭和30年代くらいまでの興行。
実はうちの母が以前行っていた喫茶店での知人でスゴい流転の生涯を送った人がいるのだが、その人は若い頃は女相撲をしていたそうだ。憧れてその道に飛び込んだが、やがて廃れてしまい、今度は十三の今はなき某料亭で仲居として働き、そこでは「仲居の鯱」をして見せていたそうだ。
やはり身体能力がとても高い人だったのだ。

様々な芸を見せる人々を描いた浮世絵を見るうち杉浦日向子「百日紅」を思い出した。
連作短編の中に力業を見せる女の話があった。そちらは両国での話。

この特別展を見せる空間は楕円状になっている。いや円形なのかもしれない。どちらにしろ矩形ではないからぐるぐる歩くことになる。角がないから振り向くと他の展示が目に入り、誘う誘う。
進む先の展示がまたこちらを引っ張る引っ張る。
というわけで目に入った先へ向かうと、越後獅子と太神楽の資料があった。

越後獅子の映像を見る。昔と違い今はむろん親方に虐待されて泣きの涙で行うわけでもないだろうが、それにしてもこれまたスゴい業である。二人一組でスゴい身体能力を発揮する子供たち。あの越後獅子の装束のままでこれだけ動けるのか。
ちょっと技の名を挙げる。
・金の鯱・カニの横ばい・乱菊・青海波・水車・俵転がし・人馬・大井川の川越の形・獅子の子落としの形・風車・かなずは地蔵・上下二段の腰だめ・太鼓にトリの形・鞍返し。
・・・ほんまにびっくりした。

大仏次郎「角兵衛獅子」の杉作、川崎小虎「故郷の夢」をみる越後獅子の子供。
親方に叩き抜かれて芸を仕込まれ、遠い旅の空で故郷の夢を見、優しくしてくれる人を想う。

ケストナー「エーミールと三人のふたご」に現れる大人の芸人と二人の子供の芸人(三人がそっくりの技をするのでこのタイトル)も身体能力が高いが、彼らはドイツの見世物芸人だった。

放下芸の資料をみてから伊勢の太神楽をみてうなった。神様への捧げものの行事にもこうした放下芸が入っている
その芸がまたすごい。
さっきからスゴイスゴイしか書いてないが、これはもう本当にスゴいとしか言いようがない。あー、びっくりした。
おでこも頬もなんでも皿回し、しかも笛を吹いたり扇を開閉したりという手と頭と別の作業を続けるのだ。
普段は市井の人でこれだ。
びっくりした。
放下芸への憧れ、それが神事にも入り込んでいる。

長くなりすぎるので続く。




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