美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

よみがえれ!シーボルトの日本博物館

江戸博へ「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」展を見に行った。
大阪ではみんぱくで開催だそうだ。
シーボルトが集めた日本の民具や彼の日本追放になった地図などの展示が中心で、そこからシーボルトがいかに日本に魅せられていたかを知る内容にもなっている。
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シーボルトの肖像というと常に老年期のものばかりなので、勝手に来日時既に老人だったように思いがちだが、実は27歳くらいの青年だったそうだ。
青年シーボルトが16歳のおタキと暮らすようになり、イネが生まれ、初めてパパになったのだ。
思い込みはいかんなあ。
琵琶湖疏水の田邊朔郎博士も数え23歳でそれに従事したばかりに、てっきり夭折かと思いきや、存外の長命で他に多くの功績も残していた。
シーボルトも若い頃に日本に来たが、肖像画が老人だったばかりに勝手に最初から老人だと思い込んでしまったのだ。

さてそのシーボルトの若い頃の肖像を初めて見た。ドイツの学生らしい、酒場で機嫌の良い一団の中にいる一人だった。
ビールを飲み、侃々諤々の学生時代を過ぎ、そうこうするうちに遠い異国、夢の国ニッポンへ行くことになったのだ。

シーボルトの周囲にいた日本人の肖像をみる。
イネは幼児なので芥子坊主の頭。愛らしい。
おタキさんをはじめ、おとみ、くまそ、こまきといった使用人たち。
風俗だけでなく、180年前の日本人は現代から見るとはるかな遠祖、直接の血のつながりが断たれたかのような風貌を見せていた。
つまり現代の我々はむしろ異国人シーボルトと同じ視線で当時の日本人の肖像を、風俗を視ることになるのだった。

シーボルトが日本の門人を集めて講義を行った鳴滝の家屋の模型というのがあった。
外側にも松の文様の装飾があり、なかなか手の込んだ民家である。いい感じの二階建て。
惜しいことに調度品はもう散逸している。

出島には活版印刷所がある。そこの活字見本が面白い。
「DESIMA」出島の単語を様々な書体で印字していた。
けっこうおしゃれなポスターになっている。
田中一光あたりが拵えそうな雰囲気。

シーボルトが刊行した「日本」誌が出ていた。日本各地の色んな昔話などを集めているようで、ちょっと違うゾな挿絵などがある。描いたのは日本の絵師だと思うが、彼らは「ちゃいますよ」と言わなかったのだろうか。
伊吹山のヤマトタケルと山神の化身の白猪(真向の猪突猛進中)、瓜子姫、トウモロコシ、首が八つではなく一つだけのヤマタノオロチとそれに対峙するスサノヲと隠れるクシナダ姫などの絵が見えた。

「日本植物誌」ではおタキさんから採ったオタクサ(あじさい)、紅色の山茶花などの絵もある。日本の植物は柔らかで愛らしい。
「動物誌」には巨大なイセエビの絵もある。

谷文晁の「日本名山図会」まではよかったが、海岸線などをはっきり描いた地図はやっぱり開国前なんだからヤバイでしょう。
伊能忠敬の地図、これが致命傷になりました。
本人の写した蝦夷図もいいなあ。しかし地図というものは鎖国中の国の場合そりゃやっぱりちょっとね。

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日本に惹かれたとはいえ、シーボルトもモースも外国人としての立場を保っていたので、結局比較民族学の手法というかその視点で日本人を見、日本の文物を見ていた。
ハーンやモラエスとはまた違う。
そしてシーボルトは日本博物館を拵えたかったが計画で終わり、収集品はミュンヘン五大陸博物館などに収蔵された。
その作品が一堂に会して「シーボルトの日本博物館」を見せてくれた。

花鳥図衝立 とても綺麗な衝立。華やかなものでやや手が込みすぎなくらい。

仏像も少なくない。
中に目立つのが厨子入りの蛇身弁財天像。
首のみ女の顔で体はとぐろ巻いてる。

亀形筮筒台 亀の背に台座が乗るもので、これは科挙などに合格してどーのという人の碑などでよくみかけるものかと思う。
こんな名称だったのだなあ。初めて知った。

これらを仏壇仕立てに配置。

香炉、銅水滴、香道具、それから蒔絵で彩られた医療道具。
花鳥螺鈿鍼箱 綺麗な色の拵えは「伏彩色」という技法で。

本もある。山東京伝や川原慶賀らのもの。
川原の人物画帳には全身刺青の男もいた。
駕籠かきか火消しか鳶か。
肌を見せることの多い職種を選ぶ男は自分を綺羅で飾るのだ。

コインもある。
寛永通宝、朝鮮通宝、二朱銀、天保大判金などなど。
欧州と東アジアとでは通貨の制作方法が違うのだったな。

モノスゴく手の込んだものがあった。
魚尽くし蒔絵鼈甲貼小箪笥 箪笥の構造そのものが見事なところへ魚類がペタペタ・・・
指物師も蒔絵師もすごいな.…

螺鈿ものも伏彩色と言う技法を使ったものが多く、これが本当にカラフルで綺麗なものばかり。
燈籠型弁当箱なんて1Mくらいあるやん。

わたしの好みは他に毛植え人形たち。猿、犬、虎、兎、羊。…あら、みんな干支やね。
可愛いわ。
衣裳人形もある。美人さんたち。

とにかくなんでもあり。

歯磨き粉、かるた、大森の麦藁細工、真っ四角な卵焼き器、長崎おくんちの衣裳、平戸焼に有田焼、なぜか美濃焼、淡路の珉平焼、清水焼まである。
伊吹山のもぐさ、漢方薬20種詰め合わせ(芍薬、附子、杏仁などがみえた)、おろし金…

ドイツにもイタリーにもオランダにもイングランド二もなさそうなものたち。実用品でも見ないものばかりだったろうなあ。

そして最後にシーボルトの死亡広告。
ドイツから再来日したけれど、妻子には会わなかったのだろうか。
ついついメランコリックな気分になる。

面白い展覧会だった。

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