美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

むかしむかしあるところに ―教材としての昔話―

京都市学校歴史博物館の企画展はいつもなかなか面白い。
こういうところに光を当てるのか、というものも少なくなく、それらが悉く面白いのだ。
今回の「むかしむかしあるところに ―教材としての昔話―」展もそうだ。




明治から戦前の教科書に採用された日本の昔話をピックアップした展示。
文章は疎かにされず、絵も良い画家を集めてのもので、初等教育の大切さをひしひしと感じさせられた。
一方で当時の人々が子供をどのような方向へ導きたいかもあらわになっていて、興味深い。

酒呑童子絵巻貼付屏風 江戸 大和絵風の屏風で物語は右から左へ進み、下段へと移る。
住吉、石清水八幡などに必勝祈願に行くシーンなどは例えば住吉は太鼓橋、八幡には鳩らしきものが描かれて、それと悟らせる。
砦の鬼たちはみんなブサカワ。例の神変鬼毒酒をみんなに振舞う頼光一味。
酒のあては向こうが出してくれたが、女の太ももでしたな。
童子は名乗り通りの童子のアタマ、ざんばらで巨大な男。
お酒に酔っぱらった鬼たちは互いに介抱しあう。
さて夜中になりました。姫の導きで鬼退治開始。
飛んだ、鬼首、ガブッッッ 
まぁ最後は籠に詰められて鬼たちの首が都へ運ばれる。凱旋する頼光たち。
この鬼退治の絵はサントリー美術館のそれに準拠しているそうだが、あちらは伊吹山系、こちらは大江山系。

鬼退治については唱歌もあった。
明治34年の「おおえやま」がそれ。
1番だけ挙げる。
むかし丹波の、大江山、鬼どもおおく、こもりいて、都に出ては、人を食い、金や宝を、盗みゆく。
詳しくはこちら

この歌を知ったのは永井豪の名作「手天童子」で紹介されていたから。
今もしばしば再読してはやっぱり感動するのだ。

鬼の存在意義や退治についてはここでは差し控える。

大正15年の尋常小学国語読本にはカナで大江山の話がある。
文部省の製作した教科書。今のようなシステムはまだないみたい。

三老人図 ああ、この題材は青邨も採り上げていたな。
武内宿禰、三浦大介義明、浦島太郎。確かに長命。
ただし浦島の場合はまたちょっと違うのと武人でも政治家でもないので、のんびりした顔で描かれている。

桃太郎図 猪飼嘯谷 昭和7年 宝を前にした桃太郎とその一行。宝は珊瑚に袋物に宝珠。
犬らが桃太郎の様子を伺う。
猪飼嘯谷、柔らかないい絵を描いている。もう今はこの画家の絵を探すのも難しくなった。

桃太郎鬼退治図 大八木桂月 大正6年 横長の絵で船出前の様子。波を見る一行。

桃太郎は尋常小学読本に早いうちに採り入れられた。
その理由について巌谷小波が「桃太郎主義の教育新論」を上梓している。
・積極的・進取的・楽天的 という点を評価したそうだ。
この本自体は昭和18年に刊行。考えそのものは明治初期に決まっているだろう。
「桃太郎 海の神兵」とこの事とは離れて考えるべきだとは思っている。

巌谷小波による桃太郎や浦島の簡単な絵もある。

京都の小学校システムは優れていた。それについてはこちらに詳しい。
番組小学校のシステムは今は統廃合されて失われたが、よいシステムだと思う。

その組内画家記念揮毫屏風がある。大正7年。右から左へ。
白井清泉 二羽の叭叭鳥が大きな枝に止まる。その下には薔薇が咲いている。
伴一邦 細竹の並ぶ中、太湖石に座す賢そうな中国婦人。
山元春挙 雪持ち松がとても強そう。
都路華香 茶色い馬がいる。白鬣がいい。
内海吉堂 山水画
田中月耕 チラシの桃太郎。そう、我から桃を割る桃太郎。なんか怖いな。
イメージ (35)
もっかい桃の中に押し込んで、河へ流したくなるのは気のせいだろうか…

巌谷小波による明治27-29年に刊行された博文館(文藝倶楽部の発行元)の「日本昔噺」がずらりと並ぶ。
当時一流の絵師たちによる仕事である。
洋画家・浮世絵師・日本画家と区別なく描いている。
イメージ (36)

舌切雀 爺さんが雀のお宿に来たところ。
娘らしい初々しさのある雀(そう、顔はあくまでも雀)が「こちらですよ」と招く。
雀の両親(これまた地味な装いの上品そうな夫婦、むろん頭は雀)がお出迎え。

玉の井 小林永興 「わだつみのいろこのみや」と同じ、ヒコホホデミノミコトが釣り針を求めて海底にきたところ。
魚たちの顔が面白い。

猿蟹合戦 菅原旦陵
松山鏡 武内桂舟
花咲爺 水野年方
舌切雀 三島蕉窓
瘤取り 山田敬中
物臭太郎 梶田半古
羅生門 筒井年峯
浦島太郎 永峰秀湖

イメージ (37)

大江山 歌川国松 浮世絵師だと思うが、表紙絵はどこかアールヌーヴォー風な味わいもある。噛む鬼のその口を背景によりそう男女の絵。
別に恋愛関係はないが、ちょっとそう見えるような雰囲気はある。

俵藤太 藤島華仙 ここの文に笑ってしまった。つまり瀬田の唐橋が舞台なので龍宮はこの場合海底ではなく川底にあり、それを巌谷小波が軽妙に指摘する。
「…タイやヒラメのかわりにコイ、ハゼ、ナマズはてはゲンゴロウブナがノコノコ現れ」る竜宮だというのだ。
まあ海やなしに湖やからなあ。

かちかち山 寺崎広業 けっこうリアルな。

猿と海月 久保田金僊 タイや竜の顔がなかなかいいな。どっちかといえばコワモテ。

安達が原 小堀鞆音 表紙絵がスゴいコワい。ヘチマチチを出した鬼婆のド迫力に参った。
開けた室内にはドクロがころころ。
「おいーおいー」「南無阿弥陀、南無阿弥陀」の掛け合いが続く月下の追いかけっこ。

一寸法師 小林清親 鬼がなかなかオモロイ顔してる。打出の小槌で大きくなった一寸法師はなかなかの美男でした。

金太郎 右田年英 美人のお母さんからおっぱいもらう金太郎。猿とウサギの相撲をみる金太郎など。
右田は20年ほど前に弥生美術館で回顧展があったが、ほぼ今では忘れられた画家なので、こうして見ることができたのは嬉しい。

雲雀山 中村玉桂 継子いじめの話。雲雀山に捨てられる姫君だが、これは中将姫の物語のようだ。

猫の草紙 浅井忠 この表紙がまた面白い。蜘蛛の巣の上をパラソル開いた猫が歩く。その背には白ネズミ。
軽妙な展開。家の中でしか飼ってはいけない猫が自由になり、それで困ったのがネズミ連中、という話。
浅井忠は洋画より日本画や挿絵などの方が好きだ。なにしろ楽しい。

一枚絵をみる。
かちかち山 狸の泥舟を沈めるところ。この絵には第一次大戦の日英xドイツの戦勝記念を示しているとのこと。
「戦捷記念」とある。

そして小波の短歌も「かちかち山」に関するもの。
「くせものは沈めて清し春の月」
ううーむううーむ、櫂を持つウサギね。

染織の牛若もある。吉野なので義経ですわ。
雪山、ジャンプする義経、木の陰に佇む弁慶と言う構図。

明治20年代から昭和13年までの尋常小学校の国語読本がずらり。
出版社により「かな+漢字(ルビなし)」と「カナ+漢字(ルビなし)」また「変体かな+(ルビなし)」などに分かれていて、出版年は関係なかった。
全てカナかと思っていたのでちょっと新発見。

桃太郎、舌切り雀、浦島太郎、花咲爺、松山鏡、猿蟹合戦、竹取物語、かちかち山、牛若丸、ウサギとカメ…
これらの昔話が文部省により長らく教科書に採用されていた。
印刷はなかなか読みやすいが、小1でも「頼光」などの名などはそのままなので、相当漢字力が高かったことがわかる。
新聞は総ルビ時代だったし、子供もよく読んだから、慣れていたのだろう。
久世光彦の証言を思い出す。

最後に明治6年刊行の「通俗伊曾普物語」渡辺温編訳が現れた。
中には暁斎の挿絵もある。
ライオンが肉球の棘を女に取ってもらうところ、眠る女のもとへ来る男、目薬の話などなど。
そして昭和40年代の絵本から「いっすんぼうし」「がくやひめ」「うらしまたろう」がある。程度が落ちて全部ひらがな。いずれも絵は秋野不矩。
石井桃子、円地文子、時田史郎の文。

たいへん面白かった。
12/13まで。
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