美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

夢の黄金郷(エル・ドラド) 遊園地

石神井公園ふるさと文化館の展覧会と言うのはもういつもハズレなし。
これは和歌山市内のミュージアム、姫路市内のミュージアム、東大阪市などのそれと同じで、本当にいついかなる時も期待以上の企画展をする。
だから行きたいのに行き損ねたときは後々まで後悔する。
檀一雄展、行き損ねたことはもう本当に痛恨事で、未練たらしくチラシを見ては「もう一度やってほしいなあ」と思うのだった。

今回は「夢の黄金郷 遊園地」展である。
「思い出のメリーゴーランド」と副題がついている。まさにエル・ドラド。
イメージ (13)

チラシにもキラキラのメリーゴーランド。
わたしだと「思い出のジェットコースター」「思い出のお化け屋敷」になるところだが、やっぱりあれよ、ここはメリーゴーランドでないといけませんわ。
実際わたしなんぞもメリーゴーランドは乗った回数も数えるほどしかないが、やっぱりメリーゴーランドこそが遊園地の象徴だと思う。
だからメリーゴーランドをモチーフにしたオルゴールやペーパークラフトなども手元にあるし、そこで流されるメロディを聴くのも好きで、そんなオルゴールを持ってもいる。
現代日本画家・松尾和夫も「夜想譜」という作品で夜のメリーゴーランドを描いている。


さてこの展覧会は遊園地の歴史と地元練馬区にあった遊園地の紹介で構成されている。
わたしはせいぜいとしまえんくらいしか知らないが、けっこうたくさんあったことを知り、びっくりすると同時にうらやましく思った。
なにしろわたしの近所の聖地・宝塚ファミリーランドも阪神パークもエキスポランドもみんな閉園してしまったのだ。
行ったことのないまま終わってしまった玉手山遊園、奈良ドリームランドも哀しい。
遠いのであまり行かないひらかたパーク(ひらぱー)、生駒遊園地は現役だが、やっぱり遠い。
USJは遊園地ではなくテーマパーク。
わたしは乗り物主体の遊園地は好きだがテーマパークは興味がないのだ。くすんくすん。
まだ東京には花やしき、後楽園、としまえん、あともう少しあるそうだが、よくは知らない。
そこのところを知りたいとも思っている。

会場に入る。
いきなりサザエさんの何やら自動紙芝居装置みたいなのがある。
要するにお金を入れるとページがめくれて、というものらしい。
こういうのが設置されていた、というのも面白い。

はじまりは「遊園地」の歴史の紹介である。
日本初の遊園地・浅草の花やしき。そして宝塚の紹介がある。
尤も花やしきは幕末の頃の牡丹と菊などを見る「遊園」として始まった頃からの浮世絵資料もあり、明治のビラでは安本亀八の生人形の見世物なども紹介されている。
明治末には京都市動物園から借り出したライオンカップルの展示もあったようだし、猿の芸、奇術、盆栽、それに小芝居らしきものもあったようである。
関の戸、小鍛冶、南部坂雪の別れなどなど。他にタンバリン演奏…

浅草の十二階の写真も少しある。
それについては以前に「ザ・タワー 塔と都市のものがたり」展でこんな感想を書いている。

宝塚新温泉は明治末に箕面有馬電気鉄道(現阪急電鉄)の娯楽施設として建てられた。これは関西だけのラジオのコマーシャルだったろうが、以前にその謂れを語るものがあり、大昔の宝塚少女歌劇(当初の名称)の歌が流れていたのを忘れない。
「おお宝塚」という歌だった。
小さな湯の町宝塚に 生まれたその昔は
知る人もなき少女歌劇 それが今では
青い袴と共に 誰でも皆知ってる…

温泉施設の余興として始まった少女歌劇、そして火事を経ての新築で、浴場、動物園、水族館、植物園、遊具施設などが集まる一大遊園地が作られた。
小林一三の考え付いたこのスタイル――電鉄・百貨店・住居だけでなく娯楽までも――が、東京の私鉄の多くにも影響を与えた。

宝塚ファミリーランドも昭和の末頃までこのスタイルを続けていた。
わたしなども子供のころから過激を横目にしつつ遊園地で遊び、動物園・水族館・植物園を見て、併設の無料の温泉に浸かり、それから一旦梅田に出て新阪急ホテルのバイキング・オリンピアで晩ご飯、という黄金コースを楽しんだ。
劇場拡大のために温泉が壊された時は泣いたが、更に宝塚ファミリーランドが無くなった時の衝撃の大きさは話にならないほどだ。
いまだに宝塚の「花のみち」を歩くと、在りし日の歓声が耳に入ってくるほどだ。現実の音と記憶の音の区別が出来ず、統一された街の様子を見ても、その建物の奥には宝塚ファミリーランドが今も活きている、という風にしか思えないのである。
そしてこちらがわたしの撮影した宝塚ファミリーランドの最後の様子である。
中でも人形館は別に3回にわたってこのブログに挙げた。


このように自分の愛した遊園地について語り始めると、ヒトは無限にしゃべりたくなるものなのだった。

いよいよ展覧会のメインの展示へ向かう。
前述の小林一三の手法をまねて東京の私鉄各社が沿線開発を行った。
小林と五島慶太、根津嘉一郎らとの深い交友などについても以前にこのブログ上で度々記しているから省略するが、それまでになかった画期的なシステムを多くの電鉄会社が採り入れたのはまことに喜ばしいことだった。

都内にあった遊園地の一覧表を見てもなるほどと納得するばかりである。
また沿線案内図は鳥瞰図でもあり、見るだけで楽しい。

個別の遊園地の紹介が始まる。
・玉川遊園地・玉川児童園
遊具メインではなくプールやテニスコートもあってというもので、大きな玉川閣というのもあったのか。

・花月園
今の横浜市鶴見区に開園。ここにも少女歌劇団。平岡さんと言う個人が経営したという稀有な遊園地。子供らを喜ばせるためにパリまで見に行ったりしたがやっぱり経営は苦しかったそうだ。偉い人だが、やはり限界がきた。
跡地は花月競輪場。
大きな滑り台の写真を見たが楽しそう。駅からのmapにはヒゲタ醤油の宣伝入り。広大な土地にホテルや動物園もあったんだなあ。東福寺というお寺の巨大な境内を借りたそうな。

・荒川遊園 ラジウム温泉が尾久にあり、当初は大人向けの娯楽地だったのか。
古い手彩色絵ハガキをみると素敵な檜御殿などや橋があるね。
やがて戦後に「あらかわ遊園」になり現在に至る。
そうか、ちびっこ向けだが遊具もありか、一度わたしも行きたいな。

・多摩川園
ここも少女歌劇に大浴場。夢のお城に夜間開館…古資料をみるとソヴェートの第三インターナショナルを遊具化したようなのもあるな。「鉄の塔」か。ルフトハンザと言う飛行機もあるし。

・谷津遊園
往時は日本勧業銀行本店の建物を移築してシンボルにしたとか。案内図をみると元は干潟を埋め立てにしたからかやたらと大きな池があるな。プールとボート場と。ここもラジウム温泉。大きなバードドームもある。なかなかよさそう。
今は谷津バラ園として一部が残る。

・多摩川原遊園
吉田初三郎の鳥瞰図にもかなり大きく描かれている。円内に京王閣がある。
昭和初期のその内部の絵ハガキがとても素敵。
イメージ (57)

ここは現在の京王閣競輪場。
しかしその「京王閣」の建物自体はもうない。惜しいなあ。
くさか里樹「ケイリン野郎」、田中誠「ギャンブルレーサー」にもそういえばあの古い建物は描かれてなかったなあ。

・向ケ丘遊園地
ああ、ここが閉園したとき偶然ニュースで聞いたが、惜しいなあ。昔の写真は松原の中にブランコや休憩所がある、のんびりしたところに見える。

さていよいよ今回の展覧会の中枢の二つの遊園地の登場。
・兎月園
ここの古写真・資料の多さがいい。
成増にあったのか。家族連れ遊園地から料亭へ特化、という説明がなかなかないなあと変に感心した。
2万坪余という広さがスゴイ。
そしてその料亭で使われていたお道具や調度品も少しばかり展示されていた。
庭園なども凝っていて、これはもう完全に大人向けにシフトしたのだというのがよくわかる。
戦時中に閉園となっても近辺各地にさまざまな「遺跡」が残されている。

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このボート乗り場の奥の藤棚などは今も小学校に活きているそうだ。

・豊島園
まあ正直な話、関西人のわたしには知らんところですし、漢字だと「としまえん」とは読めず、「てしまえん」と読むね。
そう、北摂は「てしま」なのですよ。
それはさておき、とてもたくさんの資料があり、面白い。
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やはり古い絵ハガキが面白い。以前に中野区歴史民俗資料館でみたのもある。
現在も繁盛しているのは本当に喜ばしい。
行きたい、と思ったもの。

資料がたくさんあるので時代ごとの比較もできるし、遊具の配置などを見てもわくわくするよ。
やはり行きたいね。ただ、ここへは本当に行ったことがないので場所の感覚や、一人で訪ねてもいいのかという心配がある。
むしろ行けないだろうな。

実際、この展覧会を見てテーマパークではなく「遊園地」に行きたいと強く思った。
関西ではもう「ひらパー」ことひらかたパークと生駒山上遊園地くらいしかないはず。
みさき公園、八瀬遊園もどうなったか。
ひらパーは菊人形と薔薇見物があるので大人が一人で入ってもおかしくはなく、以前に木製ジェットコースターにも一人で乗った。
メリーゴーランドは乗らないと思うがジェットコースターには乗りたい。
そんなことを延々と考えている。

デパートの屋上の遊園地も紹介されていた。
わたしは屋上へ連れて行ってもらったことがないので、その資料を見てうらやましいなあと思った。
三原順「はみだしっ子」の中でジェットコースターに乗りたい幼いマックスがまずはデパートの屋上でうんざりし、本当の遊園地に行くも身長でアウト、次には親切な喫茶店のマスターが一緒ということでサーニンと二人でジェットコースターに乗るも、あまりの恐怖でマスターの腕にかみつくというオチがあった。
そのときに作者のツッコミで「天国への階段、地獄への滑り台」とあったのには笑った。
レッド・ツェッペリンもとんだところでご登場だったのだ。

遊園地の設置は最初は恒常的なものではなく、博覧会の会場に設置されたウォーターシュートなどが人気となり、それが発展したという歴史がある。
ここでこの展覧会とは別な展覧会だが、つながりの見える展覧会について少しばかり寄り道をする。

「夢の黄金郷(エル・ドラド) 遊園地」展は11/13まで。
池田市歴史民俗資料館で「内国博で地域振興? 明治の夢、大大阪を拓く」展が開催されている。
大阪の天王寺を中心にした第五回内国勧業博覧会の資料が並ぶのをみた。
以前に大阪企業家ミュージアムでそんな展覧会を見たこともある。
その当時の感想はこちら

配置図をみる。
阿倍野門からすぐに台湾館、大日本体育会、大林の高塔(エレベーター)、ドイツのメリーゴーランド、舞台、美術館、赤十字などがある。冷蔵庫も巨大なのが別してある。
食べ物屋もかなり多い。
中でもアサヒビール躍進の様子がいい。ビアレストラを開き、洋食とビールを提供。
メニューが残っていた。
スープ、ビフテキ、フライドフィッシュ、ビフカッレッ(表記そのまま)、他にチキンとポークのカッレッもあり、ローストビーフ、チキン、ポーク。ロールキヤベジも。
フルカデビーブ(崩し肉)何なんや?ハムサラダ(塩豚)、ビフサラダ(塩肉)。
あとはケーキに飲料のチョコレート、珈琲、パン、果実。
20世紀初頭のアサヒ軒のメニウ。

都道府県別のブースもある。それを見るのも面白い。そして現在ある美術館や動物園の位置ともリンクしている。
ルナパークの模型自体は天6の大阪くらしの今昔館にもあるが、こういうのを見るのもとても楽しい。
メリーゴーランド、ウォーターシュート…
写真もある。



何かしらイベントがあると食と遊びが充実するものだ。
やはり遊園地はとても楽しい。
とはい万博跡地のエキスポランドも今はなくなり、また大阪に万博などと言うのもいるが、わたしは反対である。
遊園地は純粋に遊園地だけの方がいい。
とはいえ、いろんな資料に見えるラジウム温泉、あれもいいなあ。

11/27まで。
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