美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち

「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」展を東博で見た。
展覧会の狙いはサイトにこうある。
「滋賀県甲賀市に所在する天台宗の古刹・櫟野寺(らくやじ)には重要文化財に指定される平安時代の仏像が20体も伝わります。
その数は、優れた仏像が数多く残る 滋賀県でも特筆されます。本展は、20体すべてを寺外で展示する初めての機会です。本尊の十一面観音菩薩坐像は像高が3メートルもある圧巻の作品で、普段 は大きく重い扉に閉ざされる秘仏です。他にも、11体の観音や、どこか親しみのある毘沙門天立像、文治3年(1187)に造られたこと が知られる貴重な地蔵菩薩坐像など、櫟野寺に伝わる平安彫刻の傑作を一時にご覧いただける展覧会です。」

仏像クラスタではないのでよくわからないが、それでもこのこと自体が大変なことだというのはよくわかる。
第一丈六仏をあの空間にどう収めるのだ。
最初にチラシを見たときびっくりしたものなあ。
イメージ (47)

ところで展示を見た後にTVで日通がこの仏像たちをどのように運送したかの番組を見た。
・・・分解していた。
まぁそらそうですわな。
そして素手でないと持ってはいけないとか、意外なことを知った。日通のエキスパートたちの活躍を知ることが出来てよかった。
展覧会と言うものは実に多くの人々の手で成り立っているのを改めて思い知る。

さて本館特別室に向かう。
ここでは以前にも印象深い仏教系展覧会を開催していた。
それらの当時の感想をリンクする。
「手塚治虫のブッダ」展

「飛騨の円空―千光寺とその周辺の足跡―」

「みちのくの仏像」

これらの優れた仏教系展覧会は今も忘れえない。
殊にわたしの中では昨年の「みちのくのほとけ」たちは今もイキイキと活きている。
吉祥天に宥められたことを思い出す。また再会したいと思う。
それから円空仏の配置の良さ。
くつろげるソファに座って、顔を上げたときに林立する仏たちがみえた、あの感覚が今も心地よく残る。

さて甲賀の櫟野寺、このお寺の仏像はすべて重文であり、タイトル通りの平安仏だが、微妙に世紀は違っている。
造られ続け、大事にされ続けたということなのだ。
イメージ (48)

十一面観音菩薩坐像  巨大。通路を通って高い天井を見上げたらあの金色に耀く大観音の鎮座ましますお姿。
チラシのお顔は香取慎吾によく似ているが、立ち位置を変えると表情も変わる。
向かって左下辺りから見上げるとなにやらムッとなさっている。胸の瓔珞は髑髏連なりにもみえた。
しかし正面からだとまた変わる。

木彫の仏像が並ぶ。

毘沙門天立像 なかなか力強い造形でありつつ、腹の帯の鬼面が福々しかったり、胸当ての花がどう見てもヒマワリで可愛かったり、ブーツが今風のオシャレなのだったりと、細部がなかなか可愛い毘沙門天であった。
それでお寺の紹介を見るとこうある。
「寺伝では、櫟野観音の加護により鈴鹿山の山賊平定の報恩のために本尊守護のために祀ったと伝わります。 特に江戸時代には、田村麻呂公の信仰が盛んとなり、鈴鹿山麓の田村麻呂公を祀る田村神社と櫟野寺の二社寺を詣でる田村参りが盛んに行われました。」
ああ、そうなのか。わたしはわりと坂上田村麻呂と鈴鹿御前のカップルの話とか好きなのですよ。

地蔵菩薩立像 やさしそうである。やはりお地蔵さんというのは見るからに優しそうな姿でないと、地獄に子供らを慰めに来てもたよりにならない。そしてこのお地蔵さんの像の影、それがみょうに可愛い。

吉祥天立像 両手が失われているため、造形そのものはどのような形だったか推測するしかない。ミロのヴィーナスほど想像が拡がるわけではないが、それでも両手のない像にはある種のロマンが見出される。

三体の観音菩薩が並ぶ。少しずつ異なる様子。表情や手に何を持つかで様相が変わる。
観音菩薩立像
観音菩薩立像
観音菩薩立像

十一面観音菩薩立像 変わった冠というか、焼きケーキのカップをひっくり返した感じの形の冠をかぶる。

様々な技法で作られた仏たち。

薬師如来坐像 ぽってり、もっちゃりした造形だが、そこが頼れそうな感じに見える。
そもそも観賞用に作られるわけではなく、素朴な信仰心に応じるために作られた、地方の仏なのである。しかも病を癒す薬を持つ薬師如来なのだから、これはもうすがれる様子でなくてはならない。

居並ぶ五体の観音菩薩立像の表情の違いが明らかなのもいい。
中には顔を上げ気味でふんわり微笑む仏もあれば、俯き加減の仏もいる。手もある・なしに分かれるが、いずれも古くから大事にされていたことを感じさせる。

甲賀様式というものがあるそうで、細身で目は釣り気味とあるが、その一方でしもぶくれの豊かな顔が多いな、と思った。

地蔵菩薩坐像  この像を拵えるために勧進して歩いたと言う。今で言うと映画ファンドというか、まぁ違うけれど、ご利益を望んでお金を出す、という行為は共通しているよね。1187年に蓮生坊という坊さんが働いたようだが…同時代の蓮生坊といえば熊谷直実をすぐに思い出すよ、わたしは。ただ、彼は法然の弟子だから浄土宗でこちらのお寺は天台宗か。
よくある名前だしなあ。
そしてこのお地蔵さんは腹帯を結んでいる関係から、安産の仏さまとして、地元の人々は今もお地蔵さまから腹帯を授かる風習が残ってるという。

二体の吉祥天を拝む。
吉祥天立像  ふくよか美人。やや横広なお顔。こぢんまりしたよさがある。    
吉祥天立像  首をがくりと落としていて、何か考え中のような風情がある。

巨大な十一面観音像を中心に背後に居並ぶ仏たち。
「かくれ里」の仏たち。
遠い所から本当にごくろうさまです。
お寺はこの御開帳で2年間宝物殿を休んで改修をしやはるそうです。
わたしたちが東博で拝観することがお寺のためにもなるわけですなあ。
展覧会に行けて良かった。
そしてこの展覧会が開催できるように働いた全ての人々に感謝しよう。

12/11まで。
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