美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

没後110年 カリエール展

これほど大掛かりなカリエール展を見ることがかなうとは思いもしなかった。
十年前に「ロダンとカリエール」展が西洋美術館で開催され、「もっとカリエールを見たい」と望んだものだが、いざこのように大きな回顧展があると、却って「自分は彼のどのような作品が見たかったのか」と自問自答することになった。

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1989年に大原美術館で初めてカリエールの作品に触れて、その静けさに打たれたが、2016年の今、カリエールはわたしにとっては遠すぎる存在ではなくなっていた。

第Ⅰ章:画家カリエールの誕生から最初の国家買い上げまで(初期‐1885年頃)

自画像 1872 やや目の離れた青年の顔。秀でた額が賢そうである。

ソフィー・デムーソーの肖像 1876 彼の愛妻となる人である。

同時期の習作を見ると、意外とシュールなものも含まれていた。
そうだ、彼も最初からわたしの知る「カリエール」ではないのだ。

月光を浴びる人たち 1880 新潟市美術館  ああ、ここにあるのか。
神話的な情景の中にいる男女。かれは国立美術学校でカバネルの教えを受けていたから、こうした雰囲気のものも若い頃は描いたのかもしれない。

正面向きのカリエール夫人 1885頃  少しずつ曖昧な背景が選ばれるようになってきた。
黒の中に浮かぶ顔、漆黒ではなく柔らかな闇の中である。
その前年の「カリエール夫人の肖像」はセピア色に包まれていた。

受け入れる 1880年頃  赤子と母の手の差し伸べあい。優しい感情が静かに流れる。

椀を持つ子ども 1885-1888頃  ごくごく、んぐんぐ…椅子に座りながら飲む。
子供の食事風景のうち、リアルに生命維持と直結する絵はあまりない。
この絵と高山辰雄の絵位だと思う。

レオンの肖像 幼くして亡くなった息子の絵。
熊谷守一にもわが子の死に顔の絵があるが、幼い子供の死を思わせる絵はせつない。

第Ⅱ章:母性、子どもたち、室内(1885年頃‐1890年頃)
スタイルが確立した時代
ぼんやりしたセピア色の中で、家庭の中の情景が描かれる。

子どもを抱くエリーズ 1885-1887頃  赤子の手が母の顎に伸びる。
粥 1889  La Bouillieというのか。あーん…優しい時間。
勉強 1886-1888頃  様子を見る母。
物を読む少女 1886-1888頃  おでこの目立つ少女。
手紙 1887  姉と妹が顔を上げる。
インク壷の前の子ども、マルグリット 1890-1892頃  白い顔の少女。
洗面 1887  母の膝にいる子供、姉が桶を持ってくる。
エリーズの指に包帯を巻くカリエール夫人 1887  優しい母子の時間

このように優しく温かな時間がキャンバスに閉じ込められている。
ちょっとした仕草などがロダンの彫刻を思わせる。
2人の作品にはそうした親密さがある。
以前に見たときの感想

どのような構図であろうと誰を描こうと、全てに通底するものがある。
静かな心持になる優しさ、それが画面にある。
ただ、あまりにそれが深いと、わたしのような者にはある種の苛立ちが生まれてくる。
そしてその苛立ちがどこにも届かないほどの深い沼に入り込んでゆくことで、鬱屈に囚われる。

今回の展示作品の大方がフランスの個人蔵だというのも興味深い。
わざわざそうした作品を選んだのか、それともそうした作品の方が多いのか。
そんなことを思いながら絵を見て歩く。
日常の中のちょっとした様子を描いた絵を。

珍しく色彩のある絵をみた。
マドレーヌ・ドゥヴィエの肖像 1887頃  ベルギーの彫刻家の幼い娘が赤い服を着ている。目はぱっちり可愛い。

ネリーの肖像 1893  一目見て「ああ、意思の強そうな少女」と思った。彼女はカリエールの娘の一人で、写真資料を見てもたいへん個性的なつよさの滲む娘さんだと思った。

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第Ⅲ章:サロンからの独立、著名人の肖像(1890年頃‐1900年頃)
肖像画になると意外にはっきりした線を用いるものだと思った。

ポール・ガリマール夫人の肖像のための習作、 ポール・ガリマール夫人の肖像
サロン風な場でくつろぐ婦人。色も線もはっきりしている。ここの息子がガリマール社を創立したのだ。

ルロール家の肖像 1891-1892頃  セピア色の中に溶け込む人々。まだ未完のようだが、この絵の中に120年前のルロール家の人々が永遠に生きている。

オーロール(ポスターのための習作)  1897  仲良しのクレマンソーが発行していた日刊紙オーロール。ドラマティックな絵。女が両手を挙げて頭上へ。何か物語が背景にあるのでは、と思わせるところが素敵。

愛犬ファロのいるカリエール夫人の肖像 1895  犬は寝ている。奥さんは手足が長くやや大きい、しっかりした身体。

家族を描いた作品がいくつも並ぶ。
みんなセピアから薄い金色の中に溶け込んでいる。
ロダンの肖像もある。親しい人々はみんなセピアの靄の中にいる。

風景も身近なものだと、どうもラテ・アートのような揺らぎがある。少しずつフェードイン…セピア色の霧の中に佇む木々。

第Ⅳ章:晩年(1900年頃‐1905年)
身近な人々への愛情と、その人々が醸し出す愛情と。

母子の絵がいくつもある。それらは他人ではなく自分の家族がモデルである。
タイトルも「母性」Maternitéというものが多い。
形も定まらなくなってゆく。
静かな体温が伝わる。

フランス映画のラストシーンが好きだ。曖昧な終わりを見せる作品が特にいい。
カリエールの絵を見ていると、その空気感がここにもあることを感じる。

ところどころ明るい色が使われた作品が現れる。
しかしそれにはもう違和感を覚えてしまう。
女性の肖像 1900-1902頃  背景には少し緑がまじり、黒いドレスの女が浮かび上がる。
溶け込むことなく浮かび上がる女。

社会性のある作品を見る。
平和の接吻 1903  英仏協商の代表として。
ピエタ 1903 一説によるとゴーギャンへの追悼のための絵だとも言う。
炭鉱夫たち 1904  もあもあした中に立つ男。松本竣介か舟越桂が描くような柔らかな男性。

パリ12区庁舎のための習作がいくつも来ていた。
1903-1905年頃だが既にカリエールの体調は思わしくない。
絵も崩れている。ただ、それでもカリエールの世界は続く。

最後に娘ネリーの絵が二点。どちらも新潟市美術館の所蔵品。
ネリーの肖像
もの思いにふけるネリー
セピアではなく灰色の中のネリー。
彼女の実際の写真と描かれた横顔がとても似ていた。
彼女はカリエールの子どもたちの中で最も長生きし、1971年に没した。

11/20まで。
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