美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

高麗仏画-香りたつ装飾美

「高麗仏画-香りたつ装飾美」展を泉屋博古館で見た。
根津美術館との共同開催だが、巡回展ではない。
前後期の入れ替え、そして二館とを回ってようやく全てを味わうことが出来る、というシステムである。
まず泉屋の前期を見ることから始めなくてはならない。
チラシは二種あった。今はこの手首の美を露わにしたチラシが主流となった。
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「幻の尊像がここにつどう」と展示リストにある。
わたしはその日、鹿ケ谷の泉屋にほど近い永観堂の紅葉を見ていたが、高麗仏画の中に、美しい紅葉を思わせる色彩を目の当たりにもした。


弥勒下生変相図 李晟 一幅 絹本着色 1294年(忠烈王20年・至元31年) 妙満寺・京都  金色のお顔、緑の多い配色。衣は赤い。仏の光輪は五色だった。ああ、仏画で五色の光輪を見たのは初めてかもしれない。

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観経十六観変相図 薛冲・李△ 1323年(忠粛王10年・至治3年)知恩院・京都  阿弥陀の背後の小さな仏たち、その位置がまるで孔雀の羽根の文様のようだった。そして仏たちの集まりは小さな木を思わせも、クリスマスツリーではなく仏ツリーを見たようにも思った。金色の顔が数多、円満に微笑む。

根津美術館から一幅ものの阿弥陀図が数点来ている。
阿弥陀如来図 1306年(忠烈王32年・大徳10年) チラシに選ばれた阿弥陀如来。とても綺麗な装飾を身にまとうている。
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根津美術館の阿弥陀三尊像を見る。
いずれも三人で歩いているような様子。
観音菩薩、勢至菩薩が阿弥陀如来を挟んで楽しそうにお話しながらという図と、完全にカメラ目線の三人組という図の二点。
どちらもヴェールの綺麗なのを身にまとい、装飾の美しさを楽しむ。
色は沈潜しつつあるが、それでもはっきりとその美はわかる。
歩きつつある方はややうつむき加減なので、その様子を見ると修道院の尼僧のようにも思えた。
立ち止まりこちらを見る絵は体の微妙なくねり方がいい。
どうもこの三人はスナップショットぽくて、「ハイ、キムチ」の声がかかるのを待っているようにも思えた。

わたしは高麗時代の青磁がとても好きだが、この時代の金工もよいものだとしみじみ眺めた。
青銅銀象嵌蒲柳水禽文浄瓶 泉屋博古館  いわゆる「仙盞形」の瓶で観音の手に握られていることも少なくない。
やきものと同じ技法で作られているようだった。

青銅象眼(嵌)梵字宝相華唐草文香炉 根津美術館  外に4つの梵字がある。その周囲にとても繊細な文字が綴られる。
こちらも美麗な作品。

高麗の経巻の美しさを見ていると、日本での院政期のそれと同じく、一つの時代が文化の頂点を極めたとき、絵も書も工芸も何もかもが美麗の極みに来ることを、改めて思い知らされる。

紺紙金字大宝積経 巻32 1006年 京博  穆宗の母上の発願によるもの。力強い書体。

紺紙銀字妙法蓮華経 1353年 根津美術館  先のから350年後、優美極まりないものが現れた。7帖共に見返しの綺麗さに目を惹かれる。
その絵をよくよく見ると細かな愛らしいものだが、実は地獄の様子が描かれていたりもする。
地獄の犬やウサギ、釜の蓋も見えるし、牛頭ら獄卒もいる。一方、仏画を描く人もいる。様々な様子が7帖それぞれにある。
この7帖というのは朝鮮独自のスタイルだそうだ。

そしてついには朝鮮民族の愛する白色が出現する。
白紙金字大方広仏華厳経 普賢行願経  14世紀  福井・西福寺  こんなの初めて見た。
煌めいている。凄い、物凄い、なんだこれは。白に金の字?なんという煌びやかさ。見返しも本当に隙間なく描きこまれている。
善財童子がついに普賢菩薩の前に坐す姿が描かれている。その背後には数多の仏たち。ただ一人のみ群青色が使われているがあとは皆白に金。
光の加減で無限に揺らめく。こんなものを見たことはなかった。なんという美麗な経巻だろう。
時代の終焉が近づくとこんなにも素晴らしいものが生み出されるのだ…

褐紙金字大方広仏華厳経 巻12 14世紀 根津美術館  橡色=団栗を煮詰めて採った色。こちらも実に丁寧な拵え。細かい仏たちが集まる見返し。変な猪が走ってくる絵もある。

阿弥陀三尊像 13-14世紀 大阪・法道寺  赤地に金の大きな文様の連続文の衣を着た阿弥陀と、両横にいる観音と勢至の二人、やはりヴェールの美しさがいい。装飾も豊か。話しながら来る中年男性三人。
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阿弥陀三尊像 14世紀 泉屋博古館 同じポーズの図像だが、こちらは前掲のよりずっと目が細い。色は大変はっきりしている。こちらはマダム三人が歩く感じがする。

阿弥陀如来像 14世紀 京都・正法寺  緑衣が綺麗。赤の水玉は欠かせない。←向きの来迎図。これは敦煌風らしい。色の綺麗さは目が覚めるよう。

阿弥陀八大菩薩像 佰全 14世紀 京都・浄教寺 8人と1人というパターンで、2人の菩薩が真っ向をむくのも朝鮮のパターン。
阿弥陀の首には豊かなしわが三本入る。

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根津美術館から青磁のよいものが4つ。浄瓶、盒子2つ、盃。それぞれ陰刻や象嵌が施されていてたいへん優美。
12世紀の高麗青磁の美を堪能する。

螺鈿菊唐草文小箱 14世紀 大和文華館  これは近年になり大和に収蔵されたもので、とても愛らしい。

牡丹唐草文螺鈿経箱 14世紀 北村美術館  こちらはやや大きめで、小紋の連続パターンで覆われている。
余白の美と言うものはない。

いよいよ水月観音図の始まりである。
「聖母」と位置付けられた水月観音は南方の補陀落に鎮座まします。
そこへ幼い善財童子が訪ねてゆくのだ。坊やは観音の足元にいるが、その足の甲ほどの大きさしかない。 
右にいたり左にいたりする。
その決まりはないのだろうか。
キリスト教のデイシスでの聖ヨハネと聖母との立ち位置のことを想う。

冒頭のチラシの水月観音を見る。
徐九方 1323年 泉屋博古館  左下にいる坊や。周りには珊瑚もある。浄瓶には柳が。金色の肌の「聖母」に手を合わせる善財童子。

14世紀 大和文華館  こちらは右下に坊や。「おや、来たの」と言う風な観音。蓮の花びらに乗る坊やを見つめる。
胸飾りも豪華。宋の仏画風だという。

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14世紀 泉屋博古館  こちらも金の肌。にっこりほほ笑む観音。サンゴだけでなく竹もある。こちらも敦煌風らしい。

14世紀 大徳寺  こちらは赤い肌。すぐ横に竹がある。大変大きな図。左下に礼拝に来た竜王ら一行がいて、坊やは右下に。蓮葉にいる坊や、花喰い鳥もいる。わりと忙しいのである。

最後の水月観音は洞穴内にいて結跏趺坐をしていた。肌は赤い。サンゴがいっぱい。

金の肌、赤い肌、いずれもとても美しい。そして善財童子への視線の優しさは深い。

観音菩薩像 14世紀 岐阜・東光寺  真っ白でややくねるポーズ。かぶりものが綺麗で、まるでスペインの婦人の礼装のようだった。白衣に白のヴェールに白麻に…

地蔵菩薩像 14世紀 根津美術館  被り物をしているのだが、それが朝鮮の子どもの被り物にそっくり。「トンイ」のクム坊やの被り物、あれ。被帽地蔵と言うそうだ。
これは四川省―敦煌―北宋―高麗へと伝わった様式らしい。

菩薩像 14世紀  眼がとても綺麗。優しそうな眼。

五百羅漢像 1235年 大和文華館  これはモンゴル攘斥祈願のための図。高麗の安寧を願う。16点のうちの1.
大和で見たときはそんな裏事情を知らなかったなあ。

五百羅漢像 14世紀 知恩院 釈迦の周囲にずらー。しかし山水図の趣がいい。

釈迦三尊十六羅漢像 14世紀 根津美術館  1人伏せているのもいる。きちんと袈裟も付けた羅漢たち。

長々と書いたが、本当に素晴らしかったのだ。
高麗仏画の素晴らしさを初めて知ったと思う。もう決して忘れない。

泉屋博古館、根津美術館ともども展示のすべてを見たいと思っている。
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