美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

百貨店と近世の染織/身体をめぐる商品史

佐倉の歴博はわたしにはやはり遠いのだが、こういう展覧会があるとやはり出かけてしまう。
一旦中に入るとどの展示室にも夢中になるのでいつも時間が不足する。
今回もそんな状況になった。
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大体百貨店と言うものが大好きで子供の頃からよく行った。
尤もわたしはキタの子なので阪急・阪神が中心で、それから展覧会が開催されているという理由と素敵な建物だということから大丸心斎橋(!)と難波の高島屋にはよく出かけた。

これまでここのブログ上で何度も繰り返してきたからあえて百貨店史については書かないが、やはり百貨店から生まれる流行は三越が主導して来たと言える。
そして髙島屋が美術に力を入れ、今日に至るまで見事な展覧会を重ねてきている。

ところで次から3枚の資料を挙げるが、時代時代の嗜好の趨勢がわかって面白い。
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日清日露の頃からだんだんと懐古的な楽しみを見出すようになったようである。
1905 元禄ブーム
1906 桃山ブーム
1908 光琳様式ブーム
1910 新有職ブーム
ここまで百貨店にリードされてきている。

美や故の花(みやこのはな)1905
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が、大正になると洋装が増えてきたので、もう以前のようなわけにはいかなくなった。
とはいえこうした動きがある。
1915 新光琳式
1919 西洋草花風
そんな着物が愛され、また江戸趣味も流行った。
一方でパリ講和条約の1919年にはスキー、登山、体操、野球が流行り、女性も楽しんでいる。

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大正時代から1980年代までの資料が現れる。
こちらの展示は特別展だが、先のと深くリンクしている。

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「今日は三越、明日は帝劇」だったか、その逆だったか、どちらにしろ帝都の豊かな住民はそうした楽しみ方をした。
百貨店はまた独自の雑誌も刊行した。
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白木屋の雑誌。

信州中野の豪商田中本家からも子供服の資料展示があった。
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通称タホンの所蔵品の素晴らしさについても大いに語りたいが、既にここで何度も語っているので挙げないが、近代史に関心のあるひとはタホンにある大正から戦前の所蔵品を見ることを強くお勧めする。

やがて市民が主体の生活が始まり、スキーや登山も大いににぎわった。
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江戸時代の入浴は盛んだったのだが…
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ライオン歯磨きと中山太陽堂のクラブ歯磨きの普及が大きな転換となった。
東西でこの二大メーカーが啓蒙活動したのは非常に大きい。
特に中山太陽堂の宣伝の素晴らしさは現代にまで語り継がれている。
それらの資料は現在もクラブコスメチックス文化資料室で展示されている。
このブログ上で何度もそれらを紹介しているので、よければ検索してみてください。

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真ん中下にクラブの白粉があるが、これは有害な鉛を排除したものであり、そのうえで綺麗に白くつくものだった。
このパッケージは現在復活していて、フェースクリームとして販売されている。
わたしも可愛いので手元に置いて愛玩している。

クラブだけでなくレート化粧品も活躍した。しかしこちらは残念ながら鉛入りで、戦後の1954年に終わった。
また現在も活躍中の伊勢半は1914年から、資生堂は1929年から化粧品販売を始めている。
クラブ、伊勢半、資生堂はそれぞれ立派な資料室を開設している。
なおここでは取り上げられていないが、ポーラ、ノエビアといったメーカーも資料室やギャラリーを開いている。

面白いことが色々わかる。
クラブコスメは表面を飾る方向よりも基礎化粧品に力を入れているのでそちらの商品は少ない。
資生堂は日本人の皮膚の色に合うものを探求した。
「落ちにくい」ことで名を馳せたMAX、1970年代以降はコーセーも紹介されている。
こうした違いを知ることは楽しい。

時間が足りなくなりかけ足となったが、とても楽しい展覧会だった。
12/18まで。



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