美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

小田野直武と秋田蘭画 世界に挑んだ7年 その2

続き。
いよいよ秋田蘭画。
そこで再掲。
「秋田蘭画」の主な作者たち
小田野直武 1749-1780
佐竹曙山 1748-1785
佐竹義躬 1749-1800

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第四章 秋田蘭画の軌跡

応挙の眼鏡絵があった。
四条河原夕涼  芝居小屋がみえる。床も出ていて夏らしい愉しみを味わう町衆がいっぱい。
この絵はやはりどこか洋風仕立てに見えるので、ここで見ても違和感はない。
応挙の仕事の広さがよくわかる。

小田野直武の見たお江戸の風景、それを描いた画がある。
品川沖夜釣り、新川酒蔵の並び、高輪からの海景、寛永寺、梅屋敷、蓮の見えない不忍池。
小田野の見た・出かけた先の光景。リアルさがある。

写生帳を見るとハチス、菊、福寿草といった植物の他に青磁の器もあるし、妙な動物の絵もある。そこから本画になったものもあるだろう。
秋田の人らしく雷魚(ハタハタのことらしい)もあるし、植物の虎の尾もある。青紫の穂にナズナらしきものも一緒。
どことなくほのぼの。

唐人物図もある。
カラフルだが妙な感じの太宗図、葉っぱを持って頬に手を当てる唐美人、ナマナマしい恵比寿に大黒、あんまり可愛くない白ウサギの絵もある。

蘭画、妙だな。
こういう感想が湧いてくるのだが、それがまた何とも言えない無気味な圧力を伴って、こちらに押し寄せてくる。
決して好ましくはないのだが、変に気になるのだ。

みんなが種本にしたヨンストンの獅子、それを描いてもいる。
種本があってもみんなアクが強いからそれぞれ別な獅子になっているところが面白い。

リーディンガ―という画家の銅版画も種本だった。諸国馬画てか。
色んな国の馬の様子の絵なんだろうな。
日本だって木曽駒という名馬の産地を始め、恐山の方のちょっと小さい馬とか、栃木の馬とか色々。道産子やトカラ列島の馬はまた別か。
で、描かれているのは口を開けて馬の轡を取ろうとする男の図。

児童愛犬図 中国風の幼児らと洋犬。ただしこの洋犬はいわゆる「カメ」なので、小さくはない。

花鳥画も妙な面白さがある。
妙な妙なと書いてるが、要は変にアブラギッシュでそのくせ動きがないというか、泥絵・ガラス絵のようなベタさがあるからそんな風に思うのかもしれない。
日本において本当に洋画というものが成立したのはやはり明治以降なのだが、そこでも外光派とそうでない派との軋轢があるし…
小田野がその頃まで現役だったら(!)、どちらへ進んだろう。

鷺、芍薬の花かご、牡丹、紅い蓮…
牡丹の花びらの質感がいい。青白い花、端が薄紅の白い花と二つの花がある。指先のその質感が伝わるようで、リアルではないのにそうした実感がある。

唐太宗・花鳥山水画の三幅対がある。唐の太宗といえばわたしなどはすぐに諸星大二郎の「西遊妖猿伝」での李世民を思い出すなあ。このヒトは玄武門の変の立役者。
ここに描かれているのは蝗害から民を救ったことを示す、掌にイナゴを乗せた図。
もうほんと、どれもこれも蘭画、ランガーーーーッ叫びたくなる。

富嶽図 どこの国の富士山かはよく知らんが、黄瀬川から見た様子らしい。お留守居役で狂歌師の手柄岡持(お留守居役にはたまにこんな洒脱な人がいるもんだ)との関係がここでみてとれる。

殿様方の蘭画が出てきた。
曙山の写生帳に赤いインコが出てきた。ははあ、これがあれの元ネタか、
そう、松に唐鳥図。
イメージ (11)
妙に可愛いな。
後世の平福百穂が編んだアンソロジーにもこの絵が選ばれているから、やっばり人気があったというか、心惹かれた人も少なくないわけです。

この時代のブームとして蘭画があった、というてもいいわけかと思う。
だから「蘭癖」なんて言葉も生まれる。これが当時の言葉か後世のものかは知らない。
話は飛ぶけど、曙山公なんてランペキもランペキだが、ついでに癇癖でも有名だった。
ランペキでカンペキの殿様、家来も難儀したことでしょうなあ。
後から殿様の性質が垣間見える資料が出てくる。怒りの殿様。

伊勢長島の殿様・増山雪斎の昆虫ノートが素晴らしい。
原題は字がきちんと出そうにない文字なので昆虫ノートと書いたが、ここでは蝉の抜け殻などについての絵が出ていて、もう本当に丁寧。
更に採集した日と俗名を俗な当て字で書いている。
・7/21 俗名 阿夫良蝉(アブラゼミ) 美武々(←鳴き声か?)
こんな感じで他にも「豆久豆保宇之」ツクツクボウシか?それや蜩、そして6種の抜け殻なども描いている。
マイマイ虫とかいうのもある。
博物学がブームでもあった時代。

細川重賢も蟹のリアルな絵を描き、更に名称も方言などを書いたり。虫の変態する様子まで観察して細かく描いている。
うーん、リアル。

松平定信は柳に白鷺と言うよくある題材ながら、ずらーーーっと鷺が並ぶというシュールな風景を描いている。
どなたかの画集にはポセイドンと海馬の絵もあるし、これはもうこの時代、パラダイスだったとしか言いようがない。

曙山はカキツバタにハサミというのもある。胡粉とプルシャンブルーを使うのがお大名。

義躬殿様はおとなしい絵を描いている。
植物写生図も過激なことはない。大和絵ではないところがやっぱりお仲間ではあるのだが。

田代忠国という藩士も蘭画をしている。
義躬とコラボしたのもある。タイトルがもういかにもそれ。
紅毛玻璃器図 ランを義躬殿様、ガラスや瓜、リンゴ、桃を田代。そしてこの鉢は手柄さんからのもらい物。

田代も変な絵を描いている。
ヘルメスもどきの紅毛童子図、福禄寿を分解した三聖人、首長美人の卓文君図など。

藤氏憲承という人も変わった絵を残している。
円窓美人図はこれはガラス絵にありそうな感じ。
椿花図 白に散り椿。

小田野の椿図は♪バラのマークの高島屋…のようだった。高岡徳太郎の原図のあれね。

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第五章 秋田蘭画の行方
まさかのもしかの謎の若死にを遂げる小田野直武。
結局彼が居なくなることで瓦解するというかブームが過ぎ去るのだね。

荻津勝孝 張良・韓信図  鬱屈したオッチャン二人の図。どちらのファンでもあるわたしとしてはヴィジュアルに大不満。

伝・小田野 布袋図  呵々大笑する不気味すぎる布袋。楳図かずおの怖いマンガに出てきそう。

太田洞玉 蝦蟇仙人図  蝦蟇がなにやら希望を抱いているような感じ。こういうのを見ると案外ほっとする。

作者不明の関羽図がギャーッなレベル。暗闇からこんな絵が出てきたら本当にギャーッですわ。
背後に張飛がおるのだが、揃ってギャーッですよ。

司馬江漢の絵が並ぶ。
七里ガ浜が灰色の海、漁師たちのたむろする海浜図は魚とれそうにない。
稚児が淵と金沢能見堂図衝立は表裏一体だが、名勝とは言えないな。

石川大浪 乱入図 朱印船vs阿蘭陀人。ほほう、こんな事件がありましたか。1628年の話。絵は1800年。

ミス・ラッセルズの絵を元にした少女愛犬図は可愛い。これは小田野の絵。
そして小田野の写生帳を模写したものもあった。

小田野直武、32歳で亡くなったのはつくづく残念。
秋田蘭画がもっと生き延びれば、日本の絵画の方向性もまた違った流派が続いたことでしょうなあ…。

こういう展覧会が開催されたこと、本当に凄いことだと思う。
サントリー美術館、ありがとう。
この展覧会がなかったら、知らないままだった。
驚きの展覧会でした。
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