美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **なお現在コメント欄を閉鎖中です。

日本画にみる 四季のうつろい

西宮大谷美術館、新春恒例の日本画展を見てきた。
今年は「日本画にみる 四季のうつろい」展である。
近年は秋の風情が薄れつつあるが、日本には四季がある。
近代の日本画は春夏秋冬を描き分け、それぞれの喜び、またはある種の哀しみ、諦念を、そして人の手の届かぬ自然の大きさを絵にしてきた。
情緒的と一言ではくくれないが、確かに風景画にも、季節を背景にした人物画にも情緒が活きているのは確かだ。
それらがいつから日本画から消えたのかは知らない。
今回の展覧会ではその四季の情緒を活かした絵が並んでいた。
イメージ (7)

一階の展示室へ向かうと、もう歩き始めたときから一枚の絵が見えている。
セピアというより枯れ草色に雪が降り積もる絵である。
以前にもこの光景があった。
山下摩起の「雪」である。
その絵に向かって観客は歩いてゆく。

展示室に来ると、真正面の「雪」からではなくに大観の旭と山桜を描いた絵を見ることが始まりとなる。
大和心 「やまとこころ」と題された絵には赤い旭と咲きこぼれる山桜とが描かれている。
1941年頃というから、もう日本ものんべんだらりとした暮らし方を厳しく咎められる時期に入っていたのだ。
明治の書生気質を長く身につけた大観は、何の疑いもなく「大和心」の象徴を描いたのだろうなあ。

花の絵が並ぶ。
小倉遊亀 赤絵鉢 いい感じの赤絵鉢と柿が1つ置かれている。背後は八丁味噌のような色地でところどころ金継ぎのような線が走る。
何かの内側にあるような気がしてきた…

前田青邨 薔薇 1966 青い壺に入る薔薇。青邨は梅や桜や薔薇を描くとき、彼の様式とでもいうべき掟に従って描いている。花は満開、その枝振りが心に残る、そんな花が多い。

山口蓬春 瓶花 1958 戦後になって蓬春の絵がとてもモダンになった。これもそう。
黄色いマーガレットのような花と瑞々しい緑の茎と。活けている花瓶はメタリックなブラウン色を見せるもので、金属ではなく多分焼き締められたもの。しかしどこかメタリックに見えるところがとてもカッコイイ。

椿 山下摩起 1935 暗い絵なので何があるのかわかりにくいが、よくよく見ると椿にたわむれる鳩や小鳥もいて、案外楽しそうな暗い空間が作られているのだった。

関雪の中国文学・歴史などへの造詣の深さが現れた絵を見る。
僊女 1926 とても大きな絵なのだ。280x171.
何度も見ているがやはりいい。2013年の回顧展でもこの絵はいい位置にあった。
今回、ちょっと大きな画像を挙げる。
イメージ (11)

上の雌鹿は藤を食べる。なんとなくイソップの「恩知らずの鹿」の話を想う。
下で牡鹿は丸顔の僊女に甘える。雌鹿が藤を食べるのはそんな牡鹿への抗議か。
僊女のそばにはバスケット。ピクニックなのか薬草摘みなのか、どこか白雪姫が森の中にいるような風情もある。

続赤壁図 1915 汀には鶴も飛ぶ。左隻に小舟の一行。この屏風の大縁は絵の岩場とほぼ同色の銀鼠色でそこには関雪の様々な印章が文様として浮き出ている。

山下摩起 女三態之図 1936 キュビズムで構成されている、とは言い切れないが、キュビズムが活きているとは言えるかもしれない。
左から三味線を持つ芸妓、扇を持つ女、羽子板を持つ娘の三人が座している。背景は白。
詳しいことはわたしにはわからないが、女たちは別段なんらかの関係性も持たないようである。

寺島紫明 冬靄 1941 全体を靄が覆っている。オカッパではないが肩辺りで切りそろえた髪がやや乱れた女がいる。
セーター姿だが手には櫛がある。ブラシではなく櫛が。
若い女のその様子には何か事情があるのかもしれない。しかしその事情は伝わらない。
この女はそれを話してくれそうにない。
イメージ (12)

画家に見る四季
下村良之助、川合玉堂、福田眉仙らの小さな特集がある。
下村の先鋭的な作品、玉堂の牧歌的な風景、眉仙の南画による山水画。
それぞれが自分の季節を描く。

玉堂は8点出ていて、四季がはっきりと分かれていた。
静かな滝を描いた「幽瀑」と激しい流れを鳥たちが見おろす「奔湍」を並べたのもいい感じ。
働く人々も季節によりその様子を変える。山の中の農家の暮らしがそこにある。
冬は「蓬莱銀色」として蓬莱山に雪が降り積もる様子を描く。
その山の壁面が三人の子供の顔に見えるのも妙に楽しい。シンプルな線の顔たち。

この「蓬莱銀色」はお題として人気があったのか、眉仙も描いている。
こちらの雪にまみれる蓬莱山が描かれていて、金の月と舞う鶴もいた。

・風景表現に見る四季
児玉希望 泉声鳥語 1932 三羽の鶺鴒らしき青い鳥がどっどっとゆく滝を見る。
何か語り合っているようだが、人の言葉には変換されないので聴こえない。

入江波光 雨中耕牛図 1937 もあぁとした銀色の中、牛が水から上がる後姿がある。
これは海外での研鑽が作品に出たものだと思う。
バルビゾン派のような雰囲気が活きている。

富岡鉄斎の金地に墨絵の大胆な絵が出てきた。
山水図(仙境図・水石間図) 1907 なんだかもう、無頼な奴らが最後の最後の頼みの綱の宝探しにやってきて、どんどん沼に落ちたり原住民や猛獣に襲われて数が減って行って、それでも必死で秘境の中を這いずりまわって、ようやくたどり着いたときに目の前に広がる巨大な古代の湖、という感じがしてならない。

富田渓仙 淀城 1931 お城がはっきりと表れ、川には大きな水車とその周りに集う鷺が6話。勢いよく水は流れ続ける。
この風景は旧幕時代のものだということを想う。

木島桜谷 新鵑 山中のずーっと上の方で姿もほとんど見えぬが鋭い一声を響かせながら飛んでゆく新米の杜鵑。

横山大観 若葉 1914 山の中の木々の葉の色の違い。ぴょこんと現れるリス。可愛い。
この絵を最初に見たのはもう随分前、90年代初頭だった。今では百年前の絵だが当時は「…案外大正は遠くないのか」という気がしていた。
古い時代の絵、随分前の記憶、なんとなくそれだけでも楽しい。

大観はこうした絵の方がいいと思う。仰々しい絵などより小さい絵や大きくとも絵の中身が可愛いものの方が巧い。
こちらは同じくリスを描いたもの。



菱田春草 秋林遊鹿 1909 林の中で一休みする牡鹿。質感のある毛並み。
この林には春草の描く秋がある。永遠の時間を活きる春草の秋。
イメージ (9)

リスが可愛いのでもう一枚。イメージ (10)

日本の山岳を描くのに長けた山元春挙、彼の絵が二点。
渓山密雪図 1926 激しい吹雪。しかし鳥は飛ぶ。
雪渓遊鹿 1922 タイトルの鹿を探す。・・・見在らない。もっとよく探す。あ…
イメージ (8)

・美人画にみる四季
北野恒富 春餘 1929-30 愛らしい舞妓。横顔の可愛い娘。
今回ポスターに選ばれていた。



松園さんの美人画も三枚。
初夏、夏、秋の女たちがそこにいる。

伊東深水のは四枚。
舞妓 頭の飾りが朝顔と紅葉。着物は萩、帯は菊。秋、と見るべきだろうか。

菊 1960 勅使河原霞がモデルのものを思い出したが、あえてモデルを特定する必要もない。
1960年当時の現代婦人が菊を生ける図なのだ。

傘を開く女の絵が本当に好きだなあ、と二枚の「吹雪」をみながら改めて感心する。

・花鳥画にみる四季
濱田観 白木蓮 靄のかかったような青を背景に清楚な白木蓮が咲き乱れる。

川端龍子 夕顔 薄闇の中に白い大きな花が清く咲く。とても綺麗。

福田平八郎 紅葉 1950 トリミングしたような画面構成がいい。左右から紅葉がコンニチハしている。


いいものをたくさん見れて楽しかった。
2/12まで。
関連記事
スポンサーサイト
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア