美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

描かれた茶の湯

茶道資料館で「描かれた茶の湯」展の前期に行った。
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2015年の6月ごろの「錦絵に見る茶の湯」展の親戚筋のような立ち位置か。
当時の感想はこちら。
前期
後期

安達吟行 女礼式之図 1887 六人の女たちの茶会。旧幕までは茶の湯は男のたしなみであり、女でそれをすると言えば位の高い花魁か城勤めの者くらいだった。しかし明治になり、女にも道が開かれると、たちまちのうちに「茶道は女のたしなみ」に変わってしまった。
髪飾りに薔薇を付けてくる少女もいて、みんな晴れ着である。
そう、女ばかりの社交場となったのだ。

三代目歌川国貞 女礼式茶之湯ノ図 1889  夜の茶会。ザクロの実がなる時期。こんばんは、とやってくる。
実際のところ、夜にこうした会は開けられたのだろうか。

橘尚利 茶の湯絵巻 江戸後期  濃茶から拝見の場まで。
壁には椿の入る竹の花器。客は武家の三人というが、一人は医者のようでもある。
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それぞれがお道具を拝見する様子もいい。
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こういう絵は茶の湯の手順を教えてくれるものでもある。
茶の湯が中高年男性の楽しみだったことがわかる。

春秋遊楽図屏風 江戸後期  黒塗りの大船が来る。船には遊人ばかりが乗る。男しかいない船で男だけの遊楽がそこから始まっている。アブナイ連中。立派なお屋敷とその庭でも男たちは享楽に勤しむだけ。揚弓で競ったり相撲をしたり、室内では腕相撲に囲碁に双六などなど。またゲームから怒って喧嘩をしたり、いちゃついたり。
三味線を弾くのを聴いたり聴かなんだり。座頭を招いて琵琶を演奏させたり盲相撲をさせたり。そのくせ誰も熱中していない。
生簀から魚を選んで調理にかかるものもいる。全てが男。
中には布袋のようなのが美少年にしなだれかかったり。
そして探しきれなかったが、茶の湯でも遊んでいるのだろう。

四条河原遊楽図巻 享保頃だろうか、祇園へ向かう人々がいる。物売りも大変多い。
美少年が茶を売る。他に何を売っているか知れたものではない。
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浮田一蕙  北野大茶湯図 江戸後期 太閤さんの北野の大茶会の様子を描く。京の町衆に参加を呼び掛けた大茶会。
木々があちらこちらに生え、人々が思い思いの場所でそれぞれの規模で茶の湯を楽しむ。
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わたしなどはただ単に楽しそうでいいなくらいしか思わないが、京雀たちはこの会合を苦々しく見ていた向きもあるのかもしれない。

榊原文翠 北野献茶祭図巻 1887 大茶会から300年期の茶会の様子。

賀茂競馬図巻 江戸初-中期 表具も馬の絵というのがいい。右方は黒、左方は赤の衣を身に着ける。
レース前の状況。今から向かう所を描いたのをみる。こうしたシーンは普段あんまり見ないので新鮮な感じ。
一休みする人々も多い。
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よく働く中間。ほかに木に登る子供らもいる。

製茶図屏風  江戸中期-後期  結構大変な様子を淡々と描く。

海北友泉 宇治茶摘図巻 江戸中期  お茶の上林の旗を持つ男の後に、大勢の女たちか赤い手ぬぐいを頭にかけて集合する。
これは実は上林茶園を見学&茶摘み体験一日ツアーの人々なのだった。
大麦の頃、大勢の参加者がワイワイと楽しげに茶摘み・茶もみなどをし、合間には弁当を食べる。
今とほとんど変わらないツアーの様子を見せていた。

他に聖徳太子絵伝の元服の様子が出ていたが、平安の風俗で描かれている。

川端龍子 12か月花鳥図 1月は鶴の横顔。

江戸中期の12か月風俗図巻 1月は正月、二月は初午。

ぶりぶりの香合、交趾の鴨香合、ミミズク香合、インコ香合などが出ていた。

可愛くて楽しいものが多く、正月らしい明るく楽しい気持ちがあふれていた。
多少の替えもある。
3/29まで。


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