美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「しらぬい譚」を見た (完全版)

国立劇場で「しらぬい譚」を見た。
菊五郎の一座での芝居である。
長らくこの芝居を見たいものだと思っていたので、楽しみに待っていた。
その観劇の感想を挙げる。

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「しらぬい譚」、譚はモノガタリと読む。
元々は幕末に柳下亭種員から始まって、明治の世まで2世柳亭種彦、柳水亭種清が書き継いだ伝奇小説である。
「白縫譚」というのが出版されたときのタイトルで、平成の芝居ではこうなった。
国貞の美麗にして妖艶な絵がつく。

わたしが最初に「白縫譚」を知ったのは国貞描くところの大友若菜姫と鳥山秋作が対峙する錦絵を見たからだった。
そこから色々調べると、これが途轍もなくわたし好みの話だとわかった。
なにしろお姫様が妖術使いで復讐を仕掛け、男装してお大尽になり吉原で豪遊するとか、敵方の勇猛な美青年が姫を倒すために女装してどうのこうの…というのをだけでもドキドキした。
お姫様は悪の魅力にあふれている。敵の美青年は主家を守るために献身してぼろぼろになる。それだけでも楽しいではないか。

とはいえ、話は長すぎて削らねばならぬエピソードも多く、筋もややこしく、統合されるしかなく、これは完全に平成の新作歌舞伎となった。
そのことは既に情報として入っていたので、わたしも「新作を見る」くらいの気持ちで見に行った。

発 端  若 菜 姫 術 譲 り の 場
海底である。黒衣(くろご)たちが金銀に色分けされた吹き流しのようなものをもって舞台を駆け抜けると、金銀の残像が煌めいて、泳ぐ魚群に見えた。
よく考えてある。とてもいい動きだ。
その魚群の通る道には巨大な釣鐘が落ちている。
古来よりどうしてか釣鐘は水中に沈むようになっている。
三井寺の鐘は弁慶に琵琶湖へ蹴落とされ、ハウプトマンの「沈鐘」は湖水で音色を響かせる。「妖怪人間ベム」にもそんな話があるし、戦国時代の哀しい伝説にも姉の鐘と妹の鐘の話がある。洋の東西を問わず鐘は水底にある。

その釣鐘を引き上げるために海女が来る。海女というても袖の長いものを着た娘である。なかなか釣鐘に紐を通せないと思ううちに、あっという間にどこやらの山中にいた。
背景には巨大なクモの巣が張り巡らされていて、怪しい老人が座している。
海女のすずしろ、と名乗る娘はその「土蜘蛛の精」から己の出自を聴かされる。
彼女の本名は大友若菜姫、大友宗麟の遺児だという。
菊池家に滅ぼされた大伴家唯一の生き残りであり、彼女は何も知らされぬまま賎女としてその日その日を送っているのだ。
鐘の引き上げは菊池家が望み、貧しい娘は褒美目当てに海底に来たのだ。
だがそこで己の本当の正体を知り、更に土蜘蛛の精から妖術を授けられたことで、ふつふつと菊池家への憤り、復讐心が湧き出してゆく。
土蜘蛛の精は命を落とし、すずしろは若菜姫となる。

菊之助演じるすずしろ後の若菜姫は出自を知った時からの心替りのよさがよかった。
姫だと自覚し、自認することで人間が変わったのだ。

序 幕 (筑前) 博 多 柳 町 独 鈷 屋 の 場
華やかな妓楼である。踊りを見、ご機嫌な客は菊池貞行。菊池家の主人である。
傍らには大友家の出でありながら兄を裏切り菊池について、今では家老として権勢をふるい、栄耀をきわめる大友刑部がいる。

亀三郎と亀蔵のコンビが遊蕩に耽る主従を機嫌良さそうに演じている。
博多での遊興はさぞ芸達者も多かろうと思わせるような、よい場となっている。

遊蕩の太守は花魁の綾篠に通い詰めている。
身請けすればよろしかろうと勧める刑部につられるように、亭主にその身請け代を尋ねる。
三千両という高額なのに金銭感覚が狂っているのか貨幣価値を知らぬのか、殿様は機嫌よく笑うばかりである。しかし鷹揚な笑いではなく、遊蕩に焼けた者の笑い声である。
そこへ立兵庫の綾篠がくる。
長唄の歌詞もいい。
「歩く姿は柳の」と歌われるだけに尾上右近のしなやかな姿がみえる。

カネは使いだすととめどなく使いだすもので、このままだと菊池家は財政破綻も遠くはなさそうである。
そこへ忠義一途の鳥山秋作が現れる。堅い彼は遊蕩にふける殿をいさめるが当然煙たがられる。
面白くない空気の中、浪人とはいえ見るも麗しい七草四郎なる美貌の若衆が、亭主の紹介で座敷に現れる。
剣術修業中の、と紹介されるが四郎のその才よりなにより、菊池貞行はその美貌に打たれる。
寵愛する綾篠ですら忘れてしまうほどである。
美しいものが好きな殿様は女色だけで留まらぬようなところをちらりとみせた。
「離れがたく」などと言う。初対面の美少年に対しての執心がある。
四郎もまた「英君にお仕えしたい」旨を伝える。
だがさすがにまだ理性は残っているようで、簡単に人を雇えぬことを殿である菊池貞行は口にする。
そこで思いついたのが秋作の腕である。
秋作は七草四郎と勝負を命ぜられる。

秋作の打ちこみの激しさに後れを取る四郎はふっと印を結び術を掛けそうになり、はっとして我から竹刀を取り落とし、潔く負けを認める。
「うい奴よのぉ」と蕩けそうな声で菊池貞行が鶴の一声で、四郎の召し抱えが決まり、不興を買った秋作は蟄居を申し付けられる。
主従の固めの杯を交わすところで幕。

菊之助の四郎は甘い声と凛とした風情を見せて美しい。
秋作は松緑。動きもきびきびしていい。無駄がなかったが、狭苦しいものではない。

二幕目 第一場 (筑前) 博 多 菊 地 館 の 場
もうすっかり七草四郎は菊池貞行の寵臣として菊池家に深く入り込んでいる。
先の綾篠太夫がどうなったかはわからぬが、四郎はこのように殿の側にあり、そのことを重役たちが噂する。重役たちの髷の先は天を向いている。

さてその菊池家では足利将軍家よりお家重代の宝・花形の鏡により、狛姫にとりつく化け猫を退治せよとの命が下されている。花型の鏡は破魔鏡であり、鳥山家が預かっている。
後継ぎの秋作は蟄居の身であり、鏡を持ってその父・鳥山豊後之助が登場する。

菊五郎の立派な武士姿に老いは全く感じられない。93年の「お艶殺し」での旗本の頃と変わらない、すっきりした良さがある。

苦々しい思いで四郎をみる豊後之助に殿は「四郎は余の分身なるぞ」と仰せである。
一応は殿に従うものの、その鏡の由来も知らぬものに預けるわけにはゆかぬと拒む。
四郎は玲瓏たる声で鏡の由来について語る。
神代の昔、此花咲耶媛が富士に行かれたときのこと、花形であるのは形を桜に象ったこと、神と崇める言われは南朝を開かれた折に山中の魑魅魍魎が畏れたことなどなど…
「当家は南朝の臣菊池武光」の子孫であり、先祖が勲功により鏡を賜ったことを四郎は語る。(実際に菊池武光は南朝の忠臣である)

四郎の装いが美しい。
浅黄色の綺麗な着物に元結も同色である。色若衆のような匂い立つ美しさがある。

鏡を預かることになった四郎だが、その鏡を確認することはしない。
破魔鏡である花形の鏡は四郎実は若菜姫の妖術を打ち破る力を持つがため、四郎はそれを見ようともしないのだ。
四郎はしかし一人で鏡を持って行こうとはしない。刑部を正使として都へ向かうことを口にする。
菊池貞行はその態度を褒める。
二人は退出する。

彼らを見送ってから豊後之助がいよいよ諫言を殿に伝える。
その豊後之助を捕えようと組みついた二人の重臣を払いのけ、豊後之助が呼ばわると、これまた美しい若衆姿の鳥山家の家臣・龍川小文治が兜を持って現れる。
その兜を見て菊池貞行が一気に改心する。父の遺品であり、その兜を持っての諫言は聞かねばならない。
豊後之助は刑部、四郎共々の追放を口にし、目が覚めた貞行も同意する。
そして重臣二人は「切腹切腹」と責め立てられ、飛んで逃げる。
君臣相和する。秋作の蟄居も解かれた。

黒田騒動の栗山大膳がモデルの豊後之助というのは美味しい役だなあ。

第二場 同   奥 庭 の 場
菊が咲く時期で池も優雅である。その池には石橋もかかる。
二人の会話から先君は病死したことが知れる。
そこへ先ほど切腹を申し付けられた重臣二人が飛んできて、身に迫る危機を告げる。
出奔しようとする二人。
しゃっしゃっとその二人を斬り殺す。

切腹厭さに出奔しようとする二人の姿を見ると、「ナニワ金融道」で詰め腹を切らされることになり、ヤケクソに遊興する信金幹部の二人組を思い出した。
従容と詰め腹を受け入れることを拒否し、あくまでも生き延びようとする姿もまた真実。
滅私奉公にはない面白味がある。

さて状況がまずいところに来てはいるものの刑部は動じず、己の野望を口にする。
お家乗っ取りである。家重代のお宝の鏡も手に入れたしで、菊池家を滅ぼそうというわけだが、そのときの刑部の四郎の口説きがいい。
「面白おかしく二人で暮らそうではないか」
刑部もまた四郎の匂い立つ若衆ぶりにときめいていたのだ。
しかしその楽しい夢は破れる。
いきなり切りかかる四郎。若菜姫であることを名乗り、父の恨みだけでなく、菊池家への裏切り、そのあさましい心根を罵り責め立てる。
「成敗せん」となり、橋の上での立ち回りが。

四郎が正体を現したとき、赤姫の片袖を見せるが、声は依然として若衆のままというのも心地よかった。

花形の鏡を壊す。これでもう業は破れまいと笑うところへ秋作が小文治と共に走りくる。
正体を隠すことなく不敵に笑う若菜姫に、その鏡は偽物だと静かに告げる秋作。
若菜姫は激怒しついに授けられた妖術を使う。土蜘蛛の精から授けられたのは蜘蛛の糸を使う妖術。
照明が華やかに妖しく糸と姫とを照らす。白糸から赤糸へ、赤糸から白糸へ。

その糸から逃れつつ姫に肉薄せんとするも果たせぬうち、小文治をかばって秋作に糸が激しく絡みつく。
姫はそれに満足し、一旦ここで退却。
残された秋作の全身にからみつく蜘蛛の糸はじわじわと彼の五体を襲ってゆく。
「若旦那」と小文治がすがりつく中、「恐ろしき執念じゃなあ」と改めて口にする。
姫は心地よさげに空へ去ってゆく。

宙乗りする菊之助の綺麗な姿を見上げていると、客席を斜めにゆくものなので、それに驚いた。
筋交いというものだという。なるほど、確かに。しかしこんな宙乗りは初めて見た。
面白いものだ。
また片袖は赤姫でも素網がのぞき四天風に見える着こなしもいい。アンバランスの美。
むしろ倒錯の美と言うべきか。

尺八の演奏にも非常に感銘を受けた。
まだ若い尺八演奏者が花道で勇壮に奏で続ける。力強い節回しがたいへんよかった。
宙乗りする際のBGMに尺八。非日常的な場として強い印象が残った。
それも現代音楽的なメロディラインで、それがまたいい。
宙乗りしつつ姫が「うららかな眺めじゃなあ」というのも楽しい。

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ここで昼休みとなり、わたしの感想も一旦終わり、続く。




2の続き(gooの「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」より転載。

三幕目 (筑前) 博 多 鳥 山 邸 奥 座 敷 の 場

既に病鉢巻=病人だということは知れているので観客は蜘蛛の糸の威力に「ほほう」となる。丁度医者の帰るところから始まるが、医者と腰元たちの会話から、秋作への看護を乳母・秋篠が独占していることを知る。
そしてそれを耳にするのは秋篠の息子・小文治。
「家来の俺を助けんと蜘蛛の毒を」身に受け重病人になった秋作に対し申し訳なさを抱いているようだが、それだけでなく母の様子に対し、「事によったら」と既にある種の覚悟を抱いてもいる。刀にそっと手をかけ緊張の面もちをみせる。
小文治はこの日は紫の着物に青灰色の袴、若衆の美しさが目に残る。

立派ななりの乳母・秋篠は時蔵。
白い座布団と脇息を支度して秋作を迎える。
刀を杖によろよろと現れる秋作。
「疱瘡が腫れ上がって引かない」とのことだが、そうは見えない。
「不孝不忠」を嘆く秋作。そんな秋作を口説きにかかる秋篠。
「わりなき契りを」「それがしと」「お慕いしております」
この会話を聞いてたまらず小文治が飛び込んでくる。
母子の言い合い。別室へ。
一人座敷に残る秋作。ゴーンと鐘の音が。
「蜘蛛の糸が総身に回る悪病、乳母のふるまいも」そこからではと考える秋作。

「わりなき」は古語だということを改めて思う。岸恵子「わりなき恋」を想う。
性愛に関する言葉ではないものの、しかしどうしようもない心模様を表現するのにこの言葉はそぐう。古人はよい言葉を生み出した。

秋作を演ずる松緑の声を聞いていると、トーンが「新八犬伝」の近石真介演ずる里見義実公を思い出させてくれた。
むろん松緑は「新八犬伝」を見ていない世代だから偶然にすぎない。

やがてそこへ秋作の許嫁・照葉姫が訪れる。
可愛らしい姫である。
話し合うところへ狂乱の秋篠が二人を突き放す。
「おまえに渡すくらいならずっと病のまま」などと言う。
「恋のイロハも知らぬ童は帰った帰った」
刀を杖に立ち上がる秋作を含めて三人でもめにもめる。
ドロドロのところへドロドロの音色も入る。
ついに懐剣で切りかかろうとすると、もう耐えきれず飛び込んだ小文治が母を刺す。
無理心中を口にする息子に、刺されたままの母が告白する。
ここで笛が入る。
酉づくしの年月日生まれの女の肝臓の生き血が病平癒の妙薬になる、と。
しかも申し訳なさに苦悩する息子を救うために手ずから刺させたとも。
先ほどから現れた豊後之助がいちいち納得する。
血を杓子でとり、飲ませたとたんに秋作復活、どういうわけかその場の手水の石を切る。
主人父子に謝りながら死んでゆく秋篠。
ただし照葉には一言もなし。
愁嘆のまま幕。

暴れる様子は「庵室」の玉手御前とほぼ同じ。東京式のそれより激しく、むしろ関西式のに近い感じがあった。
原作でも秋篠の献身により役立たずの愚かな犬千代が賢くなって秋作になる、という設定がある。
この偽恋は半ば以上は偽ではないという感じがあるのが面白味にもなる。
酉尽くしは原作がどうだったか忘れた。ただ、今年は酉年なのでそれに合わせたのかもしれない。

時蔵の瀕死の中での告白の様子をみて、90年代に仁左衛門と「三味線やくざ」を競演したときの様子を思い出した。
戸板で運ばれてきて長々と語って死んでゆく女房である。
あの頃と美しさの変わらない時蔵だった。


四幕目 第一場 (京) 錦 天 満 宮 鳥 居 前 の 場
舞台変わって京都の錦天満宮鳥居前の蕎麦屋である。
ちゃんと鳥居が立っているが、ここでわたしはウケてしまった。
現代の錦天満宮の鳥居は昭和十年建立だが、その両端はそれぞれある店舗の中に突出しているのだ。
あの様子を思い出してとても面白く思った。

紅梅の咲くころ、蕎麦屋の看板娘お照が忙しく立ち働く。黄八丈の着物である。
正月なので雑煮がメイン。
そこへ五条坂のお師匠さん・お春が挨拶に来る。江戸前のようなすっきりしたいい女である。
彼女が去るのをじっとみつめるお照。
悪い客が二人連れでくる。どうやら腹に一物あるようで、難癖を付けながらも本来の目的は女や店への狼藉だけではないのだ。
追われた後、蕎麦屋一家の正体が照葉姫とその父、そして家来だと知れる。
彼らはお春の正体が若菜姫ではないかと疑っている。豊後之助からの依頼で若菜姫を追っているのだ。

謎の参詣人が現れる。ピコ太郎もどきさんで芸を見せてくれた。楽しい。
実はこの翌日、本物のピコ太郎が国立劇場に出演したのだった。
惜しいことをした、そちらも見たかった。
謎の参詣人はテルテル坊主を拝んでから去る。

この後「双つ面」のおくみと同じ展開がある。
お照が二人現れるのだ。が、もう一人がお春実は若菜姫だと知れるが、若菜姫は焦らず照葉姫を攫って去ってゆく。


第二場 (京) 室 町 御 所 の 場

化物が跋扈する。狛姫の側仕えの老女・南木が化け猫に翻弄される。ぐるぐる動かしたり色々。
この様子がアクロバティックで面白い。

昔、大阪十三に「雁亭」というのがあり、そこの名物は仲居さんらによる集団「しゃちほこ」などだった。
この動きを見ていて仲居さんのシャチホコを思い出した。
また南木を演じた萬次郎は京劇役者さんの奥さんから指導を受けたのかも、などと思ったりするのも楽しかった。

やがてそこへ現れる秋作。猫四天との闘い。全員斑柄。猫ピラミッドを見せるなどとても楽しい立ち回り。
殺陣はやはりこうでなくては、といういい動き+コミカルさがあり、とてもよかった。

このとき大向こうの掛け声が「とわやっ」と音羽屋にかかるが、どう聞いても「にゃう」なので、それはそれで面白かった。

大型化け猫出現。可愛い。にゃーーーーっっっっ
残念、倒されました。

ライトセーバーな槍が出てくるのにはウケた。

大 詰 (肥前) 島 原 の 塞 の 場

汀の巌の要塞である。海賊らがたむろする。そこへ小文治が潜伏し、「裏切ったな」という海賊らにのうのうと「表返ったのだ」と言い放つ。
元服したのか、もう若衆ではない。
宙乗りで現れる若菜姫。
とても凛々しい。
「遠からん者は音羽屋にきけ」と言いながら妖術を使う。
大波も来る。いい浪の動き。
スペクタクル。
だがそこへ豊後之助が現れ、花形の鏡が姫を照らし、妖術が消える。
途端に波が桜に変ずる。
姫もまた上半身のみ赤姫となる。

「面白し面白し」と笑う姫。菊池貞行がきて、その若君が父に代わって大友家を滅ぼしたことを謝罪する。
そこへ全員が現れて国立劇場50周年を祝い、後日の戦いを約束する。
めでたく終わる。

やはり菊五郎の一座だから頽廃美はないが、その分正月らしいめでたさもあり、健全な芝居だった。
それはそれでわるくない。
ただ、いつか原作の持つ倒錯的な一面も面に出しての芝居をぜひ見てみたいと思っている。
みれてよかった。
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