美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

「時を超えて・ハマの史跡の物語」展を見る

横浜開港資料館開館35周年記念ということで「時を超えて・ハマの史跡の物語」展が開催されている。
これを見る前にわたしは金沢文庫で「「愛された金沢八景」展をみた。
感想はこちら
いいものを見たので気分は昂揚、その流れのまま日本大通りへ出てきた。

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明治初めの開化繪。よろしいなあ。

今も西洋館が残る横浜山手。その一帯の往時の写真がある。
県下を統治する神奈川県庁のレトロな写真もいい。
今回初めて県庁の真正面に立って左右の眼でクイーンの塔、ジャックの塔そしてキングの塔を眺めた。
いいなあ、本当に素敵。

そうそうこれで思い出した。
わたしがこの界隈を知ったのは小学生の時に読んでいた本宮ひろ志のマンガからだった。
弁護士の元夫からデートに誘われて嫌いで別れたわけでない元妻も喜んで応じ、この辺りを散歩するのだ。
その後元夫は法では裁けない悪を抹殺しようと命を落とす。
確か「極道水滸伝 首領(ドン)」だったと思う。

さて古い資料を見る愉しみを続けよう。
秋の日の根岸の競馬などを読み込んだカルタがあった。
・山手の一帯外人邸・県下を治める神奈川県庁・秋の日には根岸の競馬・散歩の足も軽井沢・キリンビールの煙突高く・メリケン祭のニューグランドホテル・四季の眺めは三溪園・・・
「散歩の足も軽井沢」って、あの軽井沢ですか。神奈川県とちゃうやん。

・ペルリの記念に茂る楠・立派な建物正金銀行・空にそびえる記念会館・根岸の刑務所赤レンガ・労働神聖ハマドック…
(吉川英治「かんかん虫はうたう」はハマドックの重労働の話だったよな…)
楠はこの開港記念館の中庭の玉楠のことか。

・海を隔てて房総半島(タコの絵札)・異人墓には十字の石碑…

切がないのでここまで。

横浜は開港から数えて75年目、1933には史跡めぐりツアーをしていた。
関東大震災の復興博覧会も開催したし、皆さんとても「わが町」を愛してたのが伝わる。

ところでここでようやく疑問が1つ解消した。
というのは金沢文庫で観たものでわからないものがあったのだ。
金沢文庫の展示でみたチラシに、震災でぐったりした女がへたりこむ絵の横にカナで「ノウサツ ハマビシレン」とあり、「こんなやつれたヒトで何が悩殺やの、ハマ美人試練?ちがう、花火のミス?」と謎グルグルだったが、ここでよくやくその謎が解けた。
「納札 浜菱連」発見。
そういうことか。悩殺でなく納札でした。

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現在などはカルチャーセンターで史跡めぐりも多く開催されているが、この昭和初期から活発だったというのは素敵だ。
とはいえ日本人は「聖地めぐり」が大好きなのは大昔からか。

これで思い出したが、タイトルは忘れたが芸術祭参加作品で岸恵子が竜馬の妻だったおりょうさんを演じたドラマがある。
明治になり再婚したおりょうさんはある日「竜馬顕彰会」に招かれる。今の亭主は竜馬オタクで妻がまさか憧れの人の元妻だと知り仰天する、というストーリーだった。
ハナシはここから続くのだが、まあそれはさておき、ここでその竜馬オタクの男は各地を旅して竜馬を偲ぶのである。
これも聖地巡礼、史跡めぐりの旅なのだ。

横浜は黒船が来てから開かれた。
ここで新しい世を開いた人が大勢いる。
石川淳「至福千年」では江戸の本所で松師をしていた松太夫とその一家が横浜に出て異人相手に商売をする。
彼らはもともと隠れキリシタンなので明るい気持ちで明治を生きようとしている。
大和和紀「ヨコハマ物語」も開化してからの物語。
そうそう一ノ関圭「茶箱広重」も江戸を捨てて横浜で抒情的な風景画を描いた二代目広重を描いている。

わたしなどはこうした物語が胸にあるから、その地に行くとやはり嬉しくてならなくなる。
聖地巡礼するほどのことはないが、それでも聖地に降り立つと喜ぶという程度だが。

来月はこちらへ行こう。

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