美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

二つの近代絵画展を見て回ってから

先ごろ「道を尋ねて何かに出会う」のブログの方でふたつの展覧会の感想を挙げた。

「マティスとルオー 手紙が明かす二人の秘密」@汐留ミュージアム
「拝啓ルノワール先生 梅原龍三郎が出会った西洋美術」@あべのハルカス

どちらも温かな人間関係が活きていたことを教わったが、絵画だけでなく手紙や随想がとても印象に残った。
それで面白いのは関東と関西のチラシの違いに、アプローチの違い。
「拝啓ルノワール先生」展の場合を挙げる。
関西では「梅原龍三郎が出会った西洋美術」
関東では「梅原龍三郎に息づく師の教え」
それぞれの副題の違いが面白くもある。
つまりこの副題を踏まえて作品を見ると、違う面が見えてきたりもするのではないだろうか。

わたしはこの四人…ルノワール、梅原、マティス、ルオーでは最初はルノワールが好きで、次に梅原が好きになり、そしてマティスに来た。ルオーはそこまで好きになっていないが、汐留ミュージアム、出光美術館で見る内に段々と馴染んできて、大昔に比べると、随分近くに来たように思う。

多くの日本人が西洋絵画を愛するようになったのは、やはり白樺派の紹介があってのことだと思う。
黒田や浅井忠らが熱心に広めたが、それは描く側を育てるところまでだった気がする。
鑑賞し、愉しむのはやはり白樺派が「白樺」で紹介し、大原美術館が軌道に乗ったあたりからだと勝手に思っている。
年代的なことをきちんと調べて書けばいいが、別に私は美術史家ではないのでエエ加減な思い込みを書いている。

日本人はルノワールとセザンヌとのファンに二分されていた。
現在はもうそこまで印象派に淫する若い人は少ないが、現在のある世代以上は確実にそうだった。
そして彼らに影響を受けた日本の洋画家も大勢いて、特にセザンヌに傾倒した人々は「セザニスト」となり「セザニスム」を広めた。
代表として安井曾太郎がいるが、その安井の「ライバル」が「ルノワールの弟子」梅原なのだ。
その梅原と安井が長らく日本洋画界を牽引した。
二大巨匠。だがもう一人須田国太郎が加わると三羽烏ということになる。

ところで梅原は絵だけでなく筆も立つ人で「天衣無縫」という名著もある。
このことについて戸板康二が面白いことを書いていた。
日本の洋画家には筆の立つ人が多いという話である。
確かに中川一政などもエッセイストとしても一流だった。
夭折した村山槐多には怪奇小説「悪魔の舌」がある。
有島生馬もエッセイだけでなく小説「蝙蝠の如く」があるが、生馬の場合は兄が有島武郎、弟に里見弴もいることから、元々文才に恵まれていたとも言える。

その梅原が亡くなった時のことを覚えているが、いい一生だったなあとあの当時感嘆した。
あれからだいぶ時がたったが、今も梅原の作品は生きていて、大勢を魅了する。
それを思ってもやっぱり梅原は素晴らしく豪勢な人生を送ったと思う。

展示の中に自画像や「ナルシス」などがあったが、梅原はややハレマブタながら立派な顔で、しかも若いうちから自信家なので態度も堂々としている。
女に対する当り方は違うが、谷崎潤一郎と共通するものをたまに感じることもある。
梅原は若い頃、京劇の大輪の華・梅蘭芳に自らをなぞらえて「梅原龍」メイ・グァンロンと名乗って俳優もいいな、と言ったそうだ。
ただ、彼の俳優志望は北京時代以前のフランスの頃からなので、その頃ならなんと名乗ったことだろう。


マティスとルオーがモロー先生の弟子だったのは本当に良かったと思う。
この二つの展覧会では「先生」というキーワードも活きているが、ルノワール先生はあくまでも梅原が私淑しての名称であり、学校という枠組みの中での呼び名ではない。
学校の先生ということでモローが二人を指導したわけだが、モロー教室の輝くような卒業生を見ると、本当にこの人はすごい先生だったのだと感心する。
モローは区分すると「象徴派」の一人となるが、自分の世界を守りつつ、弟子たちには一切それを強いず、それぞれの個性を伸ばす手助けをした。時には公的な支援もした。そしてルオーへの愛情はやさしく、スゴイ作家になりそうでもカネには困りそうだとみるや、自分の美術館の館長に据えた。
こういう所を見ると、本当にマティスもルオーもモロー教室の生徒でいてよかったなあとよそながら喜ぶ。

梅原がルノワール先生の法事のために久しぶりに渡仏した時、その集まりでファラオのコスプレをしていたマティスに出会い、もっと前から会いたかったねと言われた話が好きだ。
「法事」と軽く書いたが、キリスト教のそれは何をするのか知らんが、コスプレをする人もいる、というのがなかなか興味深くもある。
亡き人をしのぶだけでないのは、主催者がジャン・ルノワールだからか??
こうした集まりはとても映画的だと思うのだ。

どちらの展覧会も
20世紀初頭の美術の世界をわたしたちのもとへ近づけてくれる展覧会だったように思う。
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