美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 **自宅でログイン出来ないので、現在「遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う」で感想を挙げています。

古唐津 大いなるやきものの時代

出光美術館の「古唐津」展はとても素敵な展覧会だった。
わたしはどうしても最終日にしか行けず、惜しいことをした。
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古唐津は「こがらつ」と読む。こからつと読むこともある。
わたしはアクセントの問題やなんだかんだあるので「からつやきのふるいの」と言う。
これだけでなく、古陶は何でもそういう物言いで通している。
ただし書くのは別で「古唐津」だが、実は一発変換してくれないので「ふるからつ」で打っている。

出光美術館は最初の展示空間が巧い。
世田谷美術館同様、まずぱっ と観客の意識を一気に掴む構造を取っている。
「さてそろそろ」ではなくいきなり「おおっ」で始まる。
そこにどんどんどんといいのを揃え、わかりやすい言葉で観客を誘導する。

今回はまたとてもいい解説が続いていた。
それは詩人の紡ぎ出した言葉だった。
しかし晦渋なものではなく、わかりやすい文章で構成されていて、そのうえ皆の知る言葉を使いながらも、新しい意識を導き出す構造を取っていた。
章立てをみてみよう。
序章 古唐津への招待 ―その経糸と緯糸―
第一章 絵唐津の大皿と茶陶
第二章 茶碗
第三章 朝鮮唐津と斑唐津 ―綾なす色、温雅なる白
第四章 古唐津の宴 ―懐石の食器と酒器
終章 近代への響き

この縦糸と緯糸という言葉とその説明とにシビレた。
唐津と朝鮮と桃山の関係性をこんな風に表現しているのを読みたかったのだ。

チラシに選ばれた壺が現れた。
絵唐津柿文三耳壺 桃山時代 17cmの可愛い壺の表面によく実った柿の木が描かれている。●で表現された柿。完熟しているようだ。丸々とした美味しそうな柿。
朽葉色に鉄絵。幹の具合や枝振りを見ると、ノイエ・タンツの踊り手がいるようにも見える。耳は小さく90度に立つ。ちょっと虎耳のようで可愛い。

そろばん玉の形の壺、「さざれ石」と銘打たれた枇杷色あるいは朽ち葉色の茶碗、李朝の白磁に描かれた草花に似た線を見せるもの、黒織部に似たもの、薔薇のようなぐりぐり文のあるもの…
可愛さが目に染みる。

粉青鉄絵、志野焼、織部、それらと並んで古唐津がある。
縦糸と緯糸という言葉が本当に納得できる。
そこから少しずれるとあれになるのか、あちらへ行くとこれなのか。
そうした軸線のずれにあるやきものを想うのも楽しい。

桃山時代の奔放さ、それも愉快だった。
絵唐津人物文筒茶碗 蓑笠姿の人物が細道を上ってゆく。どこへ行くかは誰も知らない。

少し時代が後の屏風が出ていた。探幽の「叭叭鳥・小禽図屏風」である。
目つきの悪い叭叭鳥、仲間に何か話しかけている。もう一方の小禽たちは流れの激しい岩にいる。自然の中に生きるものたちの姿。

破天荒な文様や形が生まれた一方、自然をスペクタクルに描く技法も発達し、逆につつましさを見せる草花を愛でるような文様も多く生まれた。

絵唐津松文大皿  アチョーッアチョッアチョッアチョー、という声が聴こえてきそうな絵皿である。何がかというと、枝振り。
意図せずともこんなことがたまにある。

絵唐津葦文大皿  まっすぐ伸びる葦の清々しさ。唐津や志野に葦文の気持ちいいのが少なくないのは、「芦刈」を踏まえているのか、それとも単に植物として魅力を感じるからか。
色々なことを思いながら眺めるのは楽しい。

また別の葦文大皿は縁辺りに青海波があり、左上の金継ぎが月のように見えた。水辺の葦の様子がむしろレガッタが航行するように見えたのも面白い。
月夜のレガッタ。

葦文が水指を彩るものもあり、可愛らしい。
いくつか見受けられるが、いずれもいい。

この国がかつて豊葦原中国(とよあしはらのなかつくに)という美称を持っていたことを思い出す。湿地帯が拡がる国土には葦が生い茂っていたのだ。

可愛いものが集められていた。
絵唐津千鳥文片口茶入 銘・友千鳥、唐津茶入 銘・ひよこ、絵唐津蔓草文茶入れ、絵唐津蔦文茶入、この四つが四段のひな壇に載っていた。とても可愛い。
配置もよくて、音楽的なところも感じた。

絵唐津輪違六角火入  皮鯨手というもの。口べりに鉄釉が巡るものをいう。
・・・つまりあれか、コロだよな、鯨の。ぽいなあ。

奥高麗茶碗がずらずら。
中に物凄いようなカイラギの生じたのもある。
個人的には熊川茶碗は飲みやすそう。

絵唐津ぐりぐり文茶碗 これは下から見上げると、文様がフクロウの目玉のように見えて面白い。それも希臘のフクロウのよう。

色つきの唐草文の入ったものもあるし、ペコちゃんのBFポコちゃんが泣いているようなのもあった。

螺鈿竹雀籠地茶箱  もぉ可愛くて可愛くて。嵌め込みなのか、籠地に嵌め込みパネルのように螺鈿。いいなあ。

様々な形の向付や鉢があり、とても楽しい。
桃型は今ならハート形、扇面、三つの丸がつながったようなもの、そば粉で拵えるガレットのような皿もある。しかもそこにココアが掛かっているかのような…
子宮断面図のようなものもある。

面白かったのは、ぐい飲みを見る人々のうち、熱心なのはオジサン方だった。
あれは実際に自分で使うことを夢見ていたのだろう。

最後に現れた近代の作品がいい。
川喜多半泥子 瀬戸唐津手茶碗 銘・天の川 目跡が3つ。天の川のような集団のチカチカがあった。綺麗だ。

小山富士夫の斑唐津もいい。
出光美術館が大阪にもあった頃にこの人を知ったのだった。

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心地よさに満ちて美術館を出た。いいものを見るといつも気持ちいい。
次の展覧会はもう少し早く行こう。
いつもいいものをありがとう。
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