美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

2017.4月の東京ハイカイ録 その3 東京お花見終わり篇

さて月曜日、4/10の東京にいるわたくしです。
定宿の朝ごはんの支度をするのは平日係・土日係と二人いらして、わたしは特に平日のKさんと仲良し。
最近平日にここにいないので、数カ月ぶりに再会。
「あらー」「やーやー」とか挨拶し、桜の話をしたりなんだかんだ。
ついでにちょっとお手伝いをしたり。

送迎バスで東京駅へ行き、いつものロッカーに荷物を放り込んでからお出かけ。
今回は二重橋まで歩く。丸ノ内勤務の人々に混じり、マジメそうな顔で歩くわたし。
自分の性質から考えると、到底丸ノ内界隈で勤め人なんてムリ。
大阪でも本町、淀屋橋、堂島界隈はムリ。
今の郊外にある、世間よりゆるい会社でないと到底ムリ。

乃木坂へ。今回は乃木神社にも行かずそのまま国立新美術館へ。
ムハ展と草間彌生展とをみる。
まさかのもしかでムハの超大作「スラブ叙事詩」連作が全部来日。
既に行かれた方々はオペラグラスを推奨されたので、わたしも持ってきた。

予想以上に巨大。
うそやん、と言いたいくらいの大きさ。どうやってチェコから持ってきたん。
オペラグラスをのぞくと、真正面を向いて大きな目を見開く人々が多数いることに気付く。
ビザンチンみたいな表現もある。うわーっという感じ。
とはいえ、巨大作品は見るのに時間がかかりすぎ、しまいに何を見てるのかわからなくなってきた。
離れて大体を把握し、細部をまた見直すという作業を繰り返し、ようやく観たものが脳に入るが、思ったことは「よくここまで描いたな」これが素直な感想。

今回、日本へのサービスか、なんと撮影コーナーまである。
スゴイなあ。

ムハがチェコに帰ってこの作品を制作しだした頃の美術界の潮流は、既にミュシャでありムハであるこの人を過去の人にしてしまっていた、と聞いたことがある。
しかしその時代はともかく数十年後の今、やはりその情熱に打たれている。
かれの絵は日本ではずっと愛され続けている、という事実がある。
1980年代初頭頃でも既にミュシャは日本での人気も高かった。
彼にインスパイアされた少女マンガ家も多い。

アールヌーヴォーの花形だった頃の作品は堺市から来ていた。
そう、堺市のミュージアムから。

うなりながら次の彌生展に行く前に地下へ降りる。
お弁当を食べる。相席するご婦人方皆さんミュシャ見終えたところ。
そして全員この後に草間彌生展に行く、と言われる。
空腹のままあの水玉世界に入るのはまずいわけですね。

「わが永遠の魂」展。
噂通り物販行列が長い。わたしにはムリな行列。
そこで入った途端にこんなオブジェが。



観客は年輩の人々がマジで多い。
現代アートが老人層をここまで呼ぶのか。みんな草間彌生の生命力に肖ろうというのか。
皆さん熱心に見歩き、しかも解説を聞いては頷いている。
現代アートがニガテなわたしと大違いである。
草間彌生と同世代より少し下くらいの観客。そうか同時代なのか。
そういえばうちの親なども大江健三郎はよく読んだと言うが、あれらは同時代というくくりもあるわけか。

作品は鏡の通路に無数の照明が、というインスタレーションが特によかった。
あとは大阪を拠点にするクリエイティブユニットgrafとのコラボ作品の黄色と黒のシマシマリビングセット…
♪六甲おろしに颯爽と… 脳内で歌が響く。

そういえばわたしはむしろ彼女の文学作品がいいと思っている。
その紹介があったのは嬉しい。

六本木からは銀座経由で上野へ。
東博「茶の湯」特別展の内覧会。

まず見せ方に魅せられた。
佳いのが集まるのは当然ながらさすが東博、所蔵先では見せない面を露にして新たな魅力を引き出していた。
そしてこの取り合わせ!という配置もあり、そこに惹かれた。
可愛い香合らがレトロなガラスケースに納められているのもいい。
ある意味、平成館そのものが茶箱に変身したのかも♪
内覧会は混雑が凄いからじっくり凝視にはいかないけど、次は夜間に行く。
そして一つ一つと対峙し、心の対話を楽しみたい、そう思わせてくれる内容だった。
展示替えも多いから好きな人は何度か足を運ぶことになる。
大阪の美術館からもたくさん来ていた。関東では根津、常盤山も多々。
こういうのが一堂に会する、というのは凄いわ。
とはいえ、逸翁なかったような。



椿も咲いていた。
珍しいところでこんなのも。


四時になり帰る。
ちょっとばかりドトールでくつろいでたら五時のおしらせが聴こえる。



また来月までサラバ。
関連記事
スポンサーサイト
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア