美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「絵巻マニア列伝」は凄いぞ

サントリー美術館で「絵巻マニア列伝」を見たが、まずこのタイトルがよろしい。
よろしい、というより本当にそうとしか言いようがない。
そういう風にリードされたからだろうが、物凄く納得した。
なんでこの世に中世の煌びやかな絵巻がこんなにもたくさんあり、それらが大事に残されているかを考えれば、やはりそこには「絵巻マニア」の存在がなくてはならず、しかも彼らマニアに権力・財力・執着力、この三つが具わっていたからこそだと頷ける。

さて院政期の美麗な作品から展示は始まる。
以前に「美麗 院政期の絵画」という展覧会が奈良博で開催された。
当時の感想はこちら。
その1

その2

そのときに仏画の美や絵巻の麗しさを思い知らされていたが、十年後の今、この時代から室町、江戸時代の「絵巻マニア」の存在を知ったことで、改めて絵巻の美と面白さとを思い知らされた。

序章:後白河院
後白河院と言えば梁塵秘抄の著者であり、頼朝に「日本一の大天狗」と罵られたり、好き放題したお人でございますね。
先に色々知識を詰め込んでおくと、この人が蓮華王院の宝蔵にお宝の絵巻を収蔵したので、以後そのお宝蔵が絵巻収納場所として多くのマニアたちの聖地となるわけですね。

最初に病草紙を三点みた。
不眠の女、居眠りの男、頭の上がらない乞食坊主。
みんな寝てるのにせつないよね。ちょっと「ハガレン」のアルを思い出した。かれは眠りのない状況になってしまったものなあ。
イメージ (237)

突然居眠るのはナルコレプシーかな、と前々から思っている。阿佐田哲也が牌持ったまま瞬時に意識を失い、そのままで復活する…
アタマが云々は首の問題かな。
どちらにしろ周囲の人々の視線は冷たい。

法然上人絵伝 巻十 これが出ていた。絵巻に描かれているのは御所、水鳥、桜の頃。
法然と後白河院との関係は深い。
それについてはこちらに詳しい。(pdf注意)

吉記 承安四年八月記 藤原経房 19世紀写 江戸時代後期 五冊のうち一冊  院よりコレクションをまとめ、分類せよと命じられた、そのことを記している。
他に「玉葉」も出ていて、そこにはお宝が散逸したらどうしよう、という不安が綴られている。

蓮華王院は絵巻の宝庫だった。つまり三十三間堂はその本堂に当たる。
・・・千体の観音は警護のための?とついうっかり思ってしまいそう。
なおその三十三間堂の前にはわれらが京都国立博物館が鎮座ましましているから、この界隈に宝物蔵があったというのもなんだか今に至るまで納得。

田中親美が模写した年中行事絵巻、複製の伴大納言絵巻、これらも後白河院のコーナーにある。

後三年の役を描いた絵巻もある。義家が清衡に加担しての戦時。なかなか勢いのある絵で、戦死者も続々。

コラム・京文化マニア実朝と絵巻
父親が京文化を拒否したのと対照的に、時代が過ぎたからか、この文人肌の息子さんは日本脱出を夢見たり、京文化に憧れたり。政治家の母親からも色々言われても、ひたすら憧れと夢が強まるばかり。
絵合わせを楽しんだり色々しているが、言うたらなんだが、やっぱり暗殺されてしまうしかないわな…お気の毒ながら。

前九年合戦絵巻断簡 砂金豪族の頼義が安倍を攻略した話。季節は秋。家臣が鎮守府将軍となった頼義にそっと話をするシーンが出ている。
この絵巻を実朝は見ているらしい。大江広元が持ってきたそう。

このコーナーで一番はっ となるのはまさかの九相図巻。
わたしがみたのは17世紀の模写。とはいえよく描けている。
犬たちがはぐはぐ、烏もパクパク、骨がガランガラン、やがてバラバラ。
シーン3つにはそれぞれ名がついている。
「噉相」くらう、という意味。「骨相」、それから「散相」。
納得。
わたしが最初に見知った九相図と言えばやはり「ドグラマグラ」なのですよ。
それから近藤ようこさんが「妖霊星」でも描いている。
杉本苑子「檀林皇后私譜」、あとは京都文化博物館の今は亡き素晴らしい映像作品か。

第一章:花園院 
父の伏見院への礼状がイキイキしている。蓮華王院の絵巻を楽しめたことへのお礼。
「万事なげうって」おいおい…
17歳のときめきですな。
ここでもいい絵巻が出ている。

春日権現験記巻9 興福寺へ我が子をやる母親の話。お坊さんも来た少年が可愛いのでニコニコ。しかしそれからほどなく、母親は危篤になり、僧となった息子に会いたいというて、可愛い坊やは剃髪。その時の師坊のがっかりな表情がいいよなー。
残念、勿体ない、というのがアリアリ。

石山寺縁起絵巻1 みんなで土木してるところ。近年わりとこの絵巻もよく見るようになったな。滋賀近美での感想はこちら
谷文晁も模写をしている。それはこのサントリーで展示されたが、巻数は違ったか。

久保惣からも駒競行幸絵巻が来ていた。嬉しい。
頼通の屋敷での管弦の宴。竜頭鷁首も出ていて、紅葉も華やか。舟をこぐ少年たちは可愛いし、奥でいちゃつく男女もいい。

矢田地蔵縁起絵巻 これが来ていた。地獄ツアーする満米上人の話。地獄の閻魔大王らからご招待を受ける。案内の官吏がおんぶして「ここですわー」。実は誰も受戒してなくて、ちょっと困ったわけで、それで上人を招いて一同受戒するのです。
それで晴れ晴れとなった閻魔大王が「よかったらご覧ください」とツアーを。
上人が地獄めぐりすると、お地蔵様が働いているのに出会ったり。
そして地上へ戻ったら戻ったで、ずーっとお米に不足しないようにしてもらえたわけです。
地獄のお礼はなかなかよろしいな。
地獄にいる怪獣が妙に可愛い。がおーっと吠えている顔、犬類だろうと思う。なかなか勇ましくも可愛い。
亡者は地獄門辺りで色々と大変。

さてこの時代には蓮華王院から絵巻類が仁和寺へ移管されたそう。
理由は知らない。
そして義満から問い合わせがくる。
随分前のだけど立派な目録があったはずなのに、それすら見つからないよね、という意味の話。
大体お宝というものはいつの間にかこういうことになるのが多いよな。
正倉院の管理はそう思うとすごいな…

第二章:後崇光院・後花園院父子
ヒトのことは言えないが、マニアも度を過ぎるとムチャクチャやがな、という見本のような父子。
伏見宮貞成親王の「看聞日記」嘉吉元年1441年の夏の頃が出ている。複製。
吉備大臣、伴大納言、彦火などの絵巻を見たことが記されている。

ラインナップあげてゆくだけでも大概すごい。
というかなんでやねんなものもある。
個人的には彦火、玄奘三蔵絵、天稚彦物語、芦引絵が出ていたのは嬉しい。
他にはとんち物語みたいなのとか痛烈なギャグとか品のないのとか色々ありましたなー
天稚彦の鬼パパに無理難題吹っかけられて困ってる姫を助けるアリたち、虎に怯える三蔵法師一行、喉から釣り針取られる殆ど人間ポンプ芸の魚人、彼氏である僧にたまには帰郷したいという若君と、かれの暗殺を企む継母らの顔つきが面白い。

イメージ (240)イメージ (241)

第三章:三條西実隆
絵巻製作のコーディネーター!こういう解説いいなあ。
石山寺縁起巻4はこの人の詞書。

たまらん絵巻がある。絵自体はやや稚拙。それだけに話はロコツ。
地蔵堂草紙絵巻 室町 奈良絵巻というところかな。修業中の坊さんがいて、写経してる時にある女に一目ぼれ。もうこうなるとアカン、千日写経をやった後、速攻で女と一緒になる。女に連れられ、そうと知らずに竜宮城。そこで楽しく暮らすが、ある日ふと女の足元に鱗があることに気付く。天衣をめくるシーンがけっこうリアル。
それでゾゾッとなって元のところへ戻りたいと話すと、女が黙って例の写経を出してくる。
開くとそこには経文はなく、ただただ「女と寝たい」ということしか書かれていない。
女の勧めでもっかい最初から修行のやり直しをすることになった。
享楽が果てて、女の方ももぉ別にいいやになったのか、それともやっぱりこれはアカンわと思ったのかは知らないが、女がクニへ帰って修業をし直せ、と勧めるところがなかなかいいな。

伊吹山系の酒呑童子絵巻、当麻寺縁起絵巻、桑実寺縁起絵巻などもあった。
いいものばかり。桑実寺縁起絵巻は太子33歳の厄難の話に始まり、天智天皇のころに阿閉女王が病にかかったのが治る話とかいろいろ。カラスとウサギが木にいるところが可愛い。日月ですなあ。
琵琶湖から薬師如来ご一行様が出現したりもするし。そしてお堂が完成するのを遠くから眺める仏さま。

第四章:足利将軍家
室町時代になるといよいよ物語が増す。
ここでの絵巻マニアは応仁の乱の足利義持。
もう殆ど絵巻狂いと言うてもいいだろう。

南大阪の誉田(コンダ)宗庿縁起絵巻 内容はこちら参照
欽明天皇が応神天皇陵の前に建てた由来とかね。八幡宮だから境内に鳩がいる。

禁裡御蔵書目録 絵巻の目録。玉藻前、玉取尼(まま)、酒天童子、弁慶、有明物語などの名が見える。

長谷寺縁起絵巻もあった。大津に霊木が来るシーンと、村人らにタタリが降りかかるところ。
何度か見ているが、
神はタタリ成すもの、仏は救うもの、という構造があるが、この場合は仏が祟っているような。

硯破草紙絵巻 これは細見美術館蔵なのか、本拠では観ていないな。
この物語は日本画を修めた絵本画家・赤羽末吉さんが「春のわかれ」という名品で再話している。
こちら
硯自慢の大納言が不在の折に、使用人が誤ってその硯を割ってしまう。それを知った若君が彼をかばって父上に「わたしが割りました」と言ったところ、大納言大激怒、跡継ぎの若君を追放する。
追われた若君はショックのあまりに早々と病に倒れ空しくなる。
激怒し追放したことを悔いた大納言は妻を伴い慌てて息子を迎えに行くが、既に若君は死んでいる。
あまりに弱いけれど、仕方がない。硯を割った当人もここでようやく告白。何もかもみんな手遅れ。
大納言夫婦も犯人もみんな泣きながら出家。
これは奈良絵本でも見ているが、説経節の「愛護の若」と、この「硯破り」とは本当に救われない。
だれもかれもが救われない。
日本人はサクセスストーリーと同時に悲惨な物語も好きなのだ。

コラム・珍重され続けた蓮華王院の宝物:土佐日記を例に
日野富子が管理していたそうだ。定家本があった。

終章:松平定信
以前の石山寺縁起絵巻展でも、谷文晁展でも松平定信の執心は伝わってきていた。
仕事もハキハキした人だし、人材登用を見ても色々納得がゆく。
こういう有能な人がマニアなのだから、きちんきちんと分類したり模本拵えるのも納得がゆく。

法然上人絵伝 流罪されるシーンが出ていた。鷺が淀川の上を飛ぶ。鳥羽から神戸の経が島辺りへ。平相国云々の文字が見えた。白犬や虎猫がいる。遊女たちの舟もある。琵琶法師らも法然を見に行く。

古画類聚 松平定信の編著。人物篇・兵器篇などがある。兵器と言うても馬に乗る人々の様子。
つまり古い絵巻からいろんな人々や様子などを分類して模写したデータベースである。
す・ご・い・わー。
こういうのがいかにもマニアやわな。しかも彼らしさが出ている。

蒙古襲来絵詞 河野通有を見舞う竹崎季長。リアルな表情。蒙古への防護壁のところに座る武士たち。石築地。そして出陣へ。
思えばこの絵詞は鎌倉幕府に「私はこんなにも働いたんですよ」という証明のために拵えられたものなんだが、文章ではなく絵巻にするあたりに、執心がみえるような…

逸翁所蔵の春日権現絵巻もあった。鹿が寛ぐのが可愛い。

そして最後に谷文晁に描かせた石山寺縁起。絵はうまいが、この琵琶湖のシーンは元の絵巻の方が良い感じがある。

観終わると「ゆうらぶえまき」の文字があった。
チラシを再び見る。
「ういらぶえまき」とある。
観ているわたしは
「あいらぶえまき」である。
そして最後はこのように、
「ゆうらぶえまき」と問いかけられる。

絵巻マニア列伝、出品作がいいのは当然ながら、この視点が良かった。
かつてのマニアの人々、本当に凄かった。
後世まで残してくれてありがとう。
今、そういうキモチでいっぱい。

面白い展覧会だった。


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