美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

雪村 奇想の誕生 

「ゆきむらではなくせっそんです」
雪村と言うヒトの話。
この字でユキムラだと歌手に雪村いずみがいた。
それから「幽☆遊☆白書」にも雪村螢子という少女がいる。
で、セッソンはというと、室町時代に関東で活躍した雪村周継(せっそん・しゅうけい)このヒトくらいしか知らないし、現にこの人が対象の話になる。
「雪村 奇想の誕生」
東京藝大美術館で彼の大々的な回顧展が開催されている。
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既に後期が始まり、大幅な展示替えをしたというのに、今から挙げるのは前期の感想である。
例によってやることが遅いので仕方ない。

ところで今回のチラシ、キャッチコピーがなかなか楽しい。

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第一章 常陸時代 画僧として生きる
雪村は生涯が案外知られていない部分も多いそうだ。
生まれたのは常陸の部垂(ヘタレ)という場所だとある。
この時代で自分から僧になる人と言うのはどういった経緯・思考の末にそれを選んだのかとか、色々妄想が生まれるが、それはわたしの勝手な愉しみに過ぎない。
どうやら確かなのは「雪村になる以前、かれは廃嫡されたらしい」ということ。
それをどこかに含んでおいて、絵を眺める。

滝見観音図 雪村の描いたものと筆者不明のものとがある。
大体同時代。同じ茨城県、昔の常陸。
雪村はこの絵を手本に自分の絵を拵えたのか。
タネ本の方は、善財坊やは左下で拝している。観音はふっくらさん。
雪村はまず滝が違う。左から右下へ・次は左下へ、という流れを背後に描く。滝見と言いながら今はそれよりちびの様子を見てますよ、という観音。
浄瓶もある。坊は観音を見上げる。観音はやや細面。

先般「高麗仏画」の名品を鹿ケ谷の泉屋本館と根津美術館とで見たが、そこでも観音に面会に来た善財坊やの絵のよいのをたくさん見た。
あれらはカラフルで装飾も豊かだったが、時代が下がると表現も嗜好も変わる。
海を渡ってシンプルな方へ向かう、と言うのも考えれば面白い。

葛花、竹に蟹図 黒いカニである。つまり茹でられもせず生きて動いている。葉の緑がいい。葛の花と言えば二つのことを思い出す。
釈迢空「葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり」
野坂昭如「骨蛾身峠死人葛」
カニはチクチク歩いている。

書画図 大和文華館 見た記憶があんまりないのだが、スルーしてたかな??三本に分かれた滝がドウドウと流れ、少年たちは立ち働く。その場にいる人々の顔立ちはわからない。

瀟湘八景図帖 雪村のには小さいけれど人がいる。人がいる自然風景。これはほっとする。
いくら「帰帆」があっても人の姿は見えないのが大半。
混み過ぎるのもいやだけど、適度なヒトの姿はあると安心する。
しかし雪村以外はなかなかそんな人の姿は描き込まないか。
そのあたりがもしかすると発想が違うのかもしれない。

柳鷺図 鷺たちがなかなかマッチョではないか。しなやかではなく筋肉の在り処を見た気がする。飛ぶのも佇むのもみんななかなかエネルギッシュ。

陶淵明図 柳の下で詩人がふと振り返る。琴を持ってついている少年が「ここでまた何か思い浮かんだのかな」と思っているのかもしれない。

白衣観音図 ぼてっと座っている様子がどことなく占いの人みたいにも見える。
描かれている人も神もみんななんとなく面白い。
蕭白ほどのケッタイなのはいないが、なんとなくアクの強い様子。

第二章 小田原・鎌倉滞在―独創的表現の確立
この辺りから本格的に面白い絵が出てくる。

蕪図 日々食べるものとしての姿を写したのか、何かしらそこに禅の悟りを反映させたのか、そんなことは知らないが、全く以て蕪である。
後世の徳岡神泉の蕪図が妙に思想の深淵を思わせるのとは対照的に、「この蕪は皮がちょっと堅そうやな」という感じがするくらいである。

高士観瀑図 右下に小さく滝。それ見てて「GJ!!」と指立ててるらしい??

列子御風図 中国の仙人で、風に乗って術をかけているところ。

こういう故事説話などを描いた絵は大抵がイキイキしている。

欠伸布袋・紅白梅図 三幅。左右に白梅、紅梅の絵がおかれ、中に気持ちよく欠伸をする布袋さん。

百馬図帖 鹿島神宮所蔵か。いろんな馬たちがあちこちにいて仲良くしている。可愛いなあ。外線のみ。シンプルな良さがいい。
そういえば日本固有の馬の産地と言えば木曽に相馬に・・・
茨城は知らんなあ。

古天明十王口釜 関東の釜で、「得月」のサインがある。

第三章 奥州滞在ー雪村芸術の絶頂期 
ここで奇想爆発!

呂洞賓図 チラシにもなったあれは大和文華館の名品の一つ。
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けったいなおっさんを乗せた竜のドヤ顔がなかなか。
煙から生成されたような竜もいてます。

こっちのは新発見。
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これ実は最初のチラシでは出てなかったのだよ。
下のチラシ見てわかるようにその場所には釈迦と羅漢たちが煙から出た竜を見上げる図が入ってたのだ。

へんな煙が出て来て何かが現れる、というのはもう近年では見なくなったけど、昔はランプの精とかそんなのがおったもんなあ。←ちょっとチガウ。

鍾馗図 ぎろりとした目玉のオッチャンとして描かれている。コワモテだけど妙な愛嬌もある。
結局そこがええわけです。

寒山も巻物半開きでニター。
唐子と遊ぶ布袋も嬉しそう、みんな見た目ちょっと変やけど楽しそう。
風景もただ山水ではなく、そこに生き物がいるのがいい。

花鳥図屏風 白椿に白梅に雁や鶺鴒などもいる。左にはガチョウに鷺にもいて柳や蓮もみえる。季節は廻らず同居する。
また別なそれには、木に止まる白鷺らの良さを描き、槍梅もあり、こいのぼりみたいな顔の奴までいたりする、
ほのぼのはしないが、こんな静かでそしてにぎやかな花鳥画はいい。

第四章 身近なものへの眼差しイメージ (242)

野菜香魚図 おいしそう。茄子や細大根などが描かれている。茄子は食べたくなる。

芙蓉にクンクンする百舌鳥とか丸々した瓜に三方に跳ねるカヤツリ草など、面白い取り合わせの絵が続く。
猫小禽図などは虎柄の猫が可愛いが、竹に止まる鳥はなんか憎らしそう。
コロコロに肥えた短足なところが可愛い大猫。

やっぱりコロコロに肥えた雀らが竹にいる図もいい。

第五章 三春時代 筆力衰えぬ晩年
面白い絵が集まっている。なんだか好きな題材を好きなように描いている雰囲気がある。

蝦蟇鉄拐図 3本足の蝦蟇はお約束だが、このガマ仙人の楽しそうな様子がいい。蝦蟇がビューッとしてるのを喜んでいるようだ。
鉄拐も負けじと芸を披露中。

猿猴図 こ、これは惨劇を予想させる図。チラシの「猿蟹合戦ファィッ!」のあれね。チラシだけ見てたらガチンコの1対1かと思ったが、そやなくて、なんとこの猿の後ろに猿軍団が控えておるのだよ。しかも「やれーやってまえー」とエキサイト気味。ヒーッ
やんきーな猿たちには困るで。カニ、恐らくアウト。これならそりゃ復讐・仇討アリですわな。

孔子観敧器図 これは中村不折も描いているが、水の入った器のバランスと政治のバランスとを示すシステムを孔子が見学する図。フルカラー。
ところでこの絵、大和文華館のだが、あちらでは見たことないなあ。

金山寺図屏風 これは名刹として有名な中国のお寺で逸話も多いのだが、ここではやたらと塔が多いように描かれている。
実際には時代の変遷があるので、本当にこんなに塔があったかどうか。今のは清のもの。雪村がいた時代はどうだったかは知らない。

それにしてもどんな風景にも人がいるのはいいな。
他の絵師だとヒトの姿を消すことも多かったり、点景の一つにすぎないのに、雪村は人もまた自然から現れたものとしてその風景画に描き込む。

なにやら囲い込む場があり、そこへ入るとちょっと違う展示があった。
テーマ展示 光琳が愛した雪村
光琳描く高士や仙人らは雪村の影響下にあるものが多いそうな。そうか、そう言われてそうだなと同意する。
例の小西家伝来の光琳関連資料にも雪村のなんだかんだがあり、光琳が雪村に夢中だったことがわかる。

第六章 雪村を継ぐ者たち
画僧だけでなく狩野派や他派の絵師たちの作品もある。

カラス図 以天宗清 室町時代 けっこう凶悪そうでいて可愛いカラスが二羽いる。目が△に尖っている。

狩野洞秀も呂洞賓を描く。好奇心旺盛そうな竜がいた。煙から飛び出す竜。

江戸時代、絵師の間には雪村ブームがあったのかな。
狩野派の絵師による鍾馗、布袋、蜆子図などがあるが、けっこう雪村の絵のイメージが強い。
明治になっても模写してた人もいるようだ。

狩野芳崖 竹虎図 おおーなかなか。がおーっなのがいい。
これは橋本雅邦に「雪村のこんなの観たよ」とスケッチしたのを見せたもの。

その本歌があるが、さすが芳崖、うまいこと捉えてる。ひしゃげたような頭の形と言い、じわじわなシマシマといい。目は枇杷の実のように丸くて可愛い。そして手の甲のふっくらさがいい。

昇龍図 橋本雅邦 飛んでくところ。こちらも目が可愛い。

雪村、どういう気分でどんな心持で描いていたかは知らないが、ファンキーなものが多くて、笑うに笑えないが笑ってしまうものが少なくなかった。
また後期もきちんと見て、大いに楽しみたい。
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