美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「茶の湯のうつわ」 ―好きなものに会おう―

出光美術館、東博、東近美が茶の湯の特別展を開催している。
東近美は「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」として樂家代々の名碗を並べ、特に三代道入ノンコウの茶碗の中の宇宙にクラクラさせられた。感想はこちら
そして東博は「茶の湯」と大きくシンプルなタイトルでの展覧会で、既に二度ばかり見たが、それでもまだ全容が明らかでない規模となっている。

出光美術館では館蔵の茶碗を中心とした展示を行っている。
好きな人が好きなものを愛でる歓びを味わえるような、そんな展示となっている。

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副題が「和漢の世界」とあるだけに唐物・和物とりどりの良いうつわが集まっていて、一つ一つを見る愉しみだけでなく、全体を楽しむことも出来る内容となっている。
こうした展覧会は理屈抜きで本当にいい。
そしてそこに良い解説があることで、見る側に指標を与えてくれる。
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第一章 一萩 二樂 三唐津
いい茶碗が集まっているから、優劣などの話は最初からない。
これはもう完全に自分の嗜好にマッチするかどうかくらいしか言葉に出来ない。
ただただ気持ちよく見ているだけ。
見ながら妄想するばかり。
・・・にんまりと笑いながら。

例えばこんな感じである。
・山道風な口縁の樂茶碗を見たときなどに、自分の上唇と下唇をかすかに動かしてみると、その口縁の様子が実感として伝わってくる。
・わたしはノンコウが好きで好きでどうにもならないが、ガラス越しに眺めながらそんな妄想に耽っているといよいよ楽しくてならない。口縁は彼の指が微妙な調整をしたのだ。
何世紀かの隔たり・ガラス越し、といった障害を超えて妄想は自由だ。
・わたしは目と唇と指とで、実際に触れることのない茶碗を味わうのだった。

なんともいえず官能的な存在ではないか、うつわというものは。

樂を楽しんでから萩をみる。
萩は使い込むと色が変化すると聞いている。
自分の色にゆっくりと変わってゆく萩焼の茶碗を観るのはさぞ楽しいことだろう。

面白いものをみた。
萩割俵形十字文鉢 厚みのあるやきもので、まずそれに驚いた。「十」を白でゾウガンしているのだがえらく厚みがある。断面を見ても1cmはあるぞ。なんだかすごいな。

これの親戚みたいなのもある。
筆洗水指 むしろ近代的な風がある。中はシマシマでどうも湯たんぽの断面にも見える。
金継ぎもはっきり。

桃山時代のやきものは実はあんまり好みではない。
これは個人の嗜好の話だから、作品の善し悪しではない。ええものであっても単に好みではない、と言うだけの話。
とはいえ、多くの人が素晴らしいというものをそうとは思わない、と言うのも実はどんなものだろう。
その時代そのものを否定するわけではないのだが。

奥高麗茶碗が二つばかり。
無銘の方は円満な様相を見せるが、もう一ひねり欲しい。

斑唐津茶碗 銘・山雀 寂蓮法師の歌から銘をとったそうだが、山雀の様子と茶碗の景色が響きあうような気もする。

ほかに九州の上野焼の茶碗、高取焼の茶入や水指のいいのがあった。
そして高取焼の砧形花生の後ろにセンガイの可愛い利休の絵が飾られていた。
△の帽子をかぶり、にこにこ。

特集展示:雲州蔵帳とその美
松平不昧公の茶道具ノート。
茶道具を特に多く集める畠山記念館だったか、逸翁美術館か、要するに大正から昭和の大茶人の所蔵品を見せる美術館で、以前やはり雲州蔵帳に掲載されていた茶道具を集めた展覧会をみた。
茶の湯に無縁なわたしでさえときめくのだから、この中に書かれたものを集め得た人はどんなにか嬉しかったろう。

その雲州蔵帳が数冊並んでいた。現存茶道具目録、とある。

堆朱四睡文香合 出た、虎。
赤樂兎文香合 光悦 こっちも出た、兎。
どちらも可愛い。

遠州茶箱 銘・桜 祥瑞の可愛いのなどがセットにされていた。
茶箱の構成は本当にその人の趣味がでる。

第二章 京焼ー古典へのまなざし、そして前衛的うつわへ
仁清、乾山のよいのがずらり。
耽溺するばかり。
仁清は色絵の華やかなのもいいが、白釉や色数の少ないものはモダンで、どちらもとても魅力的。
どちらかと言えば小品の方が好きだが、今回はそのわたしの好みにぴったり合うものばかり。

乾山で黒樂があった。ノンコウを思わせるような口縁の薄さとか。
銹絵絵替扇面形皿 五客分みんな違う植物絵があるから、何にあたるか楽しめる。

仁清より乾山が好きだが、やっぱりそれはただの嗜好。
眺めながら楽しい妄想にふけるばかり。
そして言うわけだ。
「やっぱり乾山はええ喃」
殆どよだれをたらさんばかりにして。

第三章 愛でられる漢のうつわ ―唐物・高麗・安南
これがまたよろしい。

唐物茶壺 銘・羽衣 広東系 景色がね、山脈の上にいっぱい星がひろがっているように見えるのですよ。
天女が上ってゆくのは真昼だと思っていたけど、夜に天に帰る天女がいてもおかしくはないかもしれない。

絵高麗梅鉢文茶碗 磁州窯系 外に梅が。見込みもいい感じだし、梅色に見えるのも可愛らしい。
こういうのが手元にあると嬉しい。

餌袋茶碗 朝鮮王朝時代 八幡名物 なかなかええ色ですなあ。松花堂、さすが。
吹墨茶碗 銘・鉢子成 朝鮮王朝時代 なんとなくういろうを思い出した。それも抹茶味の。ぬめーとしたところがかな。

わたしは手触りのがさがさしたのはニガテで、つるつるがいいので、イラホもイガもあんまり関心がない。
それだから陶器より磁器が好きなんだが、その中でもたまにしっとりしているとしか思えないものがあり、そういうのに会うと嬉しくなる。

同じ形の水指が二つ。輪花形盒
五彩と青花と。どちらもいい感じで、しかもこうして並ぶのが楽しい。
ちょっと何かの練り物のようにも見えて美味しそう。

古染付手付香合 銘・隅田川 柳があるよ…木母寺の梅若の塚のイメージかな。実際には碁を打つ二人と少年が立つもので隅田川と名付けるところが和の意識ね。

古染付横唄香合 横唄という形のもの。妙に可愛い。オカリナの小さいものにも似ている。

第四章 懐石、宴のうつわ
古染付御所車文六角手付鉢 こういうのもいいなあ。明に御所車の形とかちゃんと伝わってたかどうかは別として。

古染付詩文手鉢 科挙合格の少年が馬に乗る。玉の鞭か。詩文に「姮娥愛少年」の一文がある。

五彩柘榴文角皿 景徳鎮窯 ざくろはめでたい。

そして凄いのを見た。
織部亀甲文向付 ウルトラアイをつけてるようにしか見えん。しかしウルトラセブンやなしに、怪人・怪獣がウルトラアイを勝手に付けてる、そして悪の限り暴れる。それやわーーーーー!すごいーーー
・・・こうして妄想はとめどなく広まるのであった。

高取焼や上野焼の割山椒形向付がある。可愛いな。

乾山 染付白彩流文鉢 これまたいいなあ。クリーム色と青で構成されてるが、形が可愛い。で、わたしが簡単にメモを取ると、どうも変な泡泡オバケみたいになるんよね。

木米、頴川らの鉢もある。東京で彼らの作品をみるのはやっぱり出光さんでかな。
嬉しくなる。

さて青木木米と言えば煎茶。
ということで煎茶の世界。

第五章 煎茶の世界

白泥蟹形涼炉・焼締湯鑵 上田秋成  上田秋成は色々ペンネームを持っていたが、カニを意味する「無腸」というのもあった。
これが蟹形なのもそこからか。
秋成の展覧会を思い出す。
当時わたしはブログにこんなことを書いた。
「秋成のお墓の台座は若冲ゆかりの石峰寺から持ってきたもので、どうやら若冲が彫ったものらしい。カタチはカニ形。
「無腸」さんらしくお墓もカニのカタチだったのだ。」


白泥煙霞幽賞涼炉・炉座 木米  以前から好きな一点。何度か見ているが、いつも不思議な感じがする。

急須やヤカンの愛らしいのが続く。
こういうのを見ると以前ここで開催された山田常山の展覧会を思い出す。
当時の感想はこちら
あの展覧会、本当に良かったなあ。

五彩十二ヵ月花卉文杯 十二客 景徳鎮官窯  これはまた小さくて愛らしい上に…本当、可愛いなあ。月ごとの植物。
小さなうつわの中に四季がある。

文具もあり、煎茶文化が文人好みだということを改めて知らされる。

とても楽しめる展覧会だった。
好きなものを好きなように見て、好きなことを想う。
こういうのがやっぱり幸せやね。
6/4まで。
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