美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「バベルの塔」展に行く その2

バベルの塔にだんだん近づいてきたぞ。

第六章 ボスのように描く
しょーむないことを言うと、わたしのアタマの中で「ボス」と言えば「太陽にほえろ」の石原裕次郎が浮かんできたが、もちろんそうではないし、山田孝之が宣伝してる缶コーヒーでもない。
ヒエロニムス・ボスに違いないのだが、なにせわたしは御幼少の砌、クラナッハ、ボッシュ…と聴いてきたからなあ。

ボスの絵に沿った様々な画家たちの絵がある。
みんなどうしても真似したくなるのだろうなあ。
それも画力が高い人ほどその傾向があるみたい。
これは後世のミュシャの絵を女性マンガ家の特に画力の高い人たちがアレンジして、というのと同じだと思う。

聖アントニウスの誘惑、東方の三博士の礼拝、最後の審判…
キリスト教の人気モチーフが色々。
版画の技術も向上して、すばらしくなったのも数点。

ボス 樹木人間 エッチングで再現されている。この絵は確かに「奇想の画家」でないと思いつかないような絵で、いつみても面白い。
そしてこれまた画力の高いマンガ家・三浦建太郎が「ベルセルク」で、世界が一新されたシーンを描くのにボスの絵をモチーフにした生物を丁寧に描いている。

ボスの模倣者 2人の盲人のたとえ話 どうも何やら見知ったようなのがいるなと思ったら、石ノ森章太郎「佐武と市 捕物帳」の市によく似た盲人だった。仕込杖を持ってそうなタイプ。

第七章 ブリューゲルの版画
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一言で言えば『ブリューゲルの不思議なランド』というテーマパークに入り込んだような気分。
何が現れるか知れたもんではない世界。
タイトルも内容もみんな違うのに「変な世界」という共通項がある。
別にみんながみんなシュールな絵柄ではないが、あまりにそんな印象が強すぎて、みたものがみんなバケモノに関わるものに思えてしまうのだった。

第八章 「バベルの塔」へ
いよいよやってきましたバベルの塔、最上階!
いや、別に最上階ではないか。
上がった途端に巨大パネルがあって、たぷんそれがリアルサイズくらいなのかも。
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本当の絵はそんな巨大なものではない。
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細部の紹介を新聞でみた。
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塔のそばの湾には船が行き交う。この塔はランドマークであり、商業地としても活きていて、住民も暮らしている。
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窓の形が少しずつ違ってゆくのも様式の一つ。
煉瓦がリアル…!ただし何積みかはわからない。
建造物として観るのも楽しいが、基礎をどれほどにしたのかなどとそんなことも考えたり。

横山光輝の「バビル二世」によると、宇宙人バビル一世が地球に不時着し、土地の王に図って祖星へ連絡を取るために塔を建てたのだが、土木技術などが劣っていた当時の地球人では完全で正確なものは作りえず、崩落してしまった…という設定だった。
この説明の方がわたしなどは納得がいったなあ。

絵本体は縄で観客を分断する。間近で見る人向けと、離れてもじっくり見る人向けに分けられている。
わたしは歩きながらだが一応最前列で見た。モノスゴイ細かさとそのリアルさに驚くばかり。

ローマのコロッセオを段々に重ねていったような構造だが、やはりそれがブリューゲルのアタマにあったそうだ。
これともう一つのバベルの塔の絵が生まれる十年ほど前には他の画家によるコロッセウムの眺めを描いた絵もある。
バベルの塔の崩落と人々の離散の絵もある。
みんなショックだったんだなあ。

それでここの地域はともかくとして、ローマでは紀元前4世紀くらいには立派なローマ水道が完成して使われ出しているから、もしかするともう300年ほどバビロンでも待っていれば、ローマ水道レベルの堅固な建造物としてバベルの塔は無事だったかもしれない。
失われた塔のことを想う。
浅草の凌雲閣は関東大震災で、谷中の五重塔は放火で、斑鳩寺の塔で上宮王家は…
そんなことを想像させてくれるバベルの塔。

あとは降りてゆこう。
面白かった展覧会のことを想いながらミッションを完遂したことに満足してわたしは建物から離れた。

妄想と空想が心の中で爆発するこの展覧会、面白かったわ。
7/2まで。



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