美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

海北友松展 後期にみたもの

今日で終了の海北友松展の後期展示を昨夜見てきた。
前期の感想は最近あげたばかりで追記にしようかと思ったが、例によって案外長くなるので別項で挙げる。
この凄い展覧会ももう終わりである。この日も多くの観客がいた。
忘れ難い展覧会になるだろう。

通期展示だが、やはり最初に現れる菊慈童には心惹かれ、なにかしら書きたくなる。
赤地に金の瑞雲模様の上衣を着て岩に足を軽く組んで座る少年。眉根を寄せ、黙って物思いに耽る淋しい顔。
「いつまでここに一人でいないといけないのだろう」「なぜあのとき帝の枕をまたいでしまったのだろう」
悔いは無限に続き、この地で少年は永遠に少年のままでいることを強いられる。

上杉景勝の歴代年譜に、聚楽第近くの上杉家に太閤を招いたら、おみやげに友松の「濃彩松鳥図」をいただいたとのこと。このとき友松62歳。友松、天下人にチェックされてたのですね。

彼が学びにいった狩野派の総帥・永徳の襖絵がある。
花鳥図襖 聚光院 前期の琴棋書画図襖の裏表かな。
右下に五位鷺かちょっと黒いような鷺がいる。鴨ップルが仲良く泳ぐ。松に向かって鶴の一声。白椿も可愛く咲いている。

・建仁寺の塔頭に描く
琴棋書画図屏風 いい天候の頃か、松の木の下に出した猫足の卓に片肘ついて居眠る侍童、琴を弾かずにぼーっとする高士もいる。
左では石橋をわたした先に亭があり、特になにもしていない高士らがいる。書画を今からみるのか雑談しているのか。

次は掛け軸の観瀑図だが、これも先の続きというか、高士らこっちにスライドしたのではという状況。松のあるお休み処に高士と少年、右幅は大人しい滝。
なんとなく茶店のような雰囲気がある。
「高野聖」のあの場所のような。

松竹梅図襖 松に叭叭鳥 梅図の裏。薄墨で松と二羽の鳥が描かれている。
鳥たちは揃って→向き。
イメージ (331)

・建仁寺大方丈障壁画
竹林七賢図 にんまり親父と立ち話の二人がいる。「でさー」「ふーん」こんな感じ。

・変わりゆく画風
飲中八仙図屏風 これは前期でもお酌する少年にときめいたのだが、今回も変わらず。
可愛いなあ。
冒頭の菊慈童と双璧。

楼閣山水図屏風 楼閣というと塔があったり棟が多かったりとかが多いのだが、ごくシンプルな平屋が雪に覆われているのがいくつか。絵の剥落が降る雪にもみえる。停めた小舟が何艘かあるが、それも白い。
静かな情景。

禅宗祖師図がいくつかあるが、やっぱりケッタイな人々ですわな。
しかもあれだ、南泉なんかこっちが斬ってやりたいわ。
しかしどう見ても猫ではない絵ですな。

野馬図屏風 おおお、肥えすぎやがな。
白馬は袋人物と同じく豊かな外線、黒馬は没骨。ほんまに奔馬なポーズもあり。

この絵と対だったと言われるのがこれ。
牧牛図屏風 毛むくじゃらな黒牛たち。えーと毛長牛?
川から上がろうとするのもいたり、それを見てるのもいる。
角はたいてい跳ね上がる半月形なのだが、一頭だけツインテールがいた。ウルトラの母のあれのようだ。

四季山水図屏風 所々に建物が。左には杉林のシルエットも。ちょっと等伯ぽい。

・大和絵金碧屏風を描く
浜松図屏風 改めて眺めると、観念的な浜やな。
色鍋島の絵柄にもあるがはらはらと降る桜が籠に収まるのとかと同じような不思議さがある。

網干図屏風 細かい網、胡粉をかけたのもある。浜の奥の海では数隻の帆掛け船がみえた。
西洋のフレスコ画にも通じる静謐さがある。
イメージ (338)

・妙心寺の金碧屏風
今回改めて寒山拾得図や三酸図を見て、2009年の妙心寺展にこれらが出ていたことを思い出す。前期で見たときは思い出さなかった。
これだけ特徴ある表情なのになあ。

花卉図屏風 牡丹の花びらの縮れ具合、左の白梅、白椿、たんぽぽの愛らしさ。いいなあ。

龍の間はやはりおどろおどろしくて、龍の生臭さを感じられてよかった。

・最晩年期の押絵制作
呂洞賓図 雪村のとは全く違う。白髭の老人姿で巨大な傘を背に刀を踏んで空を飛ぶ。
気概がある。雪村のが壮年期だとすれはこちらはその後なんだが、絶対に丸くならないぞという想いが聞こえてきそう。

芦雁図 二羽の雁が大人しくその場にいるが、宗達の雁とは違い、こっちの雁の方が映画「雁の寺」の襖絵に近そう。

最後に月下渓流図屏風をみて、穏やかで和やかな心持ちになって、会場をでる。

豊かな夜だった。
海北友松展は本日を以て終了。
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