美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

没後三百年 画僧古磵

大和文華館の特別展「没後三百年 画僧古磵」展の初日に出かけた。
カンと言う字は石偏に間である。日であり、月ではない。
この字はわたしのPCではついに出なかった。
なのでこの字がきちんと画面に出るかどうかわからないので、以下「古カン」と表示する。

なお、この「古カン」については大和文華館のサイトに詳しい。
「明誉古磵(1653~1717)は江戸時代前半に活躍した浄土宗僧侶です。京都や奈良で絵画制作を行う画僧でもありました。現存作例には、本格的な著色仏画や社寺縁起絵巻、水墨技法を用いた俳画を想起させる簡略な筆致の作例、さらには仏教説話版本の挿図があり、幅広い画風が注目されます。
今年は、古磵没後300年にあたり、多岐にわたる画業を紹介する特別展を開催いたします。古磵は『古画備考』や『和漢名画苑』に掲載される、当時の有名な画僧ですが、現在その名を知る人は多くありません。彼は琳派の大成者である尾形光琳(1658~1716)と同時代を生きており、この機会に画僧古磵の多彩な画技とその魅力を味わっていただければ幸いです。古磵の主要作品が一堂に会する、初めての展覧会となります。
なお、本特別展は、古磵作品を最も多く所蔵する法相宗大本山薬師寺の御協力を頂き、主要な所蔵作品が出陳されます。」


ということで開幕式も見て、薬師寺執事で古カンの研究者である大谷徹奘氏の軽妙なトークも聴いて、楽しい幕開けとなった。

イメージ (396)

今回、薬師寺からは所蔵の全作品が出ている。
この展覧会が吉書となり、世に眠る古カンの作品が表に出て来てくれれば、というのが大谷氏の願いでもある。




そう、薬師浄土曼荼羅が何の隔てもなくそのまま出ている。
柵は置かれているが、間近で見ることになる。

かなり綺麗な曼陀羅図なので修理したとは思うのだが、とても新しく見える。
描かれた仏、鬼、人もみんなはっきりしている。本体の周囲には何らかの物語が連続している。
右下の一こまを見る。ある人の夢に鬼が出てきてうなされる。家には小さな竈がある。
外には一本の木があり、そこにフクロウがいて、周囲にカラスが集まる。
どんな物語があるのかは知らないが、絵そのものはわかりやすい。
仏様も優しそう。

古カン和尚の位牌がある。薬師寺大基堂に安置されているのをこの展覧会の為に持ってきはったそうな。
浄土宗の僧ではあるが、薬師寺との深い関係がそのことからも偲ばれる。

・曼陀羅
二つの当麻曼陀羅図がある。どちらも木版彩色で調査したところ同一版木だと確定。
わたしも並んでいるのをトミコウミして「あれ、これは同じだね」と思った。
ただ、その彩色が全く違っているので、遠目には完全に別物にみえる。

報恩寺版 1697年 あの黒田父子の位牌があり、秀吉の所からここへ帰りたがった虎の絵のある、洛中洛外図にも出てくる報恩寺。
そこにあるのは中央の三尊のみ彩色し、周囲は無色のまま。しかしその木版の細密描写が無彩色のため非常に鮮明に出ている。
この位置ではどんな情景があるか・なにをしているかがよくわかる。
右下の仏を拝むケンゾクたちがみんな美人だと言うこともはっきりわかる。

法隆寺版 1710年 ここにも所蔵されていたか。どういった経緯でこの寺にもこの曼陀羅が入ったのだろう。
こちらは絢爛豪華なフルカラーで、そのために繊細な線がちょっと消えている。

この二点が同一版木だということをギャラリートークで大谷氏が明かしてくれ、わたしもにんまりした。

大経曼陀羅図 1712 浄国院 形で言えばフェルマータ、あの形に仏が密集している。そしてその中央には一人の僧形の者が居て皆と対峙する。上部の別コマには例の五劫仏さんが暇そうに一人。
イメージ (399)


無量寿経曼陀羅図 太宗寺 上記のと同じような構図。調べて知ったことだが、「無量寿経」と「大経」は同じだそうだ。
だから同じ構図。こちらはもっと仏の数が多くて、フェルマータではなく◎になりつつある様子。
仏の仲間入りの前段階のシーン。

この絵と対がある。
阿弥陀経曼陀羅 こちらは蓮池もある。

イメージ (397)

・祖師像
涅槃図 光伝寺 足裏に触る人もいる。竜王も来ている。虎達も悲しみをこらえる。鶴、猿、羊、山羊、馬、ラクダ…
中には^^な目のものもいるが、悲しんでいるのだ。

釈迦十六羅漢図 1715 薬師寺 普賢菩薩・文殊菩薩共に若い。獅子の歯並びはがたがた。

玄奘三蔵図 研究会 旅の途中。バックパッカーのようなスタイルだが、その先達というわけではない。このポーズ自体、薬師寺にある古画のそれと同型だそうで、古カンが薬師寺で学んだことの成果がここに出ている。

慈恩大師像が二点。
法隆寺 立ち姿。眉も目もきつく上がる、見るからに元気そうな壮年。

薬師寺 座姿。こちらも眉と目がきつく上がり、エネルギッシュ。にっと笑っている。

法相十八祖像 薬師寺 6/4までは無著から戒賢まで。ゲンジョウから戒明は6/6から6/18、真慧から貞慶は6/20から7/2。
フルカラーで絵の上部は空間。字を書き込めるスペースか。各人の個性それぞれ。

法然上人像 研究会 アタマがやっぱり特徴的。

・社寺縁起絵巻
円光大師贈号絵巻 1697 知恩院 6/4まで上巻 その年、法然上人に東山天皇が追号を贈ったそうで、そのときのイベントの様子をイキイキと描く。ほのぼのした様子がいい。
鐘のねきで体操座りをする人、将棋倒しでアワワな人々、焼き餅屋の繁盛、酔っぱらって赤くなる見物客もいる。

植槻道場縁起絵巻 1705 植槻八幡神社 上巻 見返しに描かれた蓮がレンゲに似ている。
桜の頃、柄杓持つ男や白猫を追いかける子供らもいる。花見も楽しそう。

大仏殿虹梁木曳図 東大寺  「大仏殿コウリョウ・コビキ・ズ」群衆が木を懸命に曳いている。古カンはこうした群衆図が大得意で、もうスゴイなと。モブシーンで一人一人を分けて描く、ほんまに感心しますわ。
ほんわかした群衆表現なのもいい。

浪速一心寺縁起絵巻 一心寺  当然のことながらあったのでしょうが、今の今まで一心寺さんに縁起絵巻があることなど考えもしなかったし、創建の頃の話も全く知らないままだった。
わたしにとって一心寺さんとは「骨仏」のところで、親類や知人がボーンチャイナの仏さんになって安置されてる、そればかりですわ。彼岸の時にたまにお参りして「うわ、線香で燻されて色が変わってきたなあ」と言う程度のことしか考えていなかった。
それと門が20年くらい前か、秋野不矩さんの絵をモチーフにしたロックなのになったことか。
あと美男で有名な八世団十郎のお墓があるくらい。

詞書も一応読む。読めるところだけ。「西成郡姫松山一心寺」。なるほどの地名と山号。「極楽東門の中心にありて法然上人開基の霊地なり」それから「四天王寺ハ聖徳太子…」
で、絵を見ると小さい庵で法然上人と後白河法皇とが並んで日想観。
二人並んで極楽浄土の幻を見たのかもしれない。

薬師寺縁起絵巻 1716 薬師寺 巻の1と2をみる。仏づくりのところ。松の下で職人たちはそれぞれ個別に働いている。本堂の花飾りや1十二神将らの丁寧な描写に惹かれた。

・山水、人物
水墨画と淡彩と。
富嶽図襖絵 薬師寺  頂上の三つのもこもこが描かれている。この襖の裏面は蘆雪描く松に虎の右半分らしい。

山水図屏風 本家菊屋  左に家が集まる。ゆったりした人々の暮らしがこの中にある。
この絵は大和郡山の和菓子の菊屋がそれと知らずに長らく機嫌よくかけていたそうな。

南都八景図 奈良県立美術館  半分だけ。南円堂から続く。春日野の鹿たちなどなど。

四季耕作図 奈良県立美術館 縦長の空間にさまざまな農作業シーンが詰め込まれている。

納涼図  夕顔棚の下で下帯一つの亭主と腰巻一つの女房。久隅のあれと似ているが、こっちの方がもっとだるい。

人物画巻 奈良県立美術館  いろんな人々の様子が描かれている。神職や僧侶などなど。別に戯画でもないのに面白すぎる。

・霊獣、神像
二匹の龍がいる屏風はこぢんまりして龍たちがかわいくて。友松、雪村とアクの強い龍を見てきたのでほっとした。

獅子図 可愛くてならんな。イメージ (398)

・七福神
様々な七福神、特に大黒さんをよく見る。
古カンは大黒さんの絵がとても多かったそうだ。
福々しくめでたそうな大黒様。
松の木の下で宴会する七福神。毘沙門天も鼓を打ったり。

弁財天図 永慶寺 おっとりと優しい風情。

いろんな大黒さんがいて楽しい。

・版本
絵のスタイルをいろいろ変えていた。
繊細な線から大胆な外線まで色々。

猪に乗る烏天狗、舟の渡し守と勧進坊主、増上寺の境内図などなど。

いくつか展示替えもある。前期は6/11まで。後期は6/13から7/2.。
この展覧会から古カンの作品が知られるようになり、ファンのヒトが増えるといいなと思う。
そうすれば埋もれていた絵も世に出てくるだろうし。

いいものをたくさんみて、描かれた人々や大黒さん同様こちらもにこにこになった。
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